第9話『千弦のアルバム』

「彩葉。白石君。これから何をして遊ぼうか?」


 漫画やアニメやラノベのことについて3人で談笑した後、藤原さんがそんなことを言ってきた。


「白石君のやりたいことをしない? 白石君がここに来るのは初めてだし」

「それはいい考えだね、彩葉。白石君、どうかな?」

「2人がそう言うなら。ただ、何をしようかな……」


 藤原さんと星野さんと話す中で、3人とも好きだったり、観たことがあったりするアニメがいくつもあると分かった。だから、そういったアニメを観るのがいいだろうか。そんなことを考えながら、さっきまでの談笑のきっかけとなった本棚の方に視線を向ける。


「……あっ、そうだ。気になっていたことがあってさ」

「何かな」

「本棚の一番下にあるあの赤いハードカバーのやつ。他の本みたいに、本の背に何も書いていないから何なのかなって」


 そう言い、赤いハードカバーの冊子を指さす。


「ああ、あれは私のアルバムだよ」

「アルバムか。……アルバムだって分かると見たくなってくるな」

「私はかまわないよ」

「ありがとう。じゃあ、藤原さんのアルバムを見ようか」

「いいね、白石君」

「分かった。じゃあ、持ってくるよ」


 藤原さんはクッションから立ち上がり、アルバムを取りに本棚まで向かう。

 藤原さんは本棚からアルバムを取り出し、俺に渡してきた。なかなか大きいな。

 一緒にアルバムを見るためか、藤原さんはクッションを俺のすぐ右隣まで動かして座った。また、星野さんも俺のすぐ左隣まで移動する。それもあって、呼吸する度に2人の甘い匂いがはっきりと感じられるように。


「だいたい時系列に写真を貼ってあるよ」

「そうなんだ。じゃあ、アルバム鑑賞を始めよう」


 ローテーブルにアルバムを置き、表紙を開く。

 最初のページは……赤ちゃんの頃の藤原さんか。御両親に抱かれている姿やベビーベッドで寝ている姿が写っている。


「おおっ、可愛いな」

「アルバムは何度も見たことがあるけど、赤ちゃんの頃の千弦ちゃんの写真を見ると可愛いなって思うよ」

「ありがとう」


 穏やかな笑顔で藤原さんはお礼を言った。


「あと、孝史さんと果穂さんの雰囲気は今とあまり変わらないな。特に果穂さんは」

「そうだね。果穂さんって若々しくて可愛い人だよね」

「今でも、お母さんと2人で出かけると『姉妹ですか?』って言われることがあるね。そのときはお母さん……凄く喜んでる」


 姉妹か。落ち着いている藤原さんとふわふわとした果穂さんでは雰囲気が違うけど、果穂さんは若々しい見た目なので、年の離れた姉妹なら通じそうだ。


「姉妹といえば、藤原さんに兄弟とか姉妹っているのか? さっき、御両親には挨拶したけど」

「一人っ子だよ」

「私もね」

「そうなんだ」


 藤原さんも星野さんも一人っ子か。

 時系列に貼られているので、ページをめくっていくと写真に写る藤原さんは少しずつ大きくなっていって。藤原さんは御両親や親戚の方と一緒に写ったり、幼稚園の制服姿で写ったり。可愛い笑顔で写っている写真が多い。だからか、星野さんは何度も「可愛い」と言っている。


「幼少期の頃の藤原さんは結構可愛い雰囲気だな。星野さんが可愛いって連呼するのも納得だ」

「とても可愛いからね。もちろん、今の千弦ちゃんも可愛いと思っているよ」

「ありがとう」

「赤ちゃんの頃はともかく、幼稚園の頃には今の面影を感じられる雰囲気になっているのかなって思ってた」

「ふふっ、意外だったかな?」

「ちょっとな」


 と言ったのは、ナンパから助けた際に俺にお礼を言ったときや、猫のぬいぐるみをゲットした際の喜んだときの笑顔が、このアルバムに貼られている写真に写る幼少期の藤原さんの笑顔のような可愛いものだったから。

 成長していく中で段々と落ち着いた雰囲気になって、時には凛々しくも感じられるようになったのかなぁ。

 ページをめくると……入学式の写真や星野さんと一緒に写っている写真などが貼られているな。あと、星野さんと一緒に写っている藤原さんは、今の藤原さんに近い雰囲気になっている。


「おっ、ここからは小学生かな。入学式の写真とか星野さんと一緒に写っている写真があるし」

「そうだね」

「……あれ? 入学式の写真に写っているこの看板に書かれている学校名……洲中市の小学校じゃないんだな」

「うん。小5の5月までは福岡県の小学校に通っていたんだよ。お父さんの転勤があって、6月にここに引っ越してきて、彩葉のいる小学校に転校してきたんだ」

「そうだったんだ」


 星野さんとは小学校時代からの親友とは聞いていたから、てっきり小さな頃からずっとここに住んでいるものだと思っていた。

 藤原さんは笑顔を見せているけど、ちょっと切なげな雰囲気に。引っ越す前の学校や友達、住んでいた街のことを思い出しているのだろうか。子供にとって、引っ越して転校するのはとても大きな出来事だもんな。福岡から東京だとかなりの距離があるし。


「ということは、星野さんと一緒に写っているこの写真は早くても小5のときか」

「ああ。転校してきて、仲良くなった直後に撮った写真だよ」

「そうだね。この写真は何度も見たことがあるけど、懐かしい気持ちになるよ」


 この写真を撮られた時期のことを思い出しているのだろうか。星野さんはとても柔らかい笑顔になる。


「小学校の入学の写真が貼られているページの次のページに、小5の頃の写真が貼られているとは。幼稚園までよりも、あんまり写真は撮らなかったのか?」

「そうだね。転校する前にいた学校に通っていた頃は……恥ずかしがり屋で。だから、あまり写真を撮らなかったんだ」

「なるほどな。……小学校のときにいたな。行事とかで写真を撮るとき、全員で一緒に撮る写真以外にはあまり写りたがらない友達が」

「そうなんだ。こっちに転校してきたときは、小5になっていたから恥ずかしい気持ちもなくなってきてて。それで、転校後からはまた写真を撮ってもらうようになってる」

「そっか。……星野さんと一緒に写っている写真は、今の藤原さんのような雰囲気だな。出会った頃から今みたいな感じだったのか?」

「うん、そうだね。転校してきたときから今みたいな感じだったよ。中性的な雰囲気で。小5で成長期だったから、千弦ちゃんの背がどんどん伸びて。それもあって、女子中心に王子様って呼ぶ子が増えたの」

「そうだったんだ」


 星野さんが出会った頃には、藤原さんは今のような雰囲気だったんだ。


「転校する前の学校に通っていた頃に読んでいた漫画に、とても好きな女性キャラがいてね。そのキャラは中性的な感じで、落ち着きがあって。しっかりもしていて。時には凛々しさも感じられて。そのキャラから影響を受けてね。喋り方とか立ち振る舞いを真似して。それがしっくりきてね。そこから段々と今みたいになったんだ」

「そうだったのか」


 中性的な感じで落ち着きがあって、時には凛々しさも感じられて……か。しっかりもしているし、まさに藤原さんだ。そのキャラクターがとても好きで、多大な影響を受けたのだと分かる。今の藤原さんを形作ったのはそのキャラクターなんだな。


「王子様のように振る舞っているつもりは全然ないけど、小学校の頃から王子様って言う子は結構いるね。特に女子は。特に嫌だとは思ってないよ」

「そっか」


 本人はそのつもりはないのに、周りから王子様だって言われるようになるのは藤原さんらしいかも。


「好きなキャラの影響を受ける……か。分かるなぁ。俺も小学生のとき、方言を話すキャラがとても好きな時期は口調を真似したし。……って、藤原さんと同列に語っちゃダメか」

「そんなことないさ。それに可愛いよ」

「そうだね、千弦ちゃん」


 ふふっ、と藤原さんと星野さんは楽しそうに笑っている。可愛いって言われるとは思わなかったな。あと、転校の話をしたとき、藤原さんの笑顔はちょっと切なげだったけど、明るいものに戻って良かった。

 ページをめくると……まだ小学生時代かな。私服姿や体操着姿の写真だし。星野さんをはじめとした友達と写っている。どの写真に写る藤原さんも、落ち着いた笑顔やキリッとした凜々しい笑顔のものが多い。


「小学校の運動会や修学旅行のときの写真だ。懐かしいなぁ。ね、千弦ちゃん」

「そうだね。転校してきてすぐに、彩葉とか友達が何人もできたから、学校の行事も楽しめたよ」

「楽しかったね」

「この写真を見ると、2人がイベントを楽しめたのを伝わってくる。転校先に星野さんがいて良かったな」

「ああ。彩葉のいるクラスで良かったよ。運が良かったと思ってる。最初の席も彩葉の後ろで。彩葉も漫画やアニメが好きなのが分かったのがきっかけに仲良くなって。彩葉の家と結構近いから、お互いの家でよく遊んだり、泊まったりもしたんだ」


 藤原さんはとても優しい笑顔でそう話し、俺や星野さんのことを見てくる。今話したことがとても楽しかったのだと分かる。

 今の藤原さんの言葉を受けてか、星野さんも優しい笑顔になる。


「私も、同じクラスに千弦ちゃんが転入してくれて良かったよ。同じクラスだったから、千弦ちゃんとたくさん一緒にいて、たくさん楽しい思い出ができたから」

「……私もだよ、彩葉」


 藤原さんと星野さんは柔らかい笑顔で笑い合った。

 その後も何ページかは小学校時代の写真が貼られていた。どの写真も藤原さんは楽しそうに見えて。また、友達と一緒に写っているときの写真の多くには星野さんがいて。2人とも写真にまつわる思い出を楽しく話してくれて。藤原さんにとって、星野さんは特別に仲が良くて親友なのだと分かる。

 そして、中学の制服を着る藤原さんや星野さんが写る写真が貼られたページに。2人とも白いセーラー服を着ていて可愛らしい。


「ここから中学時代か」

「そうだね」

「あと、2人の卒業した中学の制服はセーラー服なんだな。俺の卒業した中学と、今通っている洲中高校もブレザーだから、セーラー服は何だか新鮮だ。2人とも似合ってるよ」

「ありがとう、白石君」

「ありがとう。中学時代の制服だけど、似合っているって言われて嬉しいな」


 言葉通りの嬉しそうな笑顔でそう言う星野さん。そんな星野さんに藤原さんは笑顔で頷く。

 中学時代の写真を見ると……小学校時代から変わらず、藤原さんと星野さんは一緒に写っている写真が多い。あと、2人とも今とそこまで変わらない雰囲気だ。


「中学時代も変わらず2人は一緒にいたんだな」

「ああ。中1と中3のときは同じクラスだったし。彩葉と一緒に家庭科部に入っていたから、別々のクラスだった中2のときも一緒にいることが多かったよ」

「うん。それに、放課後や休日に遊んだり、買い物に行ったりしたしね」

「そうだったんだ」


 別々のクラスでも、一緒に部活をしたり、学校外でも頻繁に会ったりしていれば、離れている感覚はあまりないのかもしれない。


「彩葉と別のクラスの学年もあったけど、中学時代も楽しかったよ」

「そうだね」


 その後も、中学時代の写真が貼られたページが何ページも続く。

 合唱祭、体育祭、修学旅行、プライベートで遊びに行ったときのことなど、藤原さんと星野さんは楽しそうに話してくれる。2人にとって、中学時代もとても楽しかったことが分かった。

 やがて、藤原さんが高校生になった写真が貼られたページになる。


「高校生になったな。ここからは俺も見覚えのある姿だ」

「ふふっ、そうかい。彩葉と一緒に洲中高校に合格できたから、楽しい高校生活を送ることができているよ」

「私もだよ。1年のときも今も同じクラスだし、手芸部に入っているもんね」

「ああ。それに、2年になってからは白石君や玲央、早希、坂井君とも友達になったし。これからも楽しい高校生活になりそうだ」

「そう言ってくれて嬉しいよ。俺も同じ気持ちだ。藤原さんや星野さん、神崎さんと友達になれたからな」


 去年よりも楽しい1年間になりそうな気がする。

 藤原さんと星野さんは嬉しそうに笑った。

 ページをめくると……そこには写真は貼られていなかった。


「これで最後だったみたいだな。楽しかったよ、藤原さん」

「私も楽しかったよ。アルバムは何度も見ているけど。千弦ちゃんと思い出をたくさん話せたし」

「それは良かった。私も楽しかったよ」


 藤原さんと星野さんにとっても楽しい時間になったようで良かった。アルバムを見てみたいと言ってみて正解だったな。


「この後のページには、白石君や玲央達が写った写真が貼られるんだろうね」

「そうなってくれたら嬉しいな」


 俺の部屋にも自分のアルバムがあるけど、これからはきっと藤原さんや星野さん、神崎さんと写った写真も貼られていくのだろう。そうなるように、彼女達と一緒に思い出を作っていけたらと思う。


「白石君が初めて来た記念にスマホで写真撮って、アルバムを貼ろうかな。ナンパから助けてくれたことも思い出せるだろうし」

「それいいね! 私にも送ってくれる?」

「俺にも送ってくれ」

「ああ、いいよ」


 その後、藤原さんのスマホで俺達3人のスリーショット写真を撮影した。その写真はLIMEを使って送ってもらった。


「ありがとう、藤原さん」

「ありがとう、千弦ちゃん」

「いえいえ。……アルバム鑑賞はこれで終わりだな。次は何をしようか? 白石君と彩葉が決めていいよ」

「引き続き白石君が決めていいよ。初めてなんだし」

「分かった。じゃあ……アニメを見るか。さっき話して、3人とも好きなアニメはいくつもあるって分かったし」

「おっ、いいね」

「私も賛成だよ」

「アニメはテレビに録画していたり、Blu-rayにダビングしていたりするから、色々なアニメが見られるよ」

「それは嬉しいなぁ」


 その後、3人とも好きな美少女キャラがたくさん出てくる日常系アニメを観た。このキャラが可愛いとか、このシーンがとてもいいとか話が盛り上がりながら。藤原さんと星野さんはこうして一緒に喋りながらアニメを見ることが結構あるという。

 とても楽しいから、気付けば数話見ていて、時刻も午後6時近くになっていた。なので、俺と星野さんは家に帰ることに。


「今日は楽しかったよ。アルバム鑑賞をしたり、アニメを見たりして楽しかった。アイスコーヒーとクッキーごちそうさま」

「私も楽しかったよ。千弦ちゃんの家で白石君と一緒に過ごすのは初めてだから、新鮮な時間だったよ」

「私も楽しかった。白石君と一緒に休日を過ごすのが初めてだったし。2人とも今日はうちに来てくれてありがとう」


 星野さんと藤原さんは楽しげな笑顔でそう言った。2人も楽しい時間になったようで良かった。


「今日は藤原さんの家で過ごしたし、今度はうちに来てくれよ。妹も藤原さんと星野さんに会いたがっているから。今日はここに行くって行ったら羨ましがってた。部活がなかったらついてきていたかも」


 きっと、藤原さんと星野さんと会ったら結菜は喜んでくれるだろう。それに、2人となら結菜が仲良くなって、楽しく過ごせるだろうし。今日、2人と一緒に過ごしてみてそう思えた。


「じゃあ、月曜日に白石君の家に遊びに行ってもいいかい?」

「いいね、千弦ちゃん。今のところは予定ないし。白石君と妹さんって予定は空いてる?」

「俺は大丈夫だよ。妹も月曜日は部活はないって言っていたな」

「そうなんだ。じゃあ、月曜日は一緒に白石君の家に行こうか、彩葉」

「そうだね。あと、玲央ちゃんも誘ってもいい?」

「いいぞ。妹なら、神崎さんとも会ったら嬉しがるだろうし」


 結菜は快活な性格だから、神崎さんとも仲良くなれるんじゃないだろうか。


「ありがとう。私達から玲央ちゃんに誘ってみるね」

「分かった。じゃあ……月曜日にまた会おうな。まあ、明日は一日ずっとバイトしているから、また明日になるかもしれないけど」

「ははっ、そっか。駅周辺のお店で買い物をする予定だし、ゾソールにも行くかもしれない」

「そうだね。ゾソールはいい雰囲気だし、ゆっくりできるもんね」

「嬉しい言葉だ。俺がカウンターに立っていたら、そのときは接客するよ」


 藤原さん達が来るかもしれないってだけでも、明日のバイトはいつも以上に頑張れそうだ。


「じゃあ、またな、藤原さん」

「またね、千弦ちゃん」

「2人ともまたね」


 俺と星野さんは藤原さんの家を後にする。

 俺の家の方向と星野さんの家の方向は違うので、星野さんとは藤原さんの家の前で別れた。

 藤原さんの家に行ったのは初めてだったけど、とても楽しい時間だったな。また遊びに行きたい。




 藤原さんと星野さんはさっそく神崎さんを誘ったようで、俺が家に到着する前に神崎さんから、


『月曜日は千弦と彩葉と一緒に遊びに行くわ! 妹さんと会えるのが楽しみだわ!』


 というメッセージが来た。神崎さんの楽しそうな笑顔が目に浮かぶよ。

 帰宅すると、結菜は既に部活から帰ってきていた。なので、月曜日に藤原さん達が遊びに来ることを伝えると、結菜はとても喜んだのであった。

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