第6話『バイト先にやってきた。』

 放課後。

 今日は午後4時からゾソールでバイトをしている。午後7時までシフトに入っている。

 そういえば、バイトをするのは藤原さんをナンパから助けた月曜日以来か。あの日のバイトが終わった直後にナンパの一件があって。藤原さんはもちろん、星野さんや神崎さんとも関わりが増えて。昨日の放課後には藤原さんと2人でセントラル洲中に行き、アイスを奢ってもらったり、ゲームコーナーで遊んだりするなどして。盛りだくさんだったから、随分と久しぶりにバイトをしている感じがする。

 今日もカウンターでの接客を中心に仕事をする。

 帰り際に藤原さんや星野さんにバイトがあると伝えた。2人は友達と一緒に買い物をする予定で、俺がバイト中にゾソールに来てくれるそうだ。それを一つの励みに頑張るか。

 平日の夕方の時間帯なのもあり、シフトに入った直後から、たくさんのお客様に接客している。俺が通っている洲中高校を含め制服姿のお客様も多い。

 また、おやつ時なのもあり、主力商品のコーヒーや紅茶などのドリンクだけでなく、ケーキやタルトといったスイーツや、サンドイッチやホットドッグといったフードメニューもたくさん注文される。

 店内を見ると、用意されている座席の多くにお客様が座っていて。今日も俺がバイトしているゾソール洲中駅南口店は繁盛していて何よりだ。

 カウンターに立っていると、ほぼ休みなく接客業務をする。大変ではあるけど、時間の進みが早く感じられるのでいいとも思える。こういう風に考えられるのは、バイトを始めてから1年ほどが経ち、仕事に慣れたからだろうな。

 今日のバイトが始まってから1時間ほどして、


「来たよ、白石君。バイトお疲れ様」

「白石君、お疲れ様」


 約束通り、藤原さんと星野さんが、クラスメイトの女子4人と一緒に来店してきた。女子4人も俺に向かって「おつかれ~」と言ってくれる。


「みんなありがとう。いらっしゃいませ」


 お店に来ると事前に言われていても、実際に来てもらえると嬉しい気持ちになる。あとは、藤原さんと星野さんと友達になってから初めて来店してくれたのもあるかな。

 俺の挨拶もあってか、藤原さんや星野さん達はみんな笑顔になる。

 カウンターが複数あるからか。それとも、俺と友達になった藤原さんと星野さんに気を遣ってか。2人以外の女子生徒達は別のカウンターに行った。俺が担当するカウンターの前には藤原さんと星野さんが残る。

 藤原さんはじーっと俺のことを見る。顔だけでなく、視線を下げて首から下も見ていて。


「ど、どうした? 藤原さん」

「このお店の制服を着ている白石君を見ていたんだ。これまでに何度も、バイトをしている君の姿は見ているけどね。友達になったからじっくりと」

「そういうことか」


 顔に何か付いていたり、制服に汚れがあったりしたのかと思った。一安心。


「このお店の制服もよく似合っているね。かっこ良くて素敵だよ。仕事をしているのもあって、学校の制服姿よりも大人っぽく見えるよ」

「大人っぽいの分かる、千弦ちゃん。白石君は落ち着いて仕事をしているから、私達よりも大人かも。その制服も似合っているよ、白石君」

「ありがとう」


 藤原さんと星野さんに制服姿を褒めてもらえて嬉しいな。黒いスラックスに半袖のストライプ柄のワイシャツというこの制服が気に入っているし。

 そういえば、去年バイトを始めた直後の頃に、琢磨や吉岡さんなどの友達にこの制服姿を褒めてもらったっけ。バイトを始めてから1年ほどが経ち、最近は制服姿について言われることが全然なかったので懐かしい気持ちになる。

 あと、仕事をしているから、学校の制服姿よりも大人っぽく見える……か。俺も友達がバイトしているファミレスに行ったとき、そのお店の制服を着て接客する友達がしっかりして見えたから、2人の言うことが分かる。

 そういえば、藤原さんと星野さんがバイトしている姿は見たことがないな。バイトしているのかどうか訊いてみよう。今は来店されるお客様の数も落ち着いているし、ちょっと話しても大丈夫だろう。


「藤原さん。星野さん。2人ってバイトはしているのか?」

「ううん、していないよ」

「私もね。ただ、長期休暇のときを中心に、単発のバイトや短期のバイトを千弦ちゃんと一緒にするの」

「イベントのスタッフとか、季節限定のスイーツを販売するスタッフとかね。一日ずっとやることが多いから、短い期間だけどバイト代はそれなりに出るんだ」

「そうだね」

「そうなんだ。休日中心にバイトをするのも良さそうだな」


 学校がある時期は勉強や部活を頑張って、放課後には今のように友達との時間を楽しんで。長期休暇など、時間に比較的余裕があるときにバイトをする。友達と一緒ならバイトをより頑張れそうだし。楽しくて充実した学生生活を送れそうなスタイルの一つのだろう。


「あと、中学時代の友達がバイトしている飲食店でスタッフが何人も病欠したときに、助っ人として接客のバイトをしたこともあったよね」

「あったね、彩葉」

「そんなこともあったのか」


 うちのお店もスタッフが病欠で休むことはある。俺も体調不良で休んだことがあった。ただ、そういったときは、シフトに入っている人だけでカバーしたり、元々オフだった人が代わりにシフトに入ったりしていた。きっと、藤原さんと星野さんが助っ人に入ったときは、そういった対応ができなくなるほどに病気でダウンしたスタッフが多かったのだろう。

 藤原さんは普段から落ち着いていて笑顔を見せることが多く、星野さんは可愛らしい笑顔の持ち主で物腰も柔らかい。だから、2人とも臨時のバイトでもそつなくこなしたんだろうな。あと、2人は人気が出そうだ。


「千弦、彩葉、あたし達に先に席を確保しておくね」


 一緒に来ている女子生徒達のうちの一人が、藤原さんと星野さんに向かってそう声を掛けた。


「ああ、分かった。ありがとね」

「ありがとう」

「……いつまでもここで話しちゃダメだったな。ごめん」

「気にしないで」

「そうだよ」

「ありがとう。じゃあ、注文を取ろうか。どっちからにする?」

「私はまだ決めていないんだ。彩葉はどう?」

「私は決まっているから、私が先に注文するね」


 そう言うと、星野さんは一歩前に出る。


「アイスミルクティーのSサイズをお願いします」

「アイスミルクティーのSサイズをお一つですね。他にはご注文はありますか?」

「いいえ。以上で」

「かしこまりました。350円になります」


 星野さんから350円ちょうどを受け取ったので、レシートのみを渡した。

 星野さんから注文を受けたアイスミルクティーを用意する。これまで、彼女から注文を受けたものを用意したことは何度もあるけど、友達としては初めてだからちょっと緊張する。

 アイスミルクティーとストローをトレーに乗せて、


「お待たせしました。アイスミルクティーのSサイズになります」


 星野さんに手渡した。星野さんはいつもの柔らかい笑顔で「ありがとう」とお礼を言ってくれた。


「じゃあ、千弦ちゃん。私、先にテーブル席に行ってるね」

「うん、分かった」

「白石君、バイト頑張ってね」

「ありがとう。ごゆっくり」


 俺がそう言うと、星野さんはニコッと笑いかけて、女子生徒達が待っているテーブル席へと向かった。

 星野さんがいなくなったので、今度は藤原さんが一歩前に出る。


「ご注文はお決まりになりましたか?」

「はい。アイスコーヒーのSサイズをお願いします」

「アイスコーヒーのSサイズですね。ガムシロップやミルクはお付けしますか?」

「ガムシロップを一つお願いします」

「ガムシロップをお一つですね。他に何かご注文はありますか?」

「以上で」

「かしこまりました。250円になります」


 藤原さんから300円を受け取ったので、50円のお釣りとレシートを渡した。

 藤原さんから注文されたアイスコーヒーを用意する。星野さんの接客をした後なので、さっきよりは緊張感はなかった。

 Sサイズのアイスコーヒーとストロー。ガムシロップ一つを忘れずにトレーに乗せて、


「お待たせしました。アイスコーヒーのSサイズになります」


 藤原さんに手渡した。藤原さんも持ち前の落ち着いた笑顔で「ありがとう」とお礼を言ってくれた。


「白石君。バイト頑張ってね」

「ありがとう。星野さん達とごゆっくり」

「ああ」


 藤原さんは笑顔で返事をして、星野さん達が待っているテーブル席に向かった。

 藤原さんが星野さんの隣の席に座ると、


『いただきまーす』


 と言って、藤原さん達は購入したドリンクを飲む。美味しいのか、みんないい笑顔になっている。店員としてとても嬉しい光景だ。

 それからは、途中15分ほどの休憩を挟んでバイトをしていく。

 たまに藤原さん達のことを見ていると……藤原さん達はドリンクを飲みながら談笑している。その様子を見ると気持ちが癒やされる。あと、藤原さん達のことをチラチラと見ているお客様が男女問わずに何人もいた。藤原さんと星野さんはもちろん、みんな綺麗だったり、可愛かったりするからな。

 午後6時頃になり、藤原さん達は席から立ち上がり、帰り際に、


「残りのバイトも頑張ってね、白石君。また明日」

「バイト頑張って、白石君」


 藤原さんと星野さんは俺に声を掛けてくれた。そのことで、今日の学校やバイトで溜まった疲れが少し和らいだ。


「ありがとう。また明日な」


 俺がそう言うと、藤原さんと星野さんは笑顔で俺に手を振って、女子生徒達と一緒にお店を後にした。

 藤原さんと星野さん達が来てくれたり、労いの言葉を掛けたりしてくれたから、いつもよりも疲れは少ない。なので、残り1時間のバイトも難なくこなせた。

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