幕間
第11話 事後処理
「ここは……?」
真っ暗な部屋で目が覚めた男は困惑する。身じろぎしようとすると、手首がこすれるような感触。
男は己が拘束されていることを悟り、諦める。
非友好国に潜入がばれた工作員の末路など決まっている。
ましてや潜入先は不死の樹海。他国からの干渉を拒絶するエルフの国だ。
願わくば、次の生は後ろ暗いことに関わらないことを。
そして、兄弟同然として育てられた仲間たちは長生きすることを。
そんな身の丈に合わない希望を胸に、差し歯をかみ砕き、仕込んだ毒薬を飲み下す。
「がっ、げほっ」
喉の奥からこみ上げる泡で窒息しながら、一人涙を流す。
もとは生まれてすぐに無くなるはずだった命。なんの因果か諜報員として仕込まれ、そのお陰でここまで生きながらえることが出来た。
長生き出来て、幸運だった。
「うぅ……」
そう思い込んで自分を慰めようとするが、騙しきれない。
どうして、自分だけが。
そんな怨嗟ばかりが浮かんでくる。
「ふん。私らを散々こけにしてくれたんだ。そんな終わり方なんて、許さないよ」
「おぐっ!?」
泡を吹いている男の口に太い触手が差し込まれ、解毒薬が注入される。
助かった。
触手に解放されて、すがるように顔を上げると、そこにいたのはオババ様だった。
「オババ様」
「チッ」
オババ様は舌打ちすると、男を拘束しているツタで、その腕を折る。
「ぎゃああ!!」
「最長老様、だろう? 誰がその呼び名を許可した」
オババ様は、自身の庇護対象以外に対して、最長老呼びを徹底させていた。
仲間以外からオババ様という砕けた呼ばれ方をされても、腹立たしいだけだった。
「それからね。私は、そもそもあんたに発言を許可してないよ」
「ひっ!? ぎぃえああああ!!」
質問されたこと以外に対しては口を開いてはならない。
ツタで男の全身の骨を砕きながら、そのことを刷り込ませる。
気絶しないよう調整しながら、オババ様は思案する。
この人間の男が魔王国からの工作員であることは気づいていた。
使用する魔法は、認識阻害。
こちらの認識を狂わせて、自身がエルフの一員だと思い込ませていたのだ。
対象はエルフだけではない。
不死の樹海に張られている結界。それを騙すため、樹海そのものに対しても認識阻害が発動していた。
それがまずかった。
男は、オババ様を見張るために、源たちと同じ集落に住んでいた。
その結果、源のスキルが、植物に対しても認識阻害が有効なことを察知。
悪乗りでこの男のスキルを増幅、暴走させ、今回の騒動を引き起こしたのだ。
植物ネットワークのログを辿って、オババ様はそこまで突き止めていた。
ちなみに、源のスキルが男の暴走を引き起こしたのは、源がラフレシアに花粉と間違えて飲み込まれていた時である。
樹海全体で、対象をエルフにしたら面白そうじゃないか。
そんな迷惑極まりない悪戯心から引き起こされた事件だった。
「オババ様、お邪魔しても?」
「ふん。あんたがここに来る許可は私が出してるんだ。変に気を遣わなくていいよ。あと、オババはやめな」
「失礼しました。とても楽しそうだったので、悪いと思いまして」
「けっ。ガラシュの当主は相変わらず趣味が悪いな」
「はは。あなたにそう言われるとは、光栄です」
領土こそ小さいものの、魔王国との国境を持ち、人類の盾の一つとなっているマドケミ帝国。その辺境伯アシュマン・ガラシュは、オババ様の調教が一段落した頃に声を掛ける。
不死の樹海はエルフ以外を拒絶しているが、数少ない例外がある。
それが、エルフの友と呼ばれる腕輪を所持している者たちだった。
ガラシュ家は、かつて放浪のエルフに気に入られ、当主が代々エルフの友を継承してきた。
オババ様にとっても今は亡き友人の可愛い子供という感覚であり、オババ呼びに対して目くじらを立てることは無かった。
「して、勇者はいかがでしたかな」
「想像以上だよ。あれはヤバい」
先の事件を思い返しながら、オババ様はぼやく。
想像妊娠事件を引き起こしたのは、紛れもなく源、ひいてはそのスキルだ。
しかし、その事件を終息させたのもまた、源。
マッチポンプとして糾弾したいところだが、魔王国の弱みを握ることが出来たのも事実。
何よりもおいしいのは、工作員を捕らえることが出来たこと。今回の事件の首謀者としてこいつの存在を明るみに出すことで、魔王国は明確な敵だと、エルフ全体で意識の統一をすることが出来る。
最近の魔王国は、目が余る。専守防衛の鎖国もここらが潮時だろう。
「質が悪いのは、越えてはいけない一線をわきまえていることだよ」
「と、言いますと?」
「樹海の各集落がツタに飲み込まれ、ご神木にまで危険が差し迫った、あの事件。あんなひどい規模だったのにも関わらず、死人が、いや、それどころか擦り傷以上の怪我を負った奴がいなかったんだよ」
「なんと!」
源のスキル『ギャグ補正』の根源は人々を笑顔にすることだ。
所持者の源以外が苦痛を負うようなことは、その在り方が許さなかった。
「まったく。人的な被害は出てないせいで、こっちも怒ろうに怒れない。むしろ、こいつを事件の首謀者にすることができるから、お礼を言いたいぐらいだ」
「ははは。それは、恐ろしい。しかし、一番の理由はそれですかな?」
「なんだい。魔王を討つ人類最後の希望とでも言えばいいのかい?」
「ま、それもありますけどね」
茶化すようなオババ様の言葉に、アシュマンは肩をすくめる。
「ほら、あなたのお気に入りのことですよ」
「ああ、セラフィナかい」
「はい。随分、勇者殿にご執心のようではないですか」
「ふん」
柔らかく笑うオババ様を見て、アシュマンは驚く。
アシュマンは、油断できない鉄面皮の化け物と認識している。だが、同時に、頼れる祖母のような存在とも思っている。
そんなオババ様が、ひ孫を見るようなどこまでも優しい表情をしていたのだ。そんな表情は、エルフの友を継承して、初めて顔合わせをした時以来だった。
「確かにあいつは、フィーの笑顔を取り戻して、この陰気な樹海から連れ出してくれた。私がゲンの奴を気に入っている理由は、そんな単純なものだけで良いのかもしれないね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます