君の背中を追いかけて
ハルノエル
第1話 流儀
「影山さん……」
柱の陰から女の子を見守る怪しい男の名前は、
あぁ、安心してほしい。僕が彼女に危害を加えることはないから。むしろ、彼女に迫る厄災から守ってあげているだけだ。例えば、車に轢かれそうになったところを助けたり、川に落ちそうになっていた時に後ろに引っ張ったりだ。でたらめな妄想のように聞こえるかもしれないけど、実はこれは全部本当の事だ。
他にも危なかったことはいくらかあるけど、こういうことはかなりよくあることなのだ。彼女は、普段からかなりぽやぽやしているから。
「頼む……今日は何も起こさないでくれ……」
自惚れでも何でもなく、彼女を守っているとはいえ、立場としてはただのストーカーだ。今まではなんとかバレずにできていたけど、こんな人がいると知られたら、きっと怖がらせてしまうと思うから。
僕は善良なストーカーだ。相手を怖がらせるようなことは絶対にしないし、一定のラインを超えることはやらない。例えば、
え? なに? ストーカー行為自体が怖がらせる行為だって? だからバレないようにやってるんでしょうが!
なんて、誰に聞かれたわけでもないのに自問自答する。ストーキングしてる間は、こうやって自分の中で妄想を捗らせるか、影山さんの可愛いところを探すしかやることがないからね。いくら探しても可愛いところが溢れてくる影山さんにはほんと、参っちゃうよ。
※※
(あ……今日もいる……)
私は影山華。あまり特徴の無い高校三年生。強いて言うならドジな所だけど、そんな人はいっぱいいると思う。だから、特徴と言っていいのかわからない。
他だと……1つだけあるかも。私を守ってくれる王子様がいること!
これだけ言うと、何言ってるの? って思われるかもしれないけど、本当のことなんだもん!
さっきも話した通り、私はかなりドジ。だから、街中を歩いているだけでも結構危険な目にあったりする。例えば、階段から落ちそうになったり、自転車と正面からぶつかりそうになったりね。ナンパは……ドジには入らないか。
まぁ、そんな感じでドジな私だけど、大事に至ってないのはとある人が守ってくれているから。その人は、同じクラスのさっくん……あ、迫君の事ね。本人はバレてないと思ってるみたいだけど、クラスで普通に話す友達なのに、どうしてバレないと思っているのか不思議に思う。
傍から見たらストーカーかもしれないけど、私にとってはヒーローなんだ。学校でも街中でも、私を助けてくれる優しい人。それが彼だ。彼が近くにいる。それだけで私は安心できるんだ。
「ちょいちょい、そこのねーちゃん」
わぁ……今日はこのパターンかぁ……
※※
「何も起こさないでほしかったんだけどなぁ……」
目の前で影山さんがナンパされている。これで何回目だろうか。まぁ、これに関しては影山さんには何の非もないし、言っても仕方のないことだ。強いて言うなら、かわいすぎるのが悪い。人を狂わせる程の可愛さは、時として罪と認識されてしまうものだ。
少し様子を見て、何かありそうなら助けに行くかねぇ……それにしても、彼女はどうしてこうもトラブルに愛されているのだろうか。不注意を除いたとしても、かなりの頻度で何かに遭っている。そういう星に生まれたかのような、運命の引力を感じてしまう。
「あんたかわいいね。ちょっとそこでお茶でもどう?」
……下手だな。文言がテンプレすぎる。僕でももっとうまくやれる自信があるぞ。そんなのじゃ、流石の影山さんも逃げ帰るよ。安心して見ていられる。
「そうですか? ありがとうございます。それでは」
よし。お茶の部分はしっかり流してるな。教えの通りだ。ストーカーの『駆』じゃなく、友達としての『さっくん』として相談に乗ったことができている。僕がやったことが無駄じゃなかったって思うと、やっって良かったと思えてうれしい気分になれる。
「ちょいちょい、それだけ言って終わりのつもりか?」
ナンパさんが影山さんの手を掴んで引き留めようとする。そこまで行くと、流石に静観できないな。出るか……
「触らないでください!」
そう言って、男の手を振りほどく。ここで強気に出るのはこれまでにないパターンだな。もう少し様子を見てみるか……? それとも、今が舞台に上がるチャンスか?
「てめぇ……」
相手の男が、恨めし気な表情で影山さんを睨んでいる。駄目だな。これは今行かないと何かが起こりそうな気がする。
「そんなことしてただで……」
「ちょっと失礼」
声を低くして、影山さんから顔が見えないであろう場所から登場する。さーて、今日も仕事しますかね!
※※
(よかった……来てくれた)
今日は、危ないとわかってはいたけど反抗心を見せてみた。さっくんに相談してみた時に一度出た案だったけど、私の気の弱さと相手を刺激してしまう危険性から、『やめた方がいい』という結論になった。
なら、どうして今やってしまったのか。理由は……変わりたかったから、かな?
まぁ、そんなことはどうでもいいじゃん! 今はさっくんのかっこいい姿を目に焼き付けないと!
「あぁ?誰だよてめぇ。俺は友達に話しかけてるんだけど? なんで止められなきゃいけねーんだ」
「友達じゃないだろ。お前がナンパしてるのは見てたんだよ。ほら、さっさとついてこい」
そう言って、男の人を引っ張っていく。結構ガタイのいい人だったと思うけど、難なく連れて行く姿に、どこからそんな力が出ているのか不思議に思う。
二人の姿が見えなくなってから、私は道路にへたり込む。
「はぁ……怖かった……」
私が悪いんだけど、さっくんがいなかったらどうなっていたかわからない。まぁ、いつも側にいてくれるし、多少の無茶は助けてくれると思うけど。だからこそ少しだけ大胆な行動に出たわけだしね。
ていうか、あれでなんでバレないと思ってるんだろう。顔も隠してないし、声もただ低くしただけだからすぐにわかる。
「かっこよかったなぁ……明日、ありがとうって伝えようかな」
きっと、『なんのこと?』って言って誤魔化すんだろうね。私が気付いていないと思っているだろうから。
明日会った時に、さっき撮った写真を見せたら焦ったりするのかな? なんて、スマホに残った彼の後ろ姿を撫でながら考える。多分、ちょっとしどろもどろになりつつも、別人だと言ってくると思う。そんな可愛い反応も、私が好きなところのひとつだ。あー、明日が楽しみ。
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