幼馴染

緋雪

幼馴染

 夜、和也かずやから電話があった。なんとなく、いつもとは違う。違和感に、突然別れ話でもされるんだろうかと身構えた。


「言おうかどうしようか迷ったんだけどさ、亜紀あきが俺の彼女なわけだし、隠しておくのも変な感じでさ」

「隠す? 何を?」

 変な言い回しをしてくる和也に、私は不安を覚える。

美里みさとちゃんからね、電話があったの」

「美里から? なんで?」

 美里は、私の幼馴染だ。

「あ〜、やっぱり聞いてなかったのか」

「何? どういうこと?」

「いや、亜紀には内緒で相談事があるの、ってかかってきたからさ」

「私には内緒? 私のことで?」

「ううん。なんか、好きな人のことで、って話だったよ」

「はあ?」


 美里に和也を紹介したのは、先月のこと。

 同じ高校の友達数人で、隣町へ遊びに行こうとしていた時、中学時代からの友達が、駅前で美里を見付け、一緒に行かないかと誘ったのがきっかけだった。

 美里は、幼稚園から中学まで一緒だったけれど、私が進学校に進んだせいもあって、高校でバラバラになったのだ。それでも、高校は違うけれど、私の仲間の中に、すんなり溶け込んでいた。


「あの時に連絡先交換したの?」

「うん。啓太けいたも交換してたし、隣りにいた俺も、なんていうか流れで」

「で、相談って何だったの?」

「それがさあ、結局何だったのかよくわかんなかった。他はず〜っと雑談で」

「何考えてるんだろ……」

「彼女、ちゃんと好きな人いるんでしょ?」

「うん……っていうか、何人いるのか、私にもわかんないんだけどね」

「何人いるかわからない?」

「惚れっぽいのよ。……和也、狙われてるかもね」

「え〜、やめてよ。タイプじゃないって」

「次かかってきたら断ってね」

「わかった」


 美里が何を考えているかわからなかった。



「亜紀、それさぁ、何ていうか……もう美里ちゃんと関わるのやめた方がよくない?」

 お弁当を食べながら、綾香あやかが言う。

「美里ちゃんってさあ、性格悪いよ、多分。亜紀にこんなこと言いたくないけど」

「う〜ん、でも幼馴染だし、関わるのやめるとかは無理かなあ」

「まあ、あたしからは忠告しかできないけどさ」

 綾香が心配してくれるのは有り難かったが、気のせいだと思うことにした。



 大学生になり、親に授業料だけ出してもらうつもりで、バイト先を探していた。すぐに、先輩から、自分が行っているファストフードのバイトに来ないかと誘われた。


 初バイトで、まだまだ初心者マークが取れない頃、店長に呼ばれる。

「亜紀ちゃん、バイトの子、もう2人くらいほしいんだけど、友達で来てくれる子いないかな?」

「あ〜、当たってみます」


 私は、同じゼミの仲の良い友達、歩美あゆみを誘った。歩美は、喜んで受けてくれた。ただ、彼女は、家庭教師と掛け持ちになるので、シフトにそれほど入れない。それで、バイトを探していた美里を誘った。彼女は、私とは違う短大に通っていた。少し距離はあって心配したけれど、快く受けてくれた。


 美里は、私や歩美を通じて、私のゼミの仲間たちとも仲良くなった。ゼミの飲み会などにも参加していたりもした。

 ただ、ゼミ内の講義内容の話や、教授の話になると、美里にはわからない。あからさまにつまらない顔をする彼女に気付くと、皆、美里にもわかるような話に戻すのだった。


「亜紀……美里ちゃんのことなんだけどさ……ちょっと『厚かましい』んじゃないかなあ……」

 歩美が言ってくる。私も、そう思っていたところだった。

「でも、来るなとも言えないのよねえ」

 はぁ。二人して溜め息を付いた。



 うちでホームパーティーをする時には、美里は必ず現れた。皆に、「呼んでね〜」と言ってあるのだ。親切な友人から情報を得ると、私に連絡してきて、「じゃあ、手伝うこともあるだろうし、1時間前に行くわね」と言う。こうして、美里は、半ば強引に、私達の仲間に入ってきたのだった。



 一度、ゼミの仲間が、ホームパーティーに留学生を連れてきたことがある。うちのゼミ生は全員英語が堪能なので、普通に英語で話していた。

 ふと美里を見ると、機嫌が悪い。あ〜、これは……と思い、美里の隣へ行って、二人で話すことに。

「亜紀のゼミ仲間のホームパーティーって、いろんな人が来るわけ?」

「ん〜、いろんな人ってわけじゃないけど、そもそも10人もいたら、一人や二人、増えても変わらないよ」

 私は笑ってそう言った。


 それが悪かったのだ。


 美里は、次のホームパーティーの時、自分の友達を3人も連れて現れた。私達にとっては、全く知らない人達だ。

 ホームパーティーと言っても、外国人のそれとは違って、仲間内で開催しているものだ。それでも、ゼミ生の友達なら歓迎もしたのだが、友達が勝手にその友達を連れてきて盛り上がるようなパーティではなかった。その時のパーティは、どこか白けた雰囲気で終わった。美里だけは上機嫌だったけれど。



 就職して、そういう付き合いもなくなり、どこかホッとしている自分がいた。本当に仲間内だけで連絡を取って、集まるようになったからだ。


 ある日、歩美が言った。

「ねえ、いつも思ってたんだけどさ、なんでうちのゼミのホームパーティーの中に、美里ちゃんがいたの?」

「あ、それ、私も思ってた」

 と、咲子さきこ

「関係ない人いると話しづらいっていうかさ……悪いけど、遠慮してほしかったよね」

 なぎさも言う。

「う〜ん……。ごめんね。気を遣わせて」

「いやいや、亜紀のせいじゃなくない?」

「美里ちゃんが勝手に来てたりしたんだからさあ」

「そうだよ。知らない友達連れてくるとかさあ、どこまで気を遣わせるのか、こっちも困ったよね」

 三人とも同意見だった。



 「幼馴染」という、曖昧な関係。「幼馴染」は「親友」とは限らない。

 私がずっと抱えてきた、「ささくれ」のような感情の正体が見えたような気がした。


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