ささくれ

どこかのサトウ

ささくれ

「腕立て伏せ、始め!」

 冬の訓練場で、騎士見習いたちが一糸乱れぬ動きで腕立て伏せを始めた。

 先ほどから激しいトレーニングが続いており、彼らの全身からは湯気が立ち込めている。

 この国の冬の風物詩と言えば、この若き騎士たちの燃えるような大訓練だ。

 寒い中でも貴婦人たちはこの演習場に足を運び、彼らを遠目で応援するほどの人気を誇る。

 だが最近、見習い騎士の訓練は厳しすぎるのではないかというクレームが入った。

 罰則が厳しいとの指摘である。

 教官は思った。厳しくない訓練など無きに等しい。だがこれも時代なのかと。

 道具を使った体罰など昔は当たり前であった。だがいつ頃からか、体罰は悪になっていた。

 教官は遅れてきた者に容赦無く耳元で罵声を浴びせる。

「遅れているぞ! 貴様の遅れが仲間を殺すんだ! お前が遅れるたびに仲間が死ぬぞ! ほら死んだ! また死んだ! お前はいったい何人殺すんだ!」

 容赦のない扱きに耐えきれず、ついに限界を迎えてしまった。

「全員腕立て伏せを止め、横一列に整列!」

 一瞬にして見習いたちは整列した。

 限界で崩れ落ちてしまった彼も、一歩遅れてその列に並んだ。

 教官は彼の前で睨みながら言った。

「集団行動で許されない行為は何だ!」

「集団の輪を乱すことです」

「ならば連帯責任だ。指を前に伸ばせ!」

 見習いたちは身構えた。何が始まるのか。

「横にいる者同士で、ささくれをめくれ!」

「さ、ささくれを……ですか?」

「そうだ。これは……罰だ!」

 見習いたちが息を飲む。言われた通り、横にいる者のささくれを爪で摘む。

「頼むぞ。痛くしないでくれよ?」

「いや、勢い良くやって終わらせた方が良い。いくぞ!」

「いぃ——っ!」

「血がっ!」

「肉がぁっ!」

「戦場では血が出るのは当たり前だ! 肉が剔れることも! 貴様らが負ければ、守るべきものがこのささくれカスのように捨てられることを忘れるな!」

 訓練が終わると、彼らの指は血だらけになっていた。クレームが入った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ささくれ どこかのサトウ @sahiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ