ささくれた心を癒すのは

とりあえず 鳴

ささくれた心

「ささくれだ」


 ベッドの上で寝転がりながらスマホを眺めていたら、親指にささくれがあることに気づいた。


 ささくれを見つけた時の対処は、二つに分けられると思う。


 剥くか剥かないか。


 俺は剥く派だ。


「うわぁ、やばい系だ」


 引っ張ってすぐ剥けるというか、取れるタイプならいいけど、爪の付け根の辺りまで付いてくるタイプだと結構困る。


 普通に痛いし、何より血が止まらない。


「ティッシュ」


 とりあえずティッシュを押し付けておけばなんとかなるからそのまま放置する。


 だけどそうすると


「はぁ……」


 こうして何も出来ないと思い出したくないことが思い出されてしまう。


 と言っても、今朝母さんと喧嘩しただけなのだけど。


 なんのことはない。ただ朝起きれなくて遅刻しそうになったのを、起こしてくれなかったせいにしたら怒られたので、言い返したら説教が始まったのだ。


 悪いのが俺なのは分かっている。


 だけど子供が親に反発するのは仕方ないことなのだからいちいち怒らないで欲しい。


「俺だって遅刻したくて起きない訳じゃないんだよ。誰だって起きたくないって思うだろ」


 思い出したら勝手に言葉が出てくる。


「だいたい、起こしてくれたとか言うけど、起きてないなら起こしてないだろ」


 完全な八つ当たりだ。


 だけど『起こした』とは俺が覚醒した時を指す言葉であって、二度寝しているのだから俺は起こされていない。


「あぁ、もう! 痛てぇな」


 どうやら結構深くまで剥けていたようで、親指がジンジンしてきた。


 母さんへのイライラと、痛みへのイライラが相乗効果になって、意味もなく親指を押さえる力が強くなる。


「めんどくさいけど絆創膏しよ」


 俺の部屋に絆創膏はないから一度、母さんの居るリビングに行かなくてはいけない。


 それが嫌でティッシュで我慢していたけど、そろそろイライラがストレスになってきそうなので起き上がる。


「癒しが欲しい」


 俺の癒しはアニメ鑑賞だ。


 さっきもしていたけど、ささくれに邪魔されて癒しが苛立ちに変わった。


 まぁささくれに意識が行った時点でアニメに集中出来てなかったのだけど。


「行くか……」


 ぐだぐだしてると無駄に時間を使うだけなので立ち上がり部屋を出る。


 階段を下りてリビングに入ると、ソファでボーッとしている母さんが居た。


(何してんの?)


 何かしてるなら気にならないけど、何もしてないでただ虚無を見ているとなると話は別だ。


 俺がリビングに入った時の扉を開ける音にも一切反応しなかったし。


(まぁいいか)


 俺に気づいていないのならわざわざ話しかけることもない。


 今はそれより、早く絆創膏を貼ってアニメ鑑賞の続きをしたい。


 俺は棚から消毒液な絆創膏やらが入っている箱を取り出して絆創膏を親指に貼った。


 そして箱を戻して部屋に戻る。


「ほんとになんだったんだよ」


 結局リビングを出る時も無反応だった。


 俺には関係ないことだけど、何故か足が止まる。


「違う、喉が渇いただけ」


 決して母さんが気になるとかではなく、喉が渇いたからもう一度リビングに向かった。


 そしてリビングに入ると案の定母さんは無反応。


 俺はキッチンに向かい、コップに水を入れて飲んだ。


 なんかシンクに置く時に音が大きくなったけど、他意はない。


 そしてやはり反応もない。


 もう用がないからリビングを出ようと扉に向かう。


 だけどドアノブを掴んだところできびすを変える。


「母さん」


「ん、なに?」


 どうやら声は聞こえるようで、母さんが不思議そうにこちらに顔を向けた。


「いや、別になんでもないけど。……元気?」


「うん。どうしたの?」


「別になんでもないっての。元気ならそれでいい」


 俺はそれだけ言って扉に向かう。


 そして扉の前で立ち止まり。


「……朝はごめん」


 扉の開け閉めやコップを置く音に反応しなかった母さんに聞こえるか微妙な声でそう伝えた。


 そして逃げるように扉を開けてリビングを出た。


 その一瞬で母さんの方を見ると、とても嬉しそうな顔をこちらに向けていた。


 らしくないことをしたけど、なんだか少し気分が楽になった気がした。


 そんな気持ちで部屋に戻ると、スマホを手に取った。


「やっぱ痛いな」


 そこでまた親指に痛みを感じる。


 そのせいなのか、頭が整理されていく。


 扉の開け閉めに反応しなかった母さん。近くで絆創膏を取り出すのに反応しなかった母さんコップを置く音に反応しなかった母さん。確かに呼びかけたけど、大して大きくもない声に反応した母さん。そしてそのどれよりも小さい声におそらく反応していた母さん。


 それを合算して考えると……。


「あいつ、最初から気づいてたろ」


 母さんは俺がリビングに入った時から気づいていた。


 その上で無視をし続けて俺の反応を見ていた。


 おそらく朝のことを俺がどうするのか見たいから。


 そして俺が謝ったのは母さんにとって一番いい結果だったから嬉しそうにしていた。


「くそったれが……」


 せっかくいい気分になっていたのに、また不機嫌になってきた。


 俺の完全な自爆なのだけど、許せない。


「もう知らん」


 何もかもを忘れる為にアニメ鑑賞を再開した。


 そうして全てが終わる。


 結局母親との小さな喧嘩なんて、好きなことをしていれば忘れられる。


 どうせ子供の気持ちなんて親には分からないのだから、こちらが大人の対応をしてやればいいのだ。


 なんて言うのは子供の感想で、大人になれば逆になる。


 まぁそんなことは子供のうちには絶対に分からないのだけど。

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ささくれた心を癒すのは とりあえず 鳴 @naru539

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