弐話 訳あり共の邂逅

 朝もやの漂う山の中、二つの人影がある。


「よお、師匠。よく眠れたか?」

「よお、小僧。よく寝てはいたがお前の笛で起こされたぞ。全く、ちょっとは老体を労れ」

「その老体は普通こんな山道登れねぇぞ」


 此処は近江おうみのとある山中。

 白髪だが背も高く伸びていて、しわひとつない顔の初老の男性と、もう一人は若者だが、髪は女にしては短く、男にしては長い中途半端な髪を後ろで一つに括り、長く、顎先まである前髪を中央で分け、頬の横で風に揺らしていた。

 気怠げに開かれている目の眦は舞姫のように紅く縁取られているが、その顔もどこか中性的。

 声も女にしては低く、男にしては高いような声で。兎も角全て中途半端で中性的な人物。喋り方は男だが。

 この二人が話しているが......まあ、こんな山奥には、この二人ぐらいしかいないだろう。

 男性は、岩の上に座り、若者は木に寄り掛かりながら男性を眺める。


「で、師匠、今日やることは?」

「素振り千回。その後、薬草についての復習じゃ。午後に金稼ぎのために街に降りる。それまでに日課を終わらせとけ」

「はいよ」


 そういった後、師匠と呼ばれた男性はふっと消えるようにいなくなってしまった。

相変わらず、師匠は速い、と一つ頷く。


 若者はどこからともなく、取り出してきた木刀で素振りを始める。

 安定した太刀さばき。若者が行っている型はそこまで難しいものではないが、どこか卓越した雰囲気を感じさせた。

 止める、斬る、受ける、流す......。


「......ふっ、っは、......しっ、......しっ」


 唇から息を短く吐き出しながら、若者が木刀を振っていく。

 若者の額にうっすらと汗が浮かび始めた時。


 ――ちりん。


「......小僧」


 同じくごく小さな鈴の音と、ごく小さな怒鳴り声が若者の耳に届いた。

 瞬時に木の上に駆け上がり消える若者、音も立てずに気づけば若者が枝の上に立っていた。

 その木の下にまた男性が現れる。

 若者は枝の上で木によりかかり利き手であろう右手に木刀を逆手に構える。

 男性は周りに暗器のような飾りのついた笠を目深に被り、片手に杖を構えた。

 先程の鈴の音は、この山に侵入者が来たことを表す合図。

 そして二人のこの行動は、臨戦態勢だ。


「......誰じゃ」

「......戦鬼殿であらせられるか」

「どいつじゃ、そんな物騒な名の鬼は。儂は知らん。呼ぶな呼ぶな」


 男性が吐き捨てる。

 正直なところ男性が戦鬼と呼ばれていたのは事実である。

 だがそれは過去の名。しかも男性はその呼び名を嫌っていた。

 そして吐き捨てた主な理由は、


「何故、お主がその名を知っておる」

「師匠、知り合いか?」


 木の上の若者が原因だった。


「――ふん。わざとらしい」


 男性が小さく吐き捨てる。その場の誰にも聞かれないほど小さく。


「儂が仕えていた城の昔馴染みじゃな。顔ぶれは随分と変わったが」


 男性が睥睨する。

 五人いる人物のうち四人いる男性は全員屈強で恐らく強いのだろうことが見ただけでわかる。

 その中にいる、薄汚れても尚、もとは絢爛であったことがわかるほど上質な着物をきた少女はひどく浮いていた。

 皆険しい顔をしている男共のなかで一人、この世が終わると言われても信じられるほど絶望に彩られた顔をしていることもだろうか。

 ひどく目につく。

 若者が、なぜか不機嫌そうに細めた目で、じぃっと少女だけを眺めているとそれに気がついた少女がびくりと肩を揺らす。

 それに気がついた男のうち、二人が左腰の刀に手をやった。


ちらりとそれを若者は認めると、心の中で、知らねぇうちに面倒くさいことになってやがるとごちる。


「失礼、そちらのかたは?」


 視線だけで枝の上にいる若者を指して聞く。

 左腰にやった手は、みじんも動いておらず穏便にすます気がないことをしめしていた。


「儂の弟子じゃ、ただひとりのな。そう睨まないでやってくれ。名は――」


 老人が言いかけると。

 ざん、という人が木の上から落ちるにしては軽すぎる音がして若者が降りてきていた。


かすみという。、皆様方」


 妙な含みを持たせた美しい若者――霞は木から軽々と降りてきて、その冷たげな表情を少しも歪ませず、それなのにその暗い瞳に確かな愉悦を含ませて言った。

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