第7話『藤原家』

 4月27日、土曜日。

 今日からゴールデンウィークが始まった。

 今年のゴールデンウィークは最大10連休になるらしい。ただし、それは有休を使える社会人の話であり、高校生である俺は暦通りの休みである。ちなみに、休日になるのは今日から来週の月曜日までの3日間と、来週の金曜日から再来週の月曜日までの4日間だ。

 午後1時40分。

 俺は洲中駅の南口に向かって家を出発する。

 これから、藤原さんの家に行くのだ。ただ、一度も行ったことがなく、場所が分からないので、午後2時に南口で藤原さんと待ち合わせしている。

 どうして、藤原さんの家に行くことになったのか。

 実は昨日の朝、登校したときに藤原さんから、


「白石君。連休中にうちの両親が白石君に、私をナンパから助けてくれたことのお礼を言いたいって言っていて。日曜は私が彩葉と玲央と買い物をする約束があるから、土曜か月曜になるんだけど。どうかな?」


 と言われたのだ。きっと、藤原さんの話を聞いて、俺にお礼を言いたくなったのだろう。藤原さんもあのときのナンパは怖かったと言っていたし。なので、藤原さんの誘いを受け入れた。

 また、今日は星野さんが藤原さんの家に遊びに来る約束があるという。ただ、星野さんは藤原さんの家で俺と会ってもかまわないと言ってくれた。なので、今日、藤原さんの家に伺うことにしたのだ。御両親の件が終わったら、俺も2人と遊ぶ予定だ。

 ちなみに、この話を昨日の夜に家族に話したら、


「いいなぁ、お兄ちゃん。あたし、部活があるからなぁ。あたしもいつか藤原さんと星野さんに会ってみたいよ」


 と、結菜が羨ましがっていた。いつか、結菜に藤原さんと星野さんを会わせてあげたい。


「気持ちのいい陽気だなぁ」


 今日は朝からよく晴れており、日差しがとても暖かい。たまに吹く穏やかな風が涼しく感じられて。過ごしやすい気候のこの時期が結構好きだ。

 5分ほど歩いていると、洲中駅が見えてきた。

 土曜日のお昼過ぎの時間帯なのもあって、結構多くの人が行き交っている。その中には俺のバイト先であるゾソールに入っていく人達もいて。今日もゾソールは繁盛しているようだ。

 ゾソールの前を通り過ぎて、南口へ。待ち合わせの時間まであと15分近くあるけど、藤原さんはもういるだろうか。


「白石君!」


 藤原さんを探そうと思った矢先、普段よりも大きな藤原さんの声で名前が呼ばれる。

 声がする方に視線を向けると、南口の近くに立っている藤原さんが落ち着いた笑顔でこちらに手を振っていた。藤原さんの服装はスラックスに長袖のVネックのカットソー。なので、藤原さんのスラッとした体型がよく分かる。女性中心に、藤原さんへ視線を向けている人が多い。

 藤原さんに向けて手を振ると、藤原さんはニコッと口角を上げた。

 俺は藤原さんのところに向かう。


「こんにちは、藤原さん」

「こんにちは、白石君」

「藤原さんと待ち合わせをするのは初めてだから早めに来たんだけど、もう来ていたなんて。待ったか?」

「ううん、そんなことないよ。数分くらい前に来たから。私も白石君と待ち合わせをするのは初めてだから早く来たんだ」

「そうだったんだ。初めてだし、ちゃんと藤原さんと会えて良かった」

「私もだよ。白石君は背が高いし、金髪だからすぐに見つけられたよ」

「そっか」


 俺の身長は180cm近くあるし、金髪の人はそこまでいないもんな。そりゃすぐに分かるか。そういえば、前に友達から同じようなことを言われたっけ。


「白石君、ジャケット似合うね」

「ありがとう。ジャケットが好きで着ることが多いんだ」

「そうなんだね。かっこいい」


 藤原さんは爽やかな笑顔でそう言ってくれる。自分の好きな服を似合っているとかかっこいいとか言ってもらえて嬉しいな。


「藤原さんも似合ってるよ。爽やかな感じがしていいね」

「ありがとう」


 そう言うと、藤原さんの口角がさらに上がった。藤原さんが笑顔なのもあって、今の服装が本当によく似合っている。


「じゃあ、さっそく行こうか。彩葉は私が出発する前に来てる」

「分かった」


 俺達は洲中駅の構内を通り、北口から再び駅の外に出る。

 南口と同様に、北口の方も駅周辺は商業施設やオフィスビルがあって賑わっている。


「藤原さん。前に自宅は北口の方にあるって言っていたけど、駅からどのくらいなんだ?」

「だいたい5分くらいだね」

「おぉ、近いな」

「そうだね。高校にも10分くらいで行けるよ」

「そっか。俺の家は南口の方で、高校までは歩いて10分くらいだよ」

「そうなんだね。歩いて学校に行けるのはいいよね。満員電車に乗らなくていいし」

「それは大きいよな。混んでいる電車に乗るのは疲れるみたいだし……」


 電車通学の友達の中に「来るだけで疲れる」って言っていた奴もいたな。吉岡さんも電車通学で、1年の頃に「最近は慣れてきたけど、入学直後は大変だった」と言っていたっけ。

 それから少し歩くと、閑静な住宅街に入る。北口周辺はたまにお店に行くからまだ見覚えがあるけど、この辺りまで来ると全然分からないな。


「白石君は北口のこのあたりには来たことってあるかい?」

「ううん、全然ないな。家も高校もバイト先も南口の方にあるし。中学までの学区も俺の通っていた学校とは違う学区だから。北口近くのお店に行くことはたまにあるけど。だから、結構新鮮な風景だよ」

「そうなんだね。白石君の言うこと分かるなぁ。私も南口の方は高校とか駅周辺の商業施設には行くけど、住宅街の方には全然行かないから。ナンパから助けてもらった日に、南口の方に住む友達の家に行ったけど、その道中の風景が新鮮だったよ」

「そっか。徒歩で行ける場所でも、学区が違うと全然行かないよな」

「そうだね」


 と言うと、藤原さんは俺に向かって首肯した。

 通学のこととか、行く場所の範囲のこととかで藤原さんと共感できるのは嬉しいな。


「ここだよ」


 そう言い、藤原さんは立ち止まる。

 藤原さんが左手で示す方に視線を向けると、クリーム色を基調とした落ち着いた雰囲気の外観をした一軒家だ。パッと見た感じ、俺の家よりもやや小さめだろうか。

 すぐ目の前にはインターホンとポストがあり、そこに備え付けられている表札には『藤原』と描かれている。


「駅から徒歩5分だけあって、すぐに着いたな」

「そうだね。白石君と話しながらだったし」

「ああ。落ち着いた感じのいい雰囲気の家だな」

「ありがとう。さあ、入ろうか」

「ああ」


 藤原さんについて行く形で、彼女の家の敷地に入る。


「ただいま」


 玄関を開けると、藤原さんは少し大きめの声でそう言った。


「お邪魔します」


 藤原さんに続いて、俺はそう言った。

 その直後、近くから男女の複数人の『おかえり』という声が聞こえてきた。藤原さんの御両親と星野さんだろうか。


「みんなリビングにいるみたいだね。リビングに案内するよ」

「ああ、分かった」


 藤原さんが用意してくれたスリッパを履いて、藤原さんの家に上がる。

 家の中……結構綺麗でいい雰囲気だ。あと、藤原さんが近くにいるからかもしれないけど、甘い匂いがほのかに香ってきて。

 藤原さんの案内で1階にあるリビングに行くと、星野さんと、うちの両親と同世代と思われる黒髪の男性と女性がソファーに座っていた。この男性と女性が藤原さんの御両親かな。2人とも優しそうな方だ。


「ただいま。白石君を連れてきた」


 藤原さんがそう言うと、星野さん達は立ち上がって俺達のすぐ近くまで来る。男性は藤原さんよりも数センチほど背が高く、女性は藤原さんよりも10センチほど低く見える。

 ちなみに、星野さんは膝丈のスカートに長袖の縦ニット、男性はスラックスに長袖のワイシャツ、女性はロングスカートに長袖のVネックシャツという格好だ。


「星野さん、こんにちは」

「こんにちは、白石君。ジャケットを着ているから、私服姿も大人っぽいね。似合ってるよ」

「嬉しいな。ありがとう。星野さんも私服姿似合ってるよ。可愛いね」

「ありがとう」


 星野さんはニコッと可愛らしい笑顔を見せる。


「白石君、紹介するよ。こちらが母親の果穂かほと、父親の孝史たかし。それで、お母さん、お父さん、彼が月曜日の帰りに私をナンパから助けてくれた同じクラスの友人の白石洋平君だよ」

「初めまして。白石洋平といいます」

「初めまして、千弦の母の果穂です。よろしくね~」

「初めまして、父の孝史です。娘がお世話になっています」

「いえいえ、こちらこそ」


 初対面である俺、藤原さんの母親の果穂さん、父親の孝史さんが自己紹介した後、3人で軽く頭を下げる。

 果穂さんはほんわかとした雰囲気の方で、孝史さんはとても穏やかな雰囲気の方だな。普段の藤原さんからして、御両親はクールだったり、凜々しかったりする方なのかなと思っていたので何だか意外に思えた。


「白石君。さっそく本題に入るけど……月曜日は千弦のことをナンパから助けてくれてありがとう」

「ありがとう。本当に感謝しているわ」


 孝史さんと果穂さんは優しい笑顔でそう言うと、俺に向かって深く頭を下げる。藤原さんをナンパから助けたことについて、親として感謝したい気持ちがとても強いのだと分かる。そして、あのとき藤原さんを助けたことがとても大きな出来事だったのだと実感した。

 10秒ほどして、孝史さんと果穂さんは顔を上げる。


「いえいえ。あのとき、藤原さんのことを助けられて良かったです。それに、助けたのをきっかけに藤原さんや星野さん、神崎さんとも友達になれましたし」

「そうか。これからも千弦と仲良くしてくれると嬉しい」

「私も同じ気持ちよ。千弦……助けてもらった日は『白石君に助けてもらった』って嬉しそうに話していたから。それ以降も、彩葉ちゃんのことと同じくらいに白石君のことを楽しく話すし」

「そうだね、母さん」

「も、もうっ。恥ずかしいよ……」


 藤原さんは頬をほんのりと赤くし、恥ずかしそうな様子に。視線もちらついていて。普段は落ち着いていることが多いから新鮮だな。ごめんね千弦、と果穂さんに頭を撫でられている姿は普段より幼く見えて。星野さんにも撫でられているし。そんな藤原さんも可愛く思える。

 藤原さん……家族にナンパの一件を嬉しそうに話したり、それ以降の俺のことを楽しく話したりしてくれているのか。それを知って嬉しい気持ちになる。

 藤原さんが俺のことをよく話すことも、御両親が俺にお礼を言いたいと思った理由の一つかもしれないな。


「これからも藤原さんと仲良くしていきたいと思います。藤原さんにまた何かあったときは、彼女の助けになれればと思います」

「白石君……」


 それまで散漫していた藤原さんの視線が俺の方に定まる。


「ありがとう、白石君。これからもよろしく」

「ああ、よろしくな」


 俺がそう言うと、藤原さんの顔に笑みが戻る。友達として、これからも藤原さんを笑顔にできればいいなと思う。


「白石君、本当に好青年だね。彼がクラスにいて、千弦の友人になってくれて安心だよ」

「そうね、あなた。あと、白石君はかなりのイケメンさんね」

「そうだね、母さん」


 果穂さんと孝史さんは俺の容姿についてそう言ってくる。妻が娘の友人の男子をイケメンと言って孝史さんがどう思うかと一瞬不安になったけど、孝史さんは笑顔なので不機嫌ではなさそうだ。そのことにほっとした。


「ナンパしてきた男達に対して落ち着いていたと千弦が話していたけど、白石君もナンパに遭った経験があるのかい?」

「女性からですが、何回かありますね。あと、駅前のゾソールで接客のバイトしているんですけど、制服姿の女性のお客様から俺をお持ち帰りしたいと何度も注文されたり、従業員用の出入口前で20代くらいの女性が待ち伏せしていて『この後どこか行かない?』としつこく絡まれたりしたこともありました」


 待ち伏せしていた女性は本当にしつこかったから、「じゃあ、一緒に行きましょうか」と言って駅前にある交番に連れて行ってあげたっけ。そうしたら女性に平謝りされたっけ。ちなみに、それ以降はその女性が俺に接触してきたことは一度もない。


「な、なかなかの経験をしてきたんだね」


 孝史さんは苦笑いでそう言う。孝史さんにとっては想像以上のエピソードだったのかもしれない。


「そう……ですね。ただ、そういった経験もあって、相手が男性でしたけど、藤原さんを助けたときは落ち着いていられたのだと思います」

「男達が殴りかかろうとしてきても、白石君は一切動じなかったもんね。今の話を聞いて納得だよ」

「そっか。今までの経験が役立って良かったよ」


 今回、藤原さんを助けた経験が役立つときがいつか来るのだろうか。ただ、何事もなく平和なのが一番だと思っているので、どうか来ないでほしいな。藤原さん達の笑顔を見ながらそう願った。

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