君は、僕の心に棘を刺す
蘇 陶華
第1話 心のささくれが、梅雨空を呼ぶ
梅雨が嫌いだ。どんよりとした曇り空が低く立ち込める。息が詰まりそうだ。雨の匂い。それは好き。閉め切った長靴の匂い。もちろん、カビ臭いのは、嫌い。僕は、受験の迫った高校生。何度目かの転生者だ。はるか昔に、僕は、壮絶な最後を遂げた。彼女を守る為に。そこでは、僕らが一緒になる事はできなかた。何故なら、僕らは、敵同士だったから。
「絶対、あなたに逢っても、気づかないふりをする」
涙ながらに、彼女はそう言い、息を引き取った。転生して、出会っても、僕らは、互いに気づかないふりをする。それが約束だった。僕は、その後、役目を終えて、自害した。自害した者は、転生できない。僕は、何年も、生を与えられる事はなかった。じっと、うずくまり、深い眠りに就いていた。彼女と出会った時のような恋ができる事は、二度とないと思っていた。だから、転生を望んではいなかった。
「お願いだから、まだ、眠らせておいてくれ」
何度か、頼んだが、もう十分だとして、僕は、生を与えられた。最初は、地に咲く花だった。何も考えず、風に揺れていた。彼女を見つけても、僕は、知らないふりをしていた。彼女は、幸せではなかった。遠く見る彼女が笑っている事はなかった。次に生まれ変わったのは、小さな生き物だった。どうした事か、また、彼女の側に生まれ落ちた。少しずつ、彼女の側に近づいていったが、僕は、気が付かないふりをした。悲しい事に、僕は、転生を条件に、消えない記憶を与えられた。彼女との別れは、忘れられず、心が平穏になる事はなかった。心の奥底のささくれが悲鳴をあげていた。満たされない思い。彼女は、僕との記憶を失くし、充分、幸せになれる筈なのに、遠くから見る彼女は、幸せに見えなかった。どうして、なのか?僕と、出会わなければ、君は、幸せになれる筈なのに。何度目かの転生で、僕と彼女は、同じ歳で、巡り会った。僕は、苦しい記憶を持ったまま、彼女に出会った。それは、憂鬱な梅雨空だった。どうして、憂鬱かって?それは、彼女が息だえたその瞬間、滝の様な大雨が降り注いでいたから。僕は、あの日。非力な魔導師だった。
「なかなか、降り止みませんね」
雨宿りしていた彼女が、僕に話しかけてきた。
「そうですね」
僕は、そっけなく答えた。雨宿りしている僕の肩に、容赦なく、雨が当たる。
「試験が近いのに、大丈夫ですか?」
彼女は、微笑んだ。頼むから、僕に話しかけないでくれ。僕は、彼女を無視した。約束したじゃないか。僕らは、出会わないと。僕は、カバンを傘がわりに雨の中へと飛び出した。僕らは出会ったら、不幸になる。僕の心の奥底にできたささくれが、疼き出す。消えない記憶が僕を苦しめる。絶対、逢ってはいけない。
「あの・・・」
彼女が、雨の中、傘を差し掛けてきた。
「同じ塾で、会いましたよね。」
微笑む彼女が、僕の前にいた。柔らかく微笑む彼女に、悲しい僕の記憶が、色褪せていった。本当に、彼女は、僕に逢いたくないと言ったのか?
「また、あなたに逢ったら、離れられなくなる・・・だから。二度と・・」
そうだった・・。また、離れられなくなるから、逢いたくないと・・・僕の心の中のささくれは、少しだけ消えていった。
君は、僕の心に棘を刺す 蘇 陶華 @sotouka
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