第4話『友人』

 4月25日、木曜日。

 今日も朝からよく晴れている。綺麗な青空を見ると、とても清々しい気持ちになる。

 昨日は放課後に藤原さんとアイスを食べたり、セントラル洲中で買い物をしたり、ゲームコーナーで遊んだりして楽しかったから、今日の学校と放課後にあるバイトを頑張れそうだ。

 午前8時過ぎ。

 俺は洲中高校に向けて自宅を出発する。この時間に家を出ても余裕で登校できるのは、地元に住んでいる生徒の特権だな。ほんと、この高校に合格して良かった。

 洲中駅やバイト先のゾソール、昨日の放課後に藤原さんと行ったセントラル洲中などの前を通り過ぎ、高校へと向かっていく。

 周りにはうちの高校の生徒がいっぱいいるけど、藤原さんの姿は……見えないな。もう登校しているのだろうか。これまで、俺が教室に着いたときには、既に星野さんや神崎さんなどと話していることが多いし。

 藤原さんのことを考えながら歩いていると、気付けば校門のすぐ前まで来ていた。徒歩圏内だと、家を出発してから高校に到着するまであっという間だ。

 校門を通り過ぎ、教室A棟に向かおうとしたときだった。


「藤原さんのことが好きです。私と付き合ってくれませんか?」


 教室A棟の入口前で、藤原さんが女子生徒から告白されていた。周りには多くの生徒が立ち止まって見ている。こういう光景……1年の頃から何度も見てきたな。藤原さんは「王子様」と言われるだけあって、女子から告白される方が多い。

 また、藤原さんの近くには星野さんもいる。一緒に登校したのだろうか。

 藤原さんはいつもの落ち着いた笑顔になり、


「君の気持ちは受け取ったよ。伝えてくれてありがとう。でも……ごめんね。恋人として付き合うことはできない」


 静かな声色で告白を断った。これもまた、これまでに何度も見てきた光景だ。


「そっか……」


 告白を断られたからか、女子生徒はとてもがっかりとした様子に。


「もしかして、付き合っている人がいたり、好きな人がいたりするから?」

「えっ?」


 女子生徒からの一言に、藤原さんはいつもよりも高い声を漏らす。目を見開いているようにも見える。俺が見た中では、こういった流れになるのは初めてだ。


「特にそういった人はいないけど」

「そうなの? 昨日の放課後に、男子と2人きりで校舎を出てくるところを見たっていう友達がいて。セントラル洲中で見かけた友達もいたから……」


 なるほど。昨日の放課後は藤原さんと俺は2人きりで下校したからな。校門を出る前は多くの生徒から注目を集めていたし、セントラル洲中は高校から徒歩数分ほどの近さ。放課後の俺達の様子を見かけた生徒は結構いそうだ。2人きりだったから、俺達デートしていると思った生徒もいるだろうな。藤原さんは俺が好きだったり、俺と付き合ったりしているんじゃないかと考えた生徒もいるか。


「私、男子と一緒に帰るところ見たよ」

「あたしも覚えてる」


「俺、セントラルで見かけたぜ。金髪の男子と楽しそうに話してた。確か、変人の白石だったかな」

「まじかよ」


 と、周りにいる生徒達がそんな会話をしてざわつき始める。昨日のことなので、一緒にいたのが俺だと覚えている生徒もいて。それでも、藤原さんは落ち着いている。


「ああ、昨日の放課後のことか。知っているかもしれないけど、月曜日にその男子生徒にナンパから助けてもらって。そのお礼にアイスを奢るために、2人でセントラル洲中に行ったんだ。その後にセントラルで遊んだけどね」

「そうだったんだ」

「うん。その生徒はクラスメイトで、昨日の放課後に楽しく過ごした友人だよ。だから、私に付き合っている人や好きな人はいないよ」

「そっか。分かった」

「ただ、君の気持ちには応えられない。ごめんね」

「ううん。気持ちを聞いてくれて嬉しかった。登校中にごめんね。じゃあ、私はこれで」


 藤原さんに告白してきた女子生徒は、駆け足で教室B棟の方へと走っていった。その直後に、藤原さんは星野さんと一緒に教室A棟に入っていく。それもあり、2人のことを見ていた生徒達は散らばっていく。

 そういえば、藤原さんって何度も告白されて、全て断っているけど……俺みたいに「変人」って呼ばれることはないな。何でだろう? 王子様と呼ばれるくらいに大人気だからかな。そう思っておこう。


「昨日の放課後に楽しく過ごした友人……か」


 さっき、藤原さんが言った言葉を口にすると、昨日の放課後に俺に見せてくれた藤原さんの笑顔がたくさん思い浮かんで。一緒に楽しく過ごしたのもあり、第三者に向けて、藤原さんが俺のことを友人だと言ってくれたことがとても嬉しい。

 俺も教室A棟に向かい、昇降口に向かう。

 2年3組の下駄箱に行くと、そこには上履きに履き替えた藤原さんと星野さんがいた。2人は俺に気付き、


「白石君、おはよう」

「おはよう、白石君」


 と、藤原さんはいつもの落ち着いた笑顔で、星野さんも持ち前の可愛らしい笑顔で俺に挨拶してきた。


「藤原さん、星野さん、おはよう」


 俺も藤原さんと星野さんに朝の挨拶をして、ローファーから上履きに履き替える。


「いつも、藤原さんと星野さんは一緒に登校するのか?」

「ああ。彩葉とはいつも一緒に登校してるよ」

「家も近いの。千弦ちゃんと待ち合わせするんだ」

「そうなんだな」


 小学生のときからの親友だし、家も近いなら、登校するのもそりゃ一緒か。


「藤原さん、昨日の放課後は楽しかったな。アイス、奢ってくれてありがとう」

「いえいえ。私も楽しかったよ。クレーンゲームで猫のぬいぐるみも取ってくれてありがとう。昨日、さっそく抱きしめて寝たよ。ぐっすり眠れた」

「それは良かった。あのぬいぐるみ、触り心地良かったもんな」

「千弦ちゃんから写真を送ってもらったけど、可愛いぬいぐるみだよね。良かったね、千弦ちゃん」

「うん」


 昨日、俺がぬいぐるみを取ったときのことを思い出しているのだろうか。藤原さんは嬉しそうな笑顔になる。その笑顔を見られたのはもちろん、安眠をもたらすこともできたことを知って嬉しい。

 今後も藤原さんにクレーンゲームで取ってほしいと言われたら喜んで協力しよう。


「……話が変わるけど。このタイミングで来たってことは……さっき、私が女子生徒に告白されているところを見たかな」


 さっきまでとは打って変わって、藤原さんは真剣な様子になってそう問いかけてくる。名前は出さなかったけど、告白してきた女子生徒に俺のことを話したからだろう。女子生徒からは俺と付き合っていたり、好きだったりしているんじゃないかとも言われていたし。ここは正直に答えよう。


「ああ、見たよ。校門を通ってすぐのところから」

「そっか。……昨日は2人で下校して、セントラル洲中に行ったからね。私達がデートしていると思った生徒はいただろうね」

「それは俺も思った。お礼にアイスを奢るためとはいえ、2人きりで過ごしていればデートだっていう人はいそうだ。それに、アイスを食べた後はセントラルの中を2人で廻ったし」

「そうだね」

「千弦ちゃんと白石君の話を聞くと、昨日の放課後の過ごし方は……デートって言える内容だね」


 星野さんは苦笑いをしながらそう言った。


「……昨日のことで、白石君絡みであらぬことが広まってしまうかもしれない。もし、私のことで何か言われたら……ごめん」


 藤原さんは申し訳なさそうに言う。だから、心からの謝罪であると分かった。ナンパから助けてもらったお礼がしたいというお願いがきっかけで、昨日の放課後は2人で過ごすことになった。だから、俺に対して申し訳ない気持ちがあるのだろう。


「気にするな。とりあえず、今のところは何も言われてない。それに、俺の名前は言わなかったけど、俺のことを楽しく過ごした友人だって言ってくれたじゃないか。嬉しかったよ。藤原さんの言うことならすぐに広まるだろう」

「そうなるといいな」

「そうなるさ。友人」

「……うん」


 そう言うと、藤原さんの顔に笑みが戻る。そんな藤原さんを見てか、星野さんは嬉しそうに笑う。


「白石君からも千弦ちゃんを友達だって言ってくれて、親友として嬉しいよ」

「俺も昨日の放課後は楽しかったからな。あと、星野さんは藤原さんのことで嬉しくなれるなんて。藤原さんを大切に思っているんだな」

「もちろんだよ。千弦ちゃんは大好きで大切な親友だよ」

「彩葉……。私も同じだよ。彩葉が大好きで大切な親友だ」

「うんっ」


 藤原さんと星野さんは柔らかい笑顔で笑い合う。親友同士の友情が分かる美しい光景だ。あと、俺の記憶の限りだけど、藤原さんは星野さんと一緒にいるときはいつもより柔らかい雰囲気になることが多い。


「これからも友人としてよろしく、藤原さん。星野さんも」

「ああ、よろしく」

「うんっ、よろしくね」


 藤原さんと星野さんは柔らかい笑顔のまま俺にそう言ってくれた。そのことが嬉しい。

 あと、俺は神崎さんも友人だと思っている。藤原さんの一件をきっかけに話すことが増えたし。それに、藤原さんにアイスを奢ってもらえたことに『美味しそう。良かったわね』とメッセージをくれたから。

 藤原さんと星野さんと一緒に、昨日の放課後のことを話しながら2年3組の教室へ向かうのであった。

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