第21話 失敗賢者は激しく同意する

 エルシオンから宿屋に戻ってきた。

 誰もいなくなった、ルミナの部屋に俺とアルカだけがパッと現れる。


「さて、時間の流れは調節できるんだよな?」

「大丈夫です。エルシオンとの時間経過の速度比率は調整済みです」


 俺が言うまでもなくやっていたらしい。

 さすがは楽園世界の管理者。美人で気立てがいいし、しかも有能だ。


「さすがだな、アルカ」

「はい、ありがとうございます、旦那様!」


 頭を撫でてやると、アルカはホクホク顔でうなずいた。


「で、何分待てばいいんだ?」

「五分くらいです!」


 はっや!


「こっちでの五分が、あっちでの一か月なワケか」

「はい!」


 最大でどれくらい加速できるんだろう、時間の流れ。

 ふと興味が湧いたので、今度アルカにきいてみようか。


 ルミナをエルシオンに連れていった理由は、二つある。

 一つは環境を変える必要があったから。

 このままオルダームにいても、あいつは自分を責め続けていただろう。


 だから全く別の環境に置いたワケだ。

 それが理由の一つ目。そして、もう一つの理由。俺的にはメインはこっち。


 あの村は、超究極中略種族――、通称『語り部』の村だ。

 あそこで受け継がれている大賢者に関する口伝をルミナに聞かせたかった。


 そこであいつが何を感じ、どう思うか。

 上手くいくといいんだが……。


「旦那様、五分が経ちました」

「よし、ルミナを迎えに行くか。アルカ、頼む」

「はい。管理者権限をもって、エルシオンへの転送を開始します」


 若干の不安を抱きながら、俺は再びエルシオンへと向かった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 語り部の村では、ちょうどおやつの時間らしかった。

 村長の家の前で子供達数人と共に、ルミナが切り分けられた果物を食べている。


 あ、そういえば神果アムリタのこと話してなかったな。

 一か月も食べ続けてきたなら、レベルも300~400くらいは行ってるのだろうか。

 ともあれ、俺はルミナに声をかける。


「お~い、迎えに来たぜ、ルミナ!」

「あ、レントさん! それにアルカさんも!」


 俺に気づいたルミナが、バッと立ち上がって破顔する。

 その様子に、数時間前の燃え尽きた灰みたいだったルミナの面影は微塵もない。

 よかった。メンタルは持ち直したようだ。


「ルミナさん、一か月ぶりです」

「そうですね。……お久しぶり、っていうのも何か違う気がするんですけど」


 ルミナは軽く苦笑した。その表情にも余裕が戻っている。


「どうやら、だいぶ落ち着いたみたいだな」

「はい、おかげさまで」


 ルミナが俺にお辞儀をしてくる。

 礼をするようなことはしちゃいないが、感謝されるのは悪い気分じゃない。


「それで、ここでの生活はどうだった?」

「楽しかったです。皆さん、私にすごく優しくしてくれました」


「大賢者の話もいっぱい聞けただろ。そっちはどうだ」

「はい、伝説にないような話も、色々と聞けました。それで、思ったんです」

「何か思うところがあったか」


 さて、ここが分水嶺だ。

 果たして、ルミナが何を思ったか。俺の二つ目の狙いは、こいつにどう作用したか。


「はい。私達の家祖である大賢者ワーヴェルなんですけど」


 俺は押し黙り、アルカもゴクリとのどを鳴らしてルミナの言葉を待つ。

 やがて、ルミナは神妙な面持ちになって、言った。



「実は大賢者って、ただの自分大好きなだけのゲス野郎なのでは?」



 ルミナ!

 俺は、思わず手を叩いていた。


「わかってくれたか、ルミナ!」

「あ、やっぱりそうなんですね。ウチって、家祖の段階ですでに腐ってたんだ!」


 俺の同意に、ルミナもまた声を大にする。


「私、この村の口伝を聞いて思ったんです。徹頭徹尾自画自賛だなって。一から十まで大賢者賛美ばっかりで、聞いてて乾いた笑いが出ました!」

「そうなんだよ、あいつは本当に自分以外はどうでもいいヤツだったんだよ!」

「ですよね! 全部が大賢者の大賢者による大賢者のための大賢者賛歌でした!」


 やっぱりな。信じていたぜ、大賢者ワーヴェル。

 おまえが残す自分の口伝なんて、ロクでもないものに決まってるってな!


「で、ルミナ。大賢者について、改めてどう感じた?」

「自己愛拗らせすぎてて、正直ないなー、って」


「そうだ、俺はおまえに、それに気づいてほしかった!」

「はい! おかげ様で、私の中の理想の大賢者像も、根底から粉砕されました!」


 いいんだ。それでいいんだ。

 人に理想は必要だが、過ぎた理想は自縄自縛に陥るきっかけにもなりかねない。


 ルミナがまさにそれだ。

 大賢者への崇敬の念が大きすぎて、こいつは大賢者を美化しすぎていた。

 それが仇となって、無理な背伸びをした結果、自滅しかけた。


 ルミナに本当に必要なのは、自分の実力を自覚して一歩ずつ進むことだった。

 それをわからせるために、ルミナの中の理想の大賢者像をブチ壊したのだ。


「レントさん……」

「何だ?」

「ワーヴェル家って、なるべくしてああなったんですね」


 しみじみと呟かれたその一言が、何より印象的だった。

 かくして、ルミナ・ワーヴェルは冒険者として立ち直ることができた。


 ありがとう、大賢者ワーヴェル。

 おまえがクソ野郎だったおかげで、おまえの子孫が一人救われたぜ!

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