1章 第7話 Side:小春
「アンタ、何か良いことあった?」
だからこそ分かるのだ、明らかに昨日までの真とは違う。夢を絶たれ絶望感に包まれていたあの鬱屈とした感情が綺麗に消えている。
本人は上手いこと隠していたつもりの様だが、幼馴染のアタシにはバレバレだ。アタシ以外だと気付けるのは『あの人』ぐらいか。
「何でだよ。特に何もないよ。」
「アタシにバレてないと思ってた~? だいぶスッキリしてるじゃん」
「……」
まだこの期に及んで誤魔化そうする幼馴染に思わず内心では苦笑しているが、これもまた『あの人』の言う繊細な男心と言うもの何だろう。余計なツッコミは入れずに
「……まぁ。……その、それなりに」
…………おや? おやおやおや? この反応はまさか? ちょっと良い事どころではないのでは? まさかあのサッカー馬鹿の堅物が、たった一晩でこんなに分かり易い反応を見せる様になるとは思いもよらない展開だ。
(放課後までは変化が無かった……昨日の夕方か夜……大人のお姉さんかなこりゃ?)
なるほどなるほどそう来たか。美人なOL辺りと素敵なワンナイトラブしちゃったかな? 大人の女性の包容力にコロッといったな?
……しかし困った。初めて会った大人の女性とのワンナイトラブだと、相手が誰か分からない。
この不器用な幼馴染の心に刺さったトゲを抜いてくれた女性に、是非ともお礼を言いたいのだがこれは少々難しいか?
いや、まだ関係が終わったとは限らない。これからは
「ふーん、こりゃ随分と素敵な女性に出会ってしまったみたいだねぇ」
「……なんで分かるんだよ」
「何年幼馴染やってると思ってんの? マコの事なんて何でも分かるっての」
「……はぁぁぁ。お前に隠し事しようってのが無理あるよな」
「そゆコト~。で、どしたんよ?」
この男は凄く分かり易い。昔から単純な奴だから。でもそれは悪い事ではない。もし葉山真という存在が、こういう単純で裏のない人間でなかったら、今頃一緒に居ないだろうから。
「まあ、その…愚痴を聞いて貰ったって感じ。初めてまともに話したのに、凄く優しくして貰えた」
「そんだけ~~~? 優しさに惹かれただけ~?」
「………………膝枕して貰った」
「あれま! やらし~~~エッチな奴め!」
「違うって! そんなんじゃない!」
照れる相棒をイジりながら学校へと向かう。反応を見る限り、どうやら思ってた以上に本気らしい。
(こりゃ『あの人』が気付く前に接触しないと)
真と小春共通の知人である『あの人』が、真にガチ恋した女性が出来た上に、抱える問題を解決して貰ったと知れば、大騒ぎするのは間違いない。前もって接触しておくのが無難だ。計画を早めなければならない。
その後はいつも通り、雑談しつつ歩いている内に学校に着いた。教室に着いたらもうひとイジりしてやろうかなと、真の顔を見ると何だか違和感を感じる。やけに気合が入っている様に見える。
(あれ? 今日なんかあったっけ?)
体育でサッカーやるとか聞いてないし、朝から小テストの類もないハズ。こんなタイミングで気合を入れないといけないイベントなんて、何も無かった様に思う。
妙に力の入った幼馴染を、不思議に思いながらも教室へと向かう。教室が近付くほどに幼馴染の緊張感が高まっている様に感じられる。
(マジでなに? 吹っ切れたテンション任せに何かやる気?)
あまりにも不自然な幼馴染の様子に、別の不安が生まれてくる。サッカーを失った悲しみを吹っ切った幼馴染が、何を始めるか想像出来ないのは実に不安だ。大丈夫だろうか? 変な事を言い出したら自分が止めねばなるまい。
小春もまた覚悟を決めて教室に入ったのだが、真は一旦教室内を見渡した後、普段通り自分の席へと向かって行く。
「……いやなんじゃそれ!!」
「えっ? 何だよ小春?」
「それこっちのセリフなんだけど? さっきまでやたら気合入れてたのに何もしないし」
「あ、あ~まあそれはちょっとな」
「なにそれ意味分かんない」
そんな風に暫くやりとりをしていると、教室の後ろ側のドアが開けられた。遅刻ギリギリに来るタイプの連中が、教室に入って来る時間だった。
「あれ? 今の、
いつも自分たちが着く頃には教室に居て、本を読んでいるか談笑しているタイプの素朴で平凡な大人しいタイプの女子である。まあそんな子でもたまには寝坊なりする事もあるんだろう。
そんな事を考えながら真の方に向き直ると、いつの間にか居なくなっていた。
「ちょっ、マコ? どこ行った? マコ~?」
近くを探しても真の姿はない。一体あの男はどこに行ったんだと、教室を見渡したら居た。何だってあんな教室の一番奥になんて、と考えながら足を向けた時だった。
(は??? マジ???)
あの堅物で有名な幼馴染が、自分から女子の席まで行って声を掛けている。それだけでもう衝撃的だ。女子との不必要な接触を避けていたあの幼馴染が?
真がプライベートで自分から声を掛ける女子など、小春と小春の友人達ぐらいだ。それ以外の女子生徒に声を掛けに行っただけでもびっくりだ。
それにあの表情は…………てっきり大人のお姉さんとワンナイトラブかと思っていたら、今しがたギリギリで登校して来た超平凡で地味な女の子が、どうやら真を立ち直らせた張本人だったとは、意外にもほどがあった。
だが取り敢えずそれは後回しだ。恋心が若干暴走気味の幼馴染を、素早く回収せねばなるまい。明らかに佐々木さんが困惑している。
(はぁ………良かったんだか良くなかったんだか、判断に困る厄介な幼馴染だ)
「で? アンタに膝枕して愚痴聞いてくれたのが佐々木さんってわけ?」
お昼休みに入り購買部へと向かう途中で真に問いかける。
「……まあそう言う事だな」
教室はもう出ているし、昼休みの喧騒でこの会話も紛れてしまうだろう。聞き出すなら今が良いだろう。
「正直かなり意外なんだけど、佐々木さんて見た目じゃ分からない何か秘密でもあるの?」
「いや、特にそう言う訳では…」
「あ、もしかして体の相性めっちゃ良いとか?」
「違うわ!!! 付き合ってもいないのにそんな事するか!!」
「だろうね~アンタってそう言う男よね」
「分かってるなら言うなよ……」
そんな風に会話をしながら購買部で買い物をする。2人とも運動神経は良いので、スイスイと人波の間を抜けて目当ての物をゲットして終わりだ。
「それで結局何が決め手になったの? 初めて知るクラスメイトの意外な優しさに~ってだけじゃないでしょ?」
レジで支払いを済ませつつ先程の会話の続きを聞く。この恋愛などゴメンだとばかりに避け続けた幼馴染が、一晩でコロッと堕ちて来た理由は個人的に気になる。
「…………」
「ほらほら今更隠すなって~の」
「…………絶対笑うなよ」
「笑わない笑わない。ほら早く~。」
「……顔が……ったから」
「まことくんの声が小さくて聞こえませーん」
往生際が悪い幼馴染を煽ってやる。
「笑顔が可愛かったからだ!!」
「………………アハハハハハハハハ!!!」
急に爆笑し始めた小春の声に周囲の生徒たちが驚いてこっちを見るが、笑い声の主が分かると皆視線を元に戻していく。
「やっぱ笑うんじゃねーか!!」
「マジ、ごめん、フフフ!……フフ! ピュアかよ~~~」
何ともまあ、随分と可愛らしい理由で落とされて来たもんだこの堅物は。まあ本当に体の相性が良いから、なんて理由を出されるよりは健全で良い。
予想通り大人の女性とワンナイトラブだったら、未成年淫行で大問題だった訳だから、この幼馴染の男子が堂々と恋愛出来る事を喜ぶべきか。
「フフフッ、でも意外だったな~佐々木さんの笑顔か~見たこと無い気がする」
「俺だって初めて見たよ」
「そんな可愛かった?」
「……まあ」
「アンタがそこまで言うなら見てみたくなったじゃん」
実際それは気になるし、ちょっと見てみたいと思った。幼馴染が一撃で堕とされたその笑顔ってやつを。
純粋に彼女への興味も湧いて来た事だから、ちょっと仲良くなってみたい。詳しくは知らないけれど、悪い人では無さそうだし。
「お前、変な事して佐々木さんに迷惑掛けるなよ」
「どっちかって言えば迷惑掛けたのアンタの方じゃね?」
「ぐっっ」
中々弄りがいのある感じになってくれたじゃないか。これは暫く真弄りが楽しめそう。スクールライフが充実していて素晴らしい限り。
おや? あそこに居るのは……
「お? アレ佐々木さんじゃね?」
「バカそんな古臭い手に引っ掛るか」
「いやガチなんだけど」
購買部の近くで何やらオロオロとしている。小柄な彼女がやると小動物みたいで何だか可愛らしい。まあクラスメイトだし、もしかしたら長い付き合いになるかも知れない相手だし、ちょっと声を掛けてみますか。
どうやら購買部に慣れてなくて困っていただけらしい。これは良い機会と真に彼女の世話を任せた。朝の事もあって真はちょっと緊張していたみたいだが、この分だと大丈夫そうだ。
それにしても佐々木さんは本当に普通の女の子だ。何処からどう見ても平凡としか言いようがない。
でも、そんな平凡な彼女が幼馴染の自分にも、真を良く知る『あの人』にも出来なかった事をやって見せたのだから不思議なものだ。多分きっと、真にしか分からない魅力が彼女にはあるのだろう。だからこそあんなに本気になっている。
(たかが購買部で買い物するだけの事に張り切っちゃってまあ。)
好きな女子の前で張り切る幼馴染の微笑ましい姿を見ながら様子を伺ってみる。……見たところ佐々木さんの方は恋してる感じでは無さそうだ。でも異性としては意識している様に見える。
(あ~でも単に男慣れしてないだけかも?)
見た目と普段の様子から考えれば、男性への耐性は全く無さそうに思う。もしこれで裏では男を喰いまくりだったとしたら大した擬態能力だ。大人しい振りをして、と言うのは案外居たりするから侮れない。
ただ佐々木さんからはそう言うタイプの、隠しきれないギラギラした野生を感じないのでその線は無さそうだ。
むしろそこかしこから溢れ出る平凡オーラが凄い。見てる限りやる事もリアクションも全て平凡なのだ。
でもそれで良いのかも知れない。あの真面目でお堅い幼馴染君は、そんなごく普通で平凡な異性と、平凡な恋愛をするのが一番の幸せなんじゃないかと思えて来る。あの初々しい2人を見ていると。
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