ささをください
新座遊
パンダの食うものは
笹をくれ。今すぐに。この飢餓感はなんだ。
クマとして生まれたが、実はパンダなのだ。確かに色合いは黒というか、暗めの茶色一色だけど、パンダなんだ。
「あ、クマさんが肉食べてる」
動物園で、幼児が嬉しそうにこちらを見て叫ぶ。
クマに見えるのは仕方がない。檻に掲げている説明板にもクマと書いているし、同じ檻の中では複数のクマが動き回っている。
動物園の職員ですらクマだと思っているのだ。
他のクマもまさかパンダと一緒にいるとは思ってないだろう。同族のクマとしてコミュニケーションしているし。
しかしパンダなのだ。それだけは譲れない。
そりゃ肉だって喰えるさ。他に喰うものがなけりゃ。
リンゴやスイカなども提供されれば口にする。
しかし、心から欲している笹や竹だけは、出してくれない。なぜだ。
ここから遠く離れた人気コーナーのパンダ舎では、おそらく特殊ルートで調達しているであろう笹を、何も苦労せずにひなが一日、噛り続けているであろう白黒の生き物。想像しただけで、心がささくれだってくる。
だから笹をくれ。
このままだと死ぬまで笹を喰えない。檻から抜け出し、パンダ舎に行くしかあるまい。
飼育員が戸を開けたタイミングでこっそり抜け出すか。しかし、こっそり動けるか。暗闇に紛れて、というタイミングがあり得るのか。
幸いに、身体の色合いは暗闇に紛れやすいダーク系統だ。白黒だったら目立ってしまうだろう。その点は幸いだった。
イヤ違う。危ない危ない。そもそも白黒だったらクマと間違われずパンダとして扱われただろう。
タイミングだ。暗闇の中で戸が開くのはどの様な時だ。食事時ではまだ明るい。夜は飼育員が来ることはない。
あるとしたら緊急事態が発生した場合か。
誰かがケガや病気になれば、夜でも飼育員が来るのではないか。誰か病気にならないかな。
イヤ違う。そんな他人というか他クマの不幸を願うなんて、人でなし、パンダでなし、だ。
パンダの矜持に関わる。その選択肢は却下。
不幸な事態ではなく、逆に幸せな出来事なら良いだろう。
それはいつか。妊娠し、そろそろ産まれる、っていうタイミングなら、夜でも飼育員が入ってくる可能性があるか。
誰か妊娠しないかな。
と思っていたら、自分が妊娠していた。これはチャンスだ。
イヤ違う。動けなくなってしまっただけではなく、監視が厳しくなってしまった。こっそり抜け出すどころではない。ああ、パンダなのに、クマとして子を産むのか。まあ、それはそれで悪くはないかな。
そして産まれたのは、パンダのようなクマだった。
ささをください 新座遊 @niiza
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