2章 54話

 一悶着があったお陰か、まこと鏡花きょうかが交際を開始した話は、あっと言う間に広がった。わざわざ本人達が表明したわけではない。話題性が一時的に急上昇した事が理由だった。

 まるで漫画やドラマの様な出来事であった為か、注目度は高かったし鏡花の善性も併せて広まり、概ね好意的に見られていた。


 鏡花自身があまり目立つタイプではなく、嫌われる要素もこれと言って無かったのは大きいだろう。鼻につく所があったりしていればこうはならなかった。

 日々の行いと言うのは案外馬鹿にならない。学校なんて狭い世界の中では、特にその影響は大きい。


 大人しくて控え目で、料理が得意で健気。目を奪われる様な美しさはないが、かと言って悪くもない。

 そんな鏡花の存在がある程度知れ渡ったのは、真にとって歓迎出来ない事態を招いていた。


「アンタまだ気にしてんの?」


「……悪いかよ」


 そう、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけだが、鏡花の人気が出て来たのである。小春こはる友香ともか水樹みずきの様な高嶺の花ではない、手頃な立ち位置にいる平凡な女子。

 男子にとってわりと理想的な属性が揃っているからこそ、自分でも行けるかも知れないと考える者が、僅かながら現れていた。

 以前に比べて、明らかに鏡花に声を掛ける男子生徒が増えているのだ。軽い挨拶程度とは言え、仲良くなろうとしているのは間違いない。


 もちろん真と鏡花の関係を、冗談交じりに冷やかしているだけの者だって居るが、それだけじゃない者も居る。

 本人達に比べれば接触し易い鏡花を通じて、小春達に近付こうとする者達まで現れる始末。

 理由はともかく、明らかに目的を持って鏡花に近付く男達が増えた事に変わりはなく、真にとっては非常に面白くない。


「だって、今まで鏡花の良さなんて理解しようともしなかった癖に、調子が良すぎるだろ」


「いや、それはアンタもでしょ」


「うっ……」


 授業と授業の合間にある小休憩の時間まで、いちいち鏡花達が全員集まるわけではない。鏡花には鏡花の、真には真の交友関係がある。それは友香や水樹、翔太しょうた恭二きょうじとて同じ。

 だから致し方ない部分もあるのだが、この絶妙な物理的距離が恨めしい。教室の隅に居る鏡花に、話し掛けている近くの席の男子に向けて、ジットリとした目を真は向け続ける。

 小春が指摘した通り、真だって最近まで鏡花の良さなんて知らなかった。しかしそれでも、先に見つけたのは自分だとう言うのが真の偽りなき本音だ。


「キョウはアンタの彼女なんだから、どっしり構えてなさいよ」


「いやだけどさ」


「キョウはアンタ意外の男と会話するなって言いたいの?」


「……そんなつもりは無いけど」


 真とて縛りたいわけではない。ただ生まれて初めて出来た恋人との日々に、まだまだ慣れていない。

 嫉妬心と独占欲のコントロールなんて、まともに経験した事がないのだ。そんな簡単に冷静にはなれない。


「アンタが一番の男であり続ければ良いのよ。ま、頑張りなさい」


「分かってるよ」


 結ばれたら終了するのは物語だけ。実際にはその後の方が大変だ。相手にとって一番でなくなってしまえば、関係は破綻してしまう。

 買って満足したプラモデルの様に扱えば、心の距離は離れて行ってしまうのだから。

 真が男として試されるのはここからだ。付き合ってみたら思ってた人と違う、そんな風に鏡花に思われない様に、日々の努力が必須となる。


 まだまだ未完成な2人が、完成された関係になるまでは経験も時間も足りていない。焦って何かをするのではなく、地道な積み重ねを続けるしかない。結局はそれが一番の近道になるのだから。


「それよりアンタ、夏休みに向けてバイトでもしたら?」


「それは考えてた。土日だけとか、単発系の何か知らないか?」


「そうね~アンタ向きのヤツがないか、聞いていてあげるわ」


「助かる!」


 夏休みになれば、頻繁にデートが出来る。その為の軍資金が必要なのは真も分かっていた。

 両親から貰っていた小遣いを、真はあまり使う機会が無かった為に貯金は多少ある。それでも自分で稼いだお金で思い出を作りたい。

 鏡花の影響で真もそんな風に考えていた。特に夏には非常に重要なイベントが待っている。


 それは、恋人となった鏡花の誕生日だ。付き合い出して1回目の彼女の誕生日。そんな大事な時に何のプレゼントも用意していないなど、許されない。少なくとも真にとってそれは有り得ない。

 それも含めて今の内からお金を稼ぐ必要があった。しかし平日は鏡花の見送りや、放課後の交流がある。

 ならば土日の単発系が望ましい。金銭的余裕のある真の家庭では、バイトの許可は降りない。

 学校に内緒で稼ぐなら、小春の様に少し離れた土地で働くか、高校生可の短期バイトが候補となる。


 真としてはしっかり稼いで夏は鏡花と、色んなデートを楽しみたい。それこそ海やプールも含まれる。

 もしかしたら、もっと深い大人な関係にも、そんな期待も持っていたりする。真とて思春期の男子なのだから。


「マコ、顔に出てるわよ。やらしい妄想が」


「な、なんの事やら」


 何故この幼馴染にバレないと思ったのか、下手くそな誤魔化しをする真であった。最近では鏡花にも気付かれつつある事を、彼はまだ知らない。


 そうして今日も、晴れて恋人となった2人の日々はゆっくりと流れていく。お互い恋愛初心者ながらも、確実に関係を深めていく。

 一般的な恋愛と比べれば、不器用でじれったい関係であろうとも。

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