どじょう
優木悠
一の一
父の最大の功績がこの八尺の釈迦如来の坐像であった。
父はこれといった目立った活躍もせず、仏師として地味で平坦な人生を送った。この仏像制作は、父の最晩年になってやっと舞いこんだ大仕事であった。それも、この集落の出だから彼でいいだろう、というくらいの、実に安直な理由で選ばれたものだった。そういう経緯をわかっていながら、それでも父は嬉嬉としてこの仕事に打ち込んだ。それまで父の請けおってきた仕事といえば、父とは兄弟弟子で佐平次の師である
釈迦如来の何の工夫も感じられないありきたりな顔をじっと見つめ、佐平次は父と同じ道を歩もうとしている自分を思った。あの木を削る音だけが響く暗いじめじめとした工房で、背を丸めてこせこせと彫刻刀を動かす父の姿が目に浮かんだ。
――このままでは、俺もああいう人生を送ることになるだろう。
経を唱えに和尚が入ってきたのを機に、佐平次は立ち上がった。すれ違いざまに和尚から、また来るとよい、といつも通りの言葉をかけられ、佐平次はうなずくように頭をさげて本堂を出た。
北へ半刻も歩けば、京の七条高倉にある師匠康甚の仏所に着く。そこで仕事の打ち合わせをする予定になっていた。どんな仕事かは聞いていない。しかしどうせまた康甚の彫刻の下準備である荒彫り仕事であろう。康甚の気が向けば台座くらいは彫らせてくれるかもしれない。
いや、師の手伝いならまだよい。
康甚は甘さのない師であった。
誰に対しても斟酌せずに厳しい言葉を投げかけるが、とくに佐平次を嫌っているようだった。なぜ嫌われるのかはわからない。康甚の意にさからったこともなく、言われた仕事はきっちりとこなしてきた。うとんじられる理由がまるで思い当たらないのだ。ただ工房で彫刻刀を使っているだけなのに嫌悪の目をむけられる。
重い気持ちをひきずるようにして、佐平次は歩いた。昼前の気だるい温気が田園に漂っていた。ほがらかになく鶯の声もただ耳障りな雑音でしかなく、色彩を競い合うように咲きみだれる路傍の野草たちも目に痛いだけであった。
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