閑話1 次代の賢者は軽蔑する(ルミナ視点)

 この街に来たときのことを、私は少しだけ思い返す。

 私は、ルミナ・ワーヴェル。

 王都の魔法学院を卒業し、冒険者になるべくオルダームまでやって来た。


 小さい頃から、私は家祖である大賢者ワーヴェルの逸話に強く心惹かれていた。

 幸い、私には家祖と同じく魔法の才があり、王都の魔法学院に入学できた。


 私がそこに入ったのは両親から少しでも離れたかったからだ。

 両親も他と同じく、大賢者の名誉を自分のものと勘違いしている愚物だった。


 今のワーヴェル家は大体がそんな感じ。家祖の遺産の利権を貪るだけの連中だ。

 でも、そんな中で例外が一人だけいた。近い親戚のレントさんだ。


 彼は家祖の生まれ変わりとされるが、私はそれをあまり信じていない。

 きっと家祖を尊敬し、自称しているのだ。大それたことだが、気持ちはわかる。


 レントさんは、私が小さかった頃、自分の冒険の話を聞かせてくれた。

 それは、大賢者の遺産が眠るというダンジョンでの冒険譚だった。


 レントさんは臨場感たっぷりの話し方で私にそれを語ってくれた。

 きっと私は、そのときから彼に憧れていたのだ。今考えれば、愚かなことだが。


 最初に私に現実の彼を教えてくれたのは、ゴルデンさんだった。

 オルダーム最大のクラン『金色の冒険譚』のリーダーで、レントさんの元相棒。


 レントさんの冒険譚にも登場した、私にとってのもう一人の憧れの人。

 卒業後、彼から直接スカウトを受けて、私はまさに天にも昇る気持ちになった。


「え? 冒険の話を聞いた? ……そうか、あいつがそんな話を」


 私は、ゴルデンさんに私が聞いた話について語ってみた。すると、この反応だ。

 違和感を覚えたのは、それが最初だった。

 そして、ゴルデンさんは語ってくれた。『金色』での彼の堕落っぷりを。


「訓練はしているが、それだけ。採取すらしようとしないんだ」

「そんな……」


 薬草の採取などの依頼は、Fランクでも受けられるのに。

 一体、彼はどうやって生活しているのだろう。

 それを尋ねたときの、ゴルデンさんの苦虫を噛み潰したような顔は忘れがたい。


「僕達が養ってやっているんだよ。あいつを」

「や、養って……?」


 聞けば、レントさんは大賢者の生まれ変わりであることと『金色』の創立メンバーであることを理由に、『金色』に自分の面倒を見させているのだという。


 さすがに、あり得ないと思った。

 私の中のレントさんは、弱くてもひたむきにがんばる人なのに。


 到着した本拠地、私はレントさんについて聞いて回った。

 だけど、私の中のレントさんに重なる話は、一つとして聞くことができなかった。


「僕が君に期待する理由が、わかってもらえただろうか」


 ゴルデンさんが、私に向かって言う。


「あの男は、十数年の長きに渡って『金色』に寄生し続けているんだよ……」


 それは、堪えがたい何かを必死に堪えているような声音だった。

 ゴルデンさんは本気でレントさんを憂い、悩んでいる。それが伝わってきた。


「ワーヴェル家は、冒険者たちの間では『冒険者の恥部』とすら呼ばれている。そしてレントこそ、それを最も強く体現している存在なんだ。……悲しいことに、ね」


 本当に悲しそうに目を伏せるゴルデンさんの様子を見て、私の中に怒りが湧く。

 彼の言う通り、ワーヴェル家は冒険者の恥部だ。

 家祖である大賢者の名誉を自分達のものと勘違いして増長し続ける、愚物の巣窟。


 だけど、レントさんだけは違う。

 私はずっと、そう思っていたのに……。


「君が来てくれたことで、僕もいよいよ決心がついた。レントを追い出そう」


 力強く告げるゴルデンさんに、私は最後に一度だけ問いかけた。


「お二人の最初の冒険のとき、遭遇したガーゴイルに不意打ちを受けて、片方が庇いましたよね。そのとき庇ったのはどちらだったんですか?」

「ん? 懐かしい話だね。それだったら僕が庇ったんだ」


 ああ、レントさんから聞いた話と違う。

 あの話じゃ、主人公のレントさんがゴルデンさんを庇ったことになってる。


 違う。事実と違う。

 レントさんは私に、嘘の話を聞かせたんだ。

 その思ったとき、私の中にあったレントさんへの信頼の最後の一片が壊れた。


 やっぱり、変わらないんだ。

 レントさんもあのくだらないワーヴェル家の人間だったんだ。


「ゴルデンさん。私、あの人が許せません」

「ああ、僕もだよ。だからあいつの代わりに、君が『金色』の大賢者となってくれ」


 私は、そのゴルデンさんの言葉に「はい」と答え、うなずいた。

 所詮はレントさんも、他のワーヴェル家と同列だった。あの度し難い連中と。


 ――家祖の名に泥を塗り続けるあの連中を、私は絶対に認めない。

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