第16話 プリズンブレイク

「よし、イルミ脱獄するぞ」

「へ?」


 唐突な源の宣言に、イルミは呆然とする。


「イルミ、お前は視野が狭すぎる。世界にはばたけ。お前の魔法は世界でも渡り合える」

「で、でも……」

「でもじゃない」


 周囲の人を傷つけるのではないか。そう言おうとしたイルミを、源は遮る。


「お前は若いんだ。そんな年から言い訳ばっかりうまくなるんじゃない。自分で自分の可能性を狭めるな」

「だけど、こんな急に……」

「イルミ。チャンスは待ってはくれない。あいつらは、こっちの都合なんかお構いなしに突然やってくる。お前にとっては、それが今だったってだけだ」


 イルミは逡巡する。

 このまま魔力が制御された牢にいれば、魔法が暴発することはきっとない。たとえ暴走することがあっても、兵士たちがすぐに収めに来て、被害は最小限で済む。

 だが、源の言う通り、外へ出たいという気持ちがあるのも事実。しかし、魔法の暴発。それが足かせになって、イルミは答えが出せなかった。

 悩むイルミを見て、源は反省する。表面上の表情は明るくさせることには成功したが、過去の経験がイルミに根付いている。周りの大人にこれまで虐げられてきたイルミに決断を迫るのは酷すぎたかもしれない。

 しかし、このままここに居てもイルミのためにならないのも事実。

 沈黙もまた現状維持という選択だと喉元まで出掛かるが、今のイルミに何かしらの選択を強要させるのはかわいそうで仕方なかった。

 牢の外で髪を失いさめざめと泣く看守を見て、源は閃く。彼を使って、イルミに自信をつけさせよう。


「なぁ、看守さん。あんた、なんでそんなに泣いてるんだい。そんなに髪が大事だったのかい?」

「うぅぅ……。いえ、違うんです。私、髪を失くして、気付いたんです。私も囚人の方々も同じ人。看守の役割と言う仮面に酔っていただけなのだと」


 へたり込んでいた看守が懺悔するように言葉を続ける。


「私は、最悪の人間だ。領兵として与えられた看守という仕事。それを笠に着て、同じ人をこの特別牢に押し込めてきた。この牢にいる者達のほとんどは冤罪や、魔王軍の戦争捕虜。家族や、魔王領から攫ってきた子供たちを人質にされ、ついに明日、懲罰ちょうばつ部隊として最前線に立たされるのです。それを知ったうえで、私は看守の役割に徹したのです。彼らを助けようとした同僚もいましたが、やはり家族を盾に懲罰部隊に加えられ、帰ってきませんでした。私は、自分の身かわいさに彼らを虐げるあさましい人間なのです」

「うわっ、あくどいな」


 想像以上にブラックな答えが返って来て、源は思わずつぶやく。というか、明日釈放と言われていたが、このままだとなし崩し的に懲罰ちょうばつ部隊に加えられていたのではないか。

 そう思い至って、源は少しわきかけていた同情を捨てる。


「そうか、それは大変だったな。だが、大丈夫だ。今からだってあんたは変わることができる。さあ、ここに居る無実の者たちの牢の鍵を解くんだ」

「出来ない。できないんです!」


 無い髪を振り乱すように首を振って、看守は叫ぶ。


「私の仕事は囚人たちの監視! つまりは牢に鍵をかける仕事! 来る日も来る日も鍵をかけたか確認する毎日のせいで、私は鍵をかけたかという不安に四六時中付きまとわれるようになった!」


 自分の弱さを隠すように、看守は俯いて、膝を抱えて呟く。


「私ね、もうだめなんです。鍵、開けられなくなっちゃったんです。鍵穴を回すときは、絶対に閉まる方にしか回せなくなったんです。家を出る時ですら、妻に鍵を開けてもらって、外に出たら即閉めるという始末。駄目なんです。私、鍵を開けられないんです」

「ふむ」


 源は得心する。出先でふと家の鍵をかけたか心配でたまらなくなる現象。強迫性障害の一種である。つまりは病気の類。想定外だったが、好都合だ。


「イルミ、聞いていたか」

「え? うん、まあ、聞いていたけど……」


 話を突然振られてイルミは戸惑う。


「あの人な、鍵を閉めたかどうか気になる病らしいんだ。お前の魔法で治してやってくれ」

「へ? ゲンさん、何言ってんの?」


 突拍子もない事を言い出した源に、イルミは呆れながらも自嘲する。


「僕の魔法ね、そんなんじゃないんだ。人を治すことなんてできない。病気をまき散らす。そんなことしかできない、どうしようもない魔法なんだよ」

「そうか。だったら、病気をかけてやってくれ。鍵を開けたくてたまらなくなる病だ」

「ゲンさん、どうしちゃったんだよ。大体、鍵を開けたくてたまらなくなる病なんて、そんなの……」


 そんなの病気じゃない。

 そう言おうとした途端、イルミの中に電流が走る。

 鍵を開けたくてたまらなくなる病。それはなぜ病気と言えないのか。病気と病気でないもの、その区別は何か。そんな疑問が浮かんで、吹き飛ぶ。


「そうか、そういうことか」


 イルミが長年のもやもやが晴れたように、手を握ったり、開いたりしながら呟く。


「何か掴んだようなだな」

「うん、ゲンさん。僕、なんだか分かったような気がする」


 イルミは自分の魔法を忌避し続けていた。当然、その魔法について深く理解しようとするのを避けてきた。

 しかし、源の言葉を受けて、イルミは初めて自分の魔法について能動的に知ろうとした。

 その結果、病気魔法の片鱗へんりんに手を掛けたのだ。


「よし」


 イルミは看守に右手を向けて、気合十分とばかりに呟く。

 その顔は笑っていた。

 自分はこの魔法を避けるばかりで、知ろうとしてこなかった。だが、今は違う。これまでは匍匐ほふく前進でしか移動できなかったのに、両足で立って二足歩行ができるようになったかのような解放感。

 今ならできる。イルミは確信していた。確信のままに、言霊ことだまを紡ぐ。


「看守さん、鍵を閉めたか気になって仕方が無いって? だったらさ、逆に考えるんだ。開けちゃってもいいさ、と」


 イルミの意思に従って、彼の体内で魔力が巡り、右手から飛び出す。

 傍目からは何も起こっていないように見えた。しかし、変化は唐突に訪れる。


「ああああ!! 鍵を開けたい! 鍵を開けたい! 鍵を開けなければ、どうにかなっちまいそうだ! 鍵! 鍵を開けさせてくれ!」


 看守は物凄い勢いで源のいる牢の鍵を開けると、隣の牢屋の鍵も開けていく。そして近場の鍵を開け切ると、通路を曲がって消えていく。


「よくやったな、イルミ」

「ゲンさん、僕、やったよ! 人を殺すだけじゃない。僕、僕の魔法……!」

「おお、よしよし。泣くな泣くな」


 感極まって涙を流すイルミの頭を源は優しく撫でる。

 このままもう少し余韻に浸っていたいが、ゆっくりはしていられない。

 鍵を開けられた囚人たちのすることは一つ。脱獄だ。ここも直にハチの巣をつついたような騒ぎになるだろう。


「よし、イルミ」

「うん」


 イルミが自分のことを見上げているのを確認して、源は自分の頭を両手で押さえて、そのまま持ち上げる。

 キュポッ。

 そんな間の抜けた音と共に源のハゲヅラが取れ、元のつややかな黒髪が現れる。

 イルミはそれを見て驚き、涙も引っ込んでしまう。


「さあ、イルミ。選べ」


 牢の外に出て、源は問いかける。


「このまま牢に留まる? それとも、自分の足で世界に飛び出す?」


 源の問いかけに、イルミは満面の笑みで一歩踏み出す。


「これまで僕は自分の魔法を抑え込もうとするばかりだった。けど、今は違う。自分の魔法を知ろうとしたことで、制御できる。そんな気がするんだ。病気魔法の暴発。それが無ければ答えは決まっている。ゲン、一緒に行こう」

「ハハッ。そう来なくっちゃな。ついてこい!」


 かくして、源は翌日には解放されることになっていたにもかかわらず、収監されて数時間で脱獄することになったのだった。

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