第3話『クレーンゲーム』

 せっかく一緒にセントラル洲中まで来たので、アイスを食べ終わった後は、藤原さんと一緒にセントラルの中を廻ることに。

 生活雑貨店や音楽ショップなど2人ともよく行くお店を中心に廻るので、藤原さんと話が弾む。藤原さんと一緒に廻るのは初めてだけど結構楽しい。藤原さんは笑顔でいることが多いし、藤原さんも同じ気持ちだと嬉しいな。


「読んでいる漫画の最新刊を買えて良かったよ」

「良かったな。俺も好きなラノベ作家の新作を買えて良かった」

「良かったね」


 アニメイクというアニメショップを出たとき、藤原さんと俺はそう言葉を交わした。

 藤原さんはアニメや漫画、ラノベが結構好きで、アニメイクにはよく来るのだそうだ。俺もそういったコンテンツが好きでよく来るから、藤原さんに親近感が湧いた。

 新刊コーナーで読んでいる漫画の最新刊を見つけたとき、藤原さんはちょっと目を輝かせて最新刊を手に取っていた。その姿は可愛かったな。


「帰ったらさっそく読もうかな」

「俺も……今読んでいるラノベが読み終わったら読もうかな。……他にも行ってみる?」

「そうだね……ゲームコーナーに行ってみたいな。同じフロアにあるから、アニメイクに行った後はたまにゲームコーナーに行くことがあるんだ」

「そうなんだ。俺もたまに行くよ」

「そうなんだね。じゃあ、ゲームコーナーに行こうか」

「ああ」


 アニメイクで購入したものをバッグに入れ、俺達は同じフロアにあるゲームコーナーに向かって歩き始める。


「藤原さんはゲームコーナーとかゲームセンターに行くと、どんなゲームで遊ぶことが多いんだ?」

「クレーンゲームが一番多いよ。ぬいぐるみやお菓子とかが景品になっているし」

「そうなんだ。ぬいぐるみが好きだって言っていたもんな。アイスを食べているときに、甘いものも好きだって分かったし」


 藤原さんは何でもできそうなイメージがあるし、クレーンゲームでほしいものを結構取っていそうだ。


「俺もクレーンゲームをやることは結構多いな。お菓子とか好きなキャラのミニフィギュアとか取るよ。あとは、妹に頼まれてぬいぐるみとかも」


 結菜のほしいものを取ってあげると、結菜は毎度のこと凄く喜んでくれる。だから、結菜に「お願いっ」って頼まれると、自分がほしいものを取るときよりも頑張れるんだよな。


「そうなんだね。あと、友達と一緒に行くと、エアホッケーとか太鼓のゲームとか、プリクラもやるときもあるね」

「そうなんだ。エアホッケーと太鼓のゲームは俺もやることがあるよ。琢磨と一緒のときは必ず」

「そっか。面白いよね」


 藤原さんは明るい笑顔でそう言った。

 アニメイクと同じフロアにあるので、すぐにゲームコーナーに到着した。平日の夕方なのもあり、ゲームコーナーの中にいる人は俺達のような制服姿の人が多い。

 ここのゲームコーナーにはこれまでにたくさん来ているけど、藤原さんと来るのは初めてだからゲームコーナーの中の風景が新鮮に見える。


「藤原さん、何のゲームをする?」

「……クレーンゲームかな。今はどんな景品があるのか知りたいのもある」

「分かった。じゃあ、クレーンゲームに行くか」


 俺達はゲームコーナーに入り、クレーンゲームのある方へ行く。

 クレーンゲームはゲームコーナーの定番だし、取り扱っている景品はぬいぐるみ、お菓子、フィギュア、おもちゃ、雑貨など多岐に渡る。だから、結構な数のクレーンゲームの筐体が並んでいる。


「可愛い……」


 そう声を漏らして、藤原さんは歩みを止める。

 藤原さんの側にあるのは、猫のぬいぐるみが景品となっているクレーンゲームだ。ぬいぐるみは丸っこいフォルムで、藤原さんや俺が抱きしめるのにちょうど良さそうなサイズ。黒猫、白猫、黒白のハチワレ猫、三毛猫など柄は様々。藤原さんはぬいぐるみが好きだし、猫のぬいぐるみも可愛いから興味を持ったのだろう。


「可愛い猫のぬいぐるみだな」

「そうだね。可愛いし、猫が好きだし、抱き心地も良さそうだから……是非、ゲットして私の部屋に迎えたいね」


 キリッとした凛々しい笑顔でそう言う藤原さん。部屋に迎えたいっていう言葉選びといい王子様っぽいな。あと、藤原さんは猫好きなんだな。


「……よし。この横向きに寝ている黒白のハチワレ猫のぬいぐるみを取るよ」

「ああ。頑張れ」

「頑張るよ」


 よし、と藤原さんは気合いを入れてクレーンゲームに臨む。クレーンゲームを見つめる藤原さんは凛々しくて。ほしがっているハチワレ猫のぬいぐるみが取れるといいな。

 100円を入れて、藤原さんはゲームを始めた――。




「……難しいね、クレーンゲームって」


 300円分、3プレイしたところで、藤原さんは苦笑しながらそう言った。

 1プレイ目と2プレイ目は、狙っているハチワレ猫のぬいぐるみにアームの爪が全く触れなかった。3プレイ目でようやくかすった程度。この調子だと、ぬいぐるみが取れるまではかなりの時間とお金がかかりそうだ。


「もしかして、藤原さん……クレーンゲームは苦手な方か?」

「……うん。決して取れないわけじゃないんだけど、1000円以内で取れたらラッキーって感じかな」

「……そうか」


 藤原さんにも苦手なものがあるんだ。何でもそつなくこなすイメージがあるから意外だ。

 あと、今の様子だと、今回も1000円以上使ってしまう可能性が高そうだな。高校生にとって1000円は大きい。だから、


「藤原さん。もしよければ、俺がハチワレ猫のぬいぐるみを取ろうか?」

「いいのかい?」


 藤原さんはまん丸くさせた目でそう言ってくる。


「ああ。クレーンゲームは結構得意なんだ。500円あれば大抵のものは取れるよ。運が良ければワンプレイやツープレイでも」

「それは凄いね」

「妹や友達に頼まれて経験を積んだからな。……どうだろう、藤原さん」

「お願いするよ、白石君」

「分かった。任せろ」


 今回は藤原さんのためにクレーンゲームを頑張るか。

 お願いします、と藤原さんは俺に100円玉を渡してくる。藤原さんのお金でやるんだし、できるだけ少ない回数でハチワレ猫のぬいぐるみをゲットしよう。

 クレーンゲームに100円を入れて、右方向、奥方向の順番で、ボタンを押してアームを下ろす位置を決めていく。


「ここかな」


 見た感じでは、狙っているハチワレ猫のぬいぐるみの上にアームを動かせた。

 アームはゆっくりと降りていく。

 下まで降りると、アームはゆっくりと開き、2つの爪がハチワレ猫のぬいぐるみの下に入り込む。その瞬間、藤原さんは「おっ!」と甲高い声を漏らした。

 アームがゆっくりと上がっていくが……手前過ぎたのか、持ち上げたときにハチワレ猫のお腹が見え、アームから落ちてしまった。アームは何も景品を持つことなくスタート地点に戻っていく。


「一発じゃ取れなかったか」

「それでも凄いよ。ぬいぐるみが持ち上がったんだから」


 ちょっと興奮した様子でそう言う藤原さん。こういう反応をしてくれると、取れなかった悔しさは全くなく、むしろ嬉しい気持ちになる。


「ありがとう。アームを下ろす位置を少し調整すれば取れると思う」

「持ち上げられたもんね。……次、お願いします」

「ああ」


 藤原さんから100円玉を受け取り、クレーンゲームに投入する。

 2プレイ目。右方向については1プレイ目と同じで大丈夫だろう。奥方向については、1プレイ目では手前過ぎたから、さっきよりも少し奥の位置に降りるようにボタンを押す。


「ここかな。さあ、どうだ」


 アームはゆっくりと降りていく。

 下まで降りると、アームはゆっくりと開き、先ほどと同じように2つの爪がハチワレ猫のぬいぐるみの下に入り込んだ。

 アームがゆっくりと上がっていくと……調整が上手くいったようで、ハチワレ猫のぬいぐるみが持ち上がった。


「おぉ、凄い!」


 藤原さんはアームを見つめながらそう言う。

 アームはぬいぐるみを持ち上げながら、スタート地点向かって戻り始める。アーム頑張れ、と呟く藤原さんが可愛くて。景品が持ち上がったけど、戻ってくるまでの間に落ちてしまうことってあるもんな。

 いい場所で掴むことができたのか、ぬいぐるみが落ちる気配もなく、アームはスタート地点に戻ってきた。アームが開くと、ぬいぐるみは取り出し口に繋がる穴に落ちていった。


「よし、取れた」

「凄いよ、白石君!」


 パチパチ、と拍手しながら藤原さんは弾んだ声でそう言ってくれた。ゲットできたからか藤原さんはとても嬉しそうで。


「ありがとう。ツープレイで取れて良かった」

「ツープレイで取れるなんて凄いよ!」


 藤原さんは満面の笑みでそう言うと、俺に両手を広げた状態で差し出してきた。ハイタッチしようってことかな。

 パンッ、と藤原さんとハイタッチすると、藤原さんはニコッと笑った。

 取り出し口から、ゲットしたハチワレ猫のぬいぐるみを取り出す。見た目通りの柔らかい感触だ。


「はい、藤原さん」

「ありがとう!」


 藤原さんは俺からぬいぐるみを受け取ると、ぎゅっと抱きしめる。ぬいぐるみを眺めながら「えへへっ」と声に出して笑う。その笑顔は、これまでクレーンゲームで結菜に景品を取ってあげたときの笑顔と重なる。一昨日、ナンパから助けたときの笑顔とも似ていて。この笑顔にさせることができたのだと思うと嬉しい気持ちになる。


「凄く抱き心地がいいよ。このぬいぐるみ……大切にするね」

「ああ、そうしてくれると嬉しい」

「うんっ。……ぬいぐるみを取ってくれたお礼をしないと」

「気持ちだけで十分だよ。クレーンゲームをやって楽しかったし。ぬいぐるみをゲットできて嬉しかったし。藤原さんが嬉しそうにしてくれれば十分だと思ってるよ」

「そう? 500円で済んだから、浮いたお金でお礼をしようと思ったんだけどな」

「1000円以内で取れればラッキーって言っていたもんな。……じゃあ、そのぬいぐるみを抱きしめる藤原さんの写真撮らせてくれないか? 藤原さんが写っている写真は1枚も持っていないし」

「白石君がそれでいいなら」

「ああ。ありがとう」


 俺はスマホでハチワレ猫のぬいぐるみを抱きしめる藤原さんを撮った。ほしかったぬいぐるみを抱きしめているからか、写真に写っている藤原さんの笑顔は可愛いもので。


「いい写真が撮れた。ありがとう」

「いえいえ。あと、今撮った写真……LIMEで送ってくれるかな。今日の記念に」

「ああ、分かった」


 LIMEというSNSアプリで、藤原さんに今撮った写真を送った。藤原さんはさっそくその写真を確認し、満足そうにしていた。

 クレーンゲームを後にして、俺達は太鼓のゲームやエアホッケーをそれぞれ2プレイずつ遊んだ。藤原さんは運動神経がいいとは知っていたけど、どちらのゲームもかなり強くて、本気でやって五分五分だった。俺といい勝負ができたからか、プレイしているとき、藤原さんは常に笑顔だった。

 ゲームコーナーで遊び終わったときには午後6時近くになっていた。なので、今日は帰ることに。セントラル洲中を出て、洲中駅の南口まで藤原さんを送る。


「白石君。今日はありがとう。楽しかったよ。ぬいぐるみも取ってくれたし」

「俺も楽しかった。あと、チョコミントアイスごちそうさま。美味しかった」

「喜んでくれて良かった。じゃあ、また明日、学校で」

「ああ。また明日。気をつけて帰れよ」

「うん。またね」


 藤原さんは爽やかな笑顔で俺に手を振って、洲中駅の中に入っていった。

 放課後に藤原さんと一緒に過ごしたのは初めてだったけど、結構楽しかったな。藤原さんは王子様と呼ばれるほどに人気が高いから、高嶺の花のようなイメージを持っていたけど、一緒に過ごしてみると可愛い一面もある普通の女の子なのだと分かった。甘い物好きだったり、アニメや漫画など共通の趣味があったりすることも分かって親近感も湧いて。

 今日みたいに2人きりでも、星野さんや神崎さんなどの友達と一緒でも、藤原さんとまた遊びたいな。そう思いつつ、俺は帰路に就いた。




 みんな気になっていたのか、夜になって琢磨、吉岡さん、星野さん、神崎さんから、藤原さんに何を奢ってもらったのかとメッセージがきた。なので、


『チョコミントアイスを奢ってもらったよ。美味しかった。藤原さんから一口もらったラムレーズンも』


 というメッセージと、チョコミントアイスの写真を送った。

 すると、みんな『良かったね』とか『アイス美味しそう』などと返信をくれて。神崎さんは『いいなぁ』と羨ましそうな言葉も送ってきて。そのことに嬉しい気持ちになった。

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