第2話『おいてけ堀』【怖さ★★☆】

「ふぃ~釣った!釣った!今日は大漁だなぁ~」


 農家の男は樽に入ったたくさんの魚を見てご満悦だ。


「ねぇ、ここって有名な『おいてけ堀』でしょ?三匹返さないと家に帰れなくなるっていう……」

 急に冷たい風が吹いて、女は震えながら男の袖を握る。


「バカだなぁ~そんなのただの釣れなかった奴のひがみだよ!ひ・が・み!せっかく釣った魚だ!俺は全部持って帰るぜ!」


 男は魚の入った樽を両手で大事そうにかかえると、急に暗くなってきた道を引き返す。


「ちょっと待ってよぉ~」


 女も男を急いで追った。


 ひゅ~!ひゅ~!


「寒ぅ……冷えるわね」

 女は体を縮め身震いをする。


「……」


「ねぇ!って!聞いてるの?」

 返事のない男に女は苛立ちを見せる。


「……ここ、どこだ?」

 男は呟いた。


 確か、家までの道は堀から一直線だ。迷うはすがない。しかし、辺りを見渡すと木々が生い茂、腰まで伸びた草むらがカサカサ不気味に音を立てる。


「まさか……迷ったの?だから、私は魚を三匹返せって……」


「う、うるせ――!!あんなの迷信だ!俺は信じないからな!!」

 持っている桶をギュウっと抱える。


 『オイテケ……』


「ね、ねぇ……今、何か言った?」


「何にも言ってねぇ~よ!」


 『オイテケ……オイテケ……』


「ねぇ!『置いてけ』って!聞こえるよ!ヤバいよ!!」


「う、うるせ~!!聞こえない!俺は何も聞こえないぞ!!」


 『オイテケ……オイテケ……オイテケ……』

 

 カタ……カタカタカタ……。


 男の持っている桶が震える。


「お、おい!何だよこれ!!どうなって――」


 男が桶の蓋を開けると、そこには目を見開いた女の顔が――


 『置いてけ――!!!!!!!!』


「ぎゃぁ――!!」

 

 怪談小屋が観客の悲鳴で揺れる。


「はい、今日はここまで~気をつけて帰んな」


 俺はいつものように部屋に明かりを灯すと、子供達の相手をしながら、さっさと客を小屋から追い出す。客に怖い話をするのは好きだが、世間話は苦手だった。


(ん?)


 部屋の片隅でいつものように座っていたフードの人物が部屋の隅から動かない。


「あの~、今日はもうお仕舞いなんで。また、明日、来てください」

 俺は出来るだけ丁寧に話したつもりだが、フードの人物は一向に動こうとしない。


「……けた」

 フードの人物が何か呟いた。


「え?」

 俺は聞き返す。


「『腰が抜けた』と言ったのだ!!!!」

「うおっ!?」

 フードの人物が急に大声を出し、ビックリする。


「そうかい。今回のは自信があったんだ。でも、今日はお仕舞いだ。手を貸すから、帰ってくれ」

 俺はフードの人物の手を取り、立たせようと引っ張る。


「ば、バカ!!まだ腰が!!きゃ!!」

 フードの人物が体勢を崩し、俺に覆い被さる。


 ふにぃ。


 俺の手に柔らかい感触が駆け巡ると同時に、キレイな長い金色の髪が俺の顔に垂れる。


「わ、わりぃ!あんた、女性だったのか!てっきり男だと思っていたよ」


「!!?わ、私は女だ!馬鹿者!」

 すぐに女はフードで顔を隠す。


「邪魔したな……また来る」

 女はやっとの思いで立ち上がると、まるで生まれたての小鹿のように足を震わせながら、小屋の出口へと向かった。


 俺はゆっくりと出口に向かう女に不意に声をかけた。


「なぁ!あんた!……名前は!?」


「!?……ふ、フローラ……だ」

 女は何度も倒れそうになりながらも、小屋から出ていった。


「……フローラか」


 俺はさきほど触った、この世の物とは思えない柔らかかった感触を忘れないようにするため、掌をグッ!パッ!グッ!パッ!と動かしながら、ひとりニヤニヤした――。


 【ギオン騎士団 総本部】


「あ!団員!今日も見回りですか?いつも同じ時間に、ご苦労様です!」


 ピュ――!!


 フロラディーテは団員の声など耳に入らないほど、気早に総本部へと走っていった。


「……団員?」


 バタン!ぼふん!!


 フロラディーテは服も着替えずに自室に駆け込むと、そのままベッドへとダイブした!


(恥ずかし恥ずかし恥ずかし――!!)


(まさか私としたことが怪談を聞いて腰を抜かして、マスキ殿にあんな痴態を晒すとは!!名前も偽ってしまったし……もうあの小屋には行けない……。でも、怖い話が聞きたい!!聞きたい!!聞きたいよ~!!)


「ううう~!!」


 フロラディーテはベッドにうつ伏せになりながら、もがき苦しんだ――。


 <つづく!>

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