深夜のファミレスにて

すみはし

男と女のささくれの話

夜のファミリーレストランでは色んな人が色んな話をしている。

とある男女のやりとりをひとつ。


「え、今なんて言った?」

やわらかな会話のキャッチボールが続く中、男性はふと投げ合いを止め、女に問いかけた。

「え、別に大したこと言ってないじゃない。割り箸割るの失敗しちゃった、って」

女は歪に割れた割り箸を男に見せる。

そこからは会話の応酬だった。


「そうじゃなくって、それ、指怪我したでしょ?」

女の指からは少しだけ血が出ていた。

「あぁ、“そげ”が刺さっちゃったみたい」

「そう! それ!」

女が答えるとほぼ同時に男は女を指さして声を上げる。


「なに、どういうこと?」

「いや、僕の方が聞きたいんだけど、“そげ”って何?」

「そげはそげよ、今私が怪我したみたいな木とかからピッと出て指に刺さるやつ」

「それのこと“そげ”って言うの?」

「言わないの?」

「言わないね」

「じゃあなんて言うのよ」

「えーと、“ささくれ”だね」

「“ささくれ”ってあれじゃないの? もっとこう、古い家の木の柱とかそういうやつがボロボロになってる感じ」

「そう、それも“ささくれ”」

「それが“ささくれ”なのは分かるわよ。私が言ってるのは今この私の指を怪我させた小さな割り箸の“そげ”のこと」

「いや、だからそれも“ささくれ”なんだって。木が毛羽立ってるようなのは全部“ささくれ”」


だんだん会話がヒートアップしていきお互いの口調が早くなる。


「いやそれは毛羽立つほど多い時に言うやつやん? 私が言うてんのは1本小さくピッてなってるやつのことやねんて」

「いやピッてなんなんだよ、ピッであろうがビッであろうが、ビビビビッであろうがぜんぶ“ささくれ”!」

「そんなん知らんわ全部ひとまとめにせんといてくれる? そんなやっこいことなんのこと言うてるか分からへんなるやん!」


男が女を諌めるが女は訳が分からない、と言ったようでおそらく地元の方言であろう関西弁が出始める。


「絶対みんな“そげ”って言うって! 絶対一般言葉やわ」

「絶対そんなことないって、関西弁出てるよ、絶対もうそれ関西弁じゃん」

「ほんなら天下のGoogle先生に聞こやない、オッケーGoogle!“そげ”とは?」


そげ【▽削げ/▽殺げ】木材などの表面にできたささくれ。 また、それがからだに刺さったもの。 とげ。


「いやもう“ささくれ”って書いちゃってるじゃん! それ“ささくれ”じゃん」

「いやいやいや知らんて“そげ”は“そげ”やろ!? しかも“ささくれ”じゃなくて“とげ”まで“そげ”なん、もう“そげ”わからんなるわ」

「“削げ”はまだしも“殺げ”って殺意高すぎでしょ毒でも持ってるの? 小さいのに攻撃力高くない?」

「それは私も初めて知ったわ! そんなん絶対先っぽ毒塗ったあるやん」

「で? 関連のところにある『“そげ”とはどこの方言ですか』ってやつ開いてみて」


『“そげ”(大阪の方言)』


「ほらもうこれ言い逃れできないでしょ無理だよ」

「いやいやいや知らんて、私小さい時から“そげ”言うてたもん!」

「小さい頃って君小さい頃大阪に住んでたでしょ、大阪の方言なんだから大阪住んでれば“そげっていうよ”」

「そーれは…そうかもしらんけど…じゃあそもそも“ささくれ”ってなんなん!」

「さっき君も自分で言ってたでしょ、古い家の木の柱とかそういうやつがボロボロになってる感じって」

「でもそれが正確な意味とは限らんやん! オッケーGoogle! “ささくれ”とは」


ささくれとは、指や爪の周辺の皮膚が乾燥して、皮膚がめくれ上がってしまう状態を指します。 ささくれは、誰でもできる可能性があり、特に寒くなって乾燥する時期に起こりやすいとされています。 普段から水仕事をする人は、ささくれができる確率も高いので、日頃から予防のためのケアが必要です。


「それはちゃうやろ!」

「それは僕が求めてるやつでもない!」

「「これは“さかむけ”!」」

2人の意見が一致して何となく顔を見合わせる。


「あ、関連検索に『ささくれとは 木』だって」

「わざわざ“木”までいれなあかんねや」


ささくれ、もしくはさかむけとは、人の特に手の爪の根元を覆う後爪郭の表皮が剥けた状態やその表皮、また木材や竹などが部分的に毛羽立った状態を指す。(Wikipedia)


「結局さかむけなんかい」

「あ、でも後半見て! 木材が部分的に毛羽立った様子を指すって書いてる」

「ついでみたいな書かれ方やけどな、確かに書いたあるわ、でも“そげ”みたいなピッとしたやつって書かれてる訳ちゃうからなあ」

「あ、でも別のページだけど“ささくれ”の方言一覧、っていうページ、“そげ”って書いてあるよ」

「ほんまや、そげ、さくばり、すいばり、そっぴ…なんやこれ聞いたことないし訳分からんやつばっかりやん」

「それ僕が君に対して思ってた事ね」


「ん? 待って、関連検索の、何これ、『心のささくれ』…って何…?」

「何それ、それは僕も知らない」


「ささくれだつ」の意味や使い方

(1)皮や先端が細くめくれたようになるさま。 ささくれができる、ささくれる、などとも言う。 (2)気持ちが荒み、とげとげしい態度になるさま。 (3)些細な事で人間関係が不和になるさま。(Weblio辞書)


「いやささくれだってもうてるやん、たってるやん、なんでたつねん」

「動詞系あるんだ、知らなかった」

「これ、『(2)気持ちが荒み、とげとげしい態度になるさま。』だって。完全にさっきの君じゃん」

「は? うっさいなぁ、そっちかて若干とげとげしかった気するけどなぁ?」

「まあまあ、それはそれとして、何となく心が荒れてる感じが“心のささくれ”なのかな?」

「まぁ、そんな感じちゃう?」


「あ、もう結構いい時間」

「ほんまや、もうこんな時間か、しょーもない話で時間潰れたわー!」

「まぁでもお互いスッキリしたから『(3)些細な事で人間関係が不和になるさま。』にはならずにすんだんじゃない?」

「誰が上手いこと言えと。たしかに一瞬ささくれだっとったけどな」

「終電ある?」

「ギリ間に合う、走るわ」

「無理しないでね」

「任せー、木の“ささくれ”に気ぃつけてかえるわ!」

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深夜のファミレスにて すみはし @sumikko0020

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