いつも教室の隅に居る地味なあの子が気になって仕方ない

ナカジマ

1章 第1話 プロローグ

 それはとある地方都市での物語。そこそこ栄えていて、そこそこ人口が居て、そこそこ交通の便が良い。海も山もあるけれど、観光地と言う程何かがあるわけでもない。そこは美羽市みうしと呼ばれる土地であり、物語の舞台は美羽市立高等学校である。

 2027年4月。美羽高校に通う、生きがいを失ってしまった体育会系の男子高校生と、何てことはない平凡オブ平凡で地味な女子高生が出会う事で、この物語は動き出す。





つい先日まで2年生だった生徒は3年になり、じりじりと迫り来る大学受験を嫌でも意識させられ始める時期。1年生は進級し、束の間の楽しいスクールライフを満喫出来る最後の1年が始まる。

 そして、新入生は初めての高校生活が始まる。時に戸惑い時に笑い、新たな出会いに右往左往する初々しい姿が散見される麗らかな春のお昼時。


 育ち盛りの男子高校生にとって、昼休みと言うのは非常に重要な意味をもつ。成人男性とさして変わらない、いやむしろ超えてすらいる食欲を満たす大切な時間だ。

 特に体育会系にとっては、尚更重要である。生徒によっては昼休みまでの休み時間に何かしらを食していたりするぐらいだ。

 そんな大切な時間であるにも関わらず、1人の男子は食べかけの総菜パンを手に持ったまま、物思いに耽っていた。

 

 なんでアイツがあんな女子と?ここ最近に、陰で言われた言葉だ。

 スポーツ推薦枠で入学して来た元サッカー部員の高校2年生、勉強もそこそこな体育会系の男子生徒。

 それが周囲の抱いている俺、葉山真はやままことへの印象だろう。だからこそ普段から教室の片隅で小説を読んでいる、地味で平凡な女子にご執心な俺の気持ちはあいつ等には分からないだろう。

 特に化粧気もない素のままの彼女は、決して美人ではないかも知れないが、俺は別に美人と居たい訳じゃない。

 一緒に居て自然に居られる人と居たいだけだ。気疲れする様な相手なら、どれほど美しい人であってもお断りだ。それに美人ならもう散々見飽きたと言うとあの人に殴られそうだが、破天荒なあの人に散々振り回された俺は、真逆のタイプを好ましく感じている。

 だからこうして昼休みでも、数人の友人と教室の隅っこで静かにお昼を食べてる君が、俺はどうしても気になってしまうんだ。


「……こ……マコ! ねぇ聞いてる?」


「あ、ゴメン何? ボーッとしてた」


「アンタさぁ~この距離で有り得るそれ?」


「いや、ホントすまん。」


 一緒に昼食を食べている相棒に声を掛けられるまで、考え事に集中してしまっていたらしい。


「……ふーん。また佐々木ささきさん見てた?」


「なんでも良いだろ。本題はなんだよ」


「だから、週末皆で遊びに行くけどアンタどうする? って聞いてたの」


 目の前に居るの幼馴染の女子、神田小春かんだこはるとはこうして良く一緒に過ごしている。

 中学の頃からメイクやファッション関係に興味を示す様になり、今や立派なギャル系女子高生だ。肩まである金髪に染めた髪と、気が強そうなキツめで目力のある双眸。綺麗にまとまった可愛らしくて小さな顔。

 眉目秀麗びもくしゅうれいとはコイツの為にある言葉だろう。おまけにスタイルも良く身長も高めと来た。天は二物以上をコイツに与えてしまっている。


 小春は昔からモテるが、成長して更に可愛くなったお陰で良く告白をされている。小春が面倒な相手に付き纏われた時は、良く彼氏役をさせられる。

 もちろん本当に付き合っている訳では無い。お互いがお互いに恋愛感情を持っておらず、どこまでも幼馴染でしかないと思っている。男女の友情は成立しないなんて言う人も居るが、俺達の間では成立しているのは間違いない。


「俺は……どうしようか。ちょっと気が乗らないんだよな今は。」


「あ~いや分かった。まあそうよね。」


 察しが良い幼馴染で助かる。今はまだ皆でワイワイやる様な気分にはなれない。


「じゃあさ~佐々木さんと2人で遊んだら?」


「は?」

 

 小春はイタズラをしてくる時に見せる表情をしている。からかわれているな?


「バリバリ体育会系なアンタが、あの手の大人しいタイプと仲良くなるには積極的に行かないと駄目よ?」


「お前には関係ないだろ。ほっとけ。」


「女子に興味なんてありませんー!って顔してたアンタがガチ恋した子だから協力してあげようかなって」


「おいやめろ誰かが聞いてたらどうすんだよ!」


 こんな所でそんな話をしたら、誰かに聞かれるかも知れない。昼休みの喧噪に包まれている廊下でならともかく、教室内では危険だ。


「大丈夫だって、声抑えてたでしょ。」


「だからってお前」


「あぁそうそう、積極的にとは言っても、グイグイ行き過ぎたらたらダメだかんね。引かれるちゃうから」


「そんなグイグイいかねーわ!」


 いつもの日常的なじゃれ合いをしている内に昼休みも終了し、午後の授業が始まる。授業が終わればホームルームを挟んで清掃、そして放課後になる。夕日に染まる教室にはもう殆ど生徒が残っていない。残っていた数人のクラスメイト達も俺に別れの挨拶を残して帰宅していく。

 今はもう俺と彼女しか教室に残っていない。最近まで知らなかった事だが、彼女は完全下校時間になるギリギリまで教室で本を読んでいる。

 佐々木さんは何処からどう見ても平凡で、特に目立った所はない素朴な容姿。唯一の特徴と言えるものがあるとするならば、少し大きめで野暮ったい丸眼鏡ぐらいか?今日の彼女もいつも通り地味である。


「ねぇ佐々木さんって本が好きなの?」


 彼女と親しくなりたい俺は、最近こうして放課後に彼女へ声を掛けている。彼女と関わる様になってから、とある約束を交わした。

 そのお陰で俺はこうして放課後の教室で、2人だけの時間を楽しんでいる。


「あっ、えっと……うん。」


「どういうのが好きなの? 俺あんま詳しくないからちょっと気になってさ」


「……う~ん。改めて言われるとちょっと悩む。本なら何でも良いって感じだし」


「じゃあ教科書とかでも楽しめちゃうの?」


「そ、それは流石にないかなぁ。あ、でも学術書は前に読んでみたけど面白かったかな」


「体育馬鹿の俺には全然分かんないや。佐々木さんって頭良いんだね。」


「ぜ、全然そんな! 読めるからって理解出来た訳じゃないから」


 そう言って謙遜している姿が俺は好ましいと感じている。自信がある人を嫌っている訳じゃない。ただ押しの強いタイプに辟易しているだけで。

 そういうタイプとは真逆の女子とこうやって、放課後に2人で何気ない会話をするのが最近の俺の楽しみだった。この何でもない日常の一コマが、俺にとって大切なものになって行く。

 だからだろうか?もう少し踏み込んでみたくなったのは。目の前の女子をもう少し知りたいと思ったのだ。


「佐々木さん週末って暇?」


「えっ? ……特に何もないけど、どうして?」


「じゃあさ、ちょっと俺と出掛けない?」


「……へ? …………えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


「ふふ。そんなデカい声を出せたんだ」


 初めて見る表情と聞いた事のない大声が新鮮だった。他にどんな表情があるのだろう?是非とも見せて貰いたい。


「しっ、仕方ないでしょ! いきなりそんな事言うから…」


「で、どうかな?」


「だ、駄目だよ私なんか連れて歩いたら! 神田さんにも悪いし……」


「? あぁ。そう言う事か。小春と俺は付き合ってないよ」


「……えぇ? そうなの? だって皆が……」


「小春が告白されるのを嫌がってね。何度か彼氏役をしただけで、そう言う関係じゃないんだ」


 この誤解はわりとされている。付き合っていると思っていた、なんて事は何度言われたか分からないが、全くそんな事実はない。


「そうだったんだ……あっ! ご、ゴメン勝手にそんな」


「良いよ、そう思われても仕方ない事やった訳だし。……で、付き合ってないんだしオッケーって事かな?」


「いやいやいやいや! そうじゃなくてね」


「……俺と一緒には居たくない?」


「ち、違う違うよ! そうじゃなくて……私みたいな地味で陰気な女なんて連れてたら迷惑だろうから……」


「なんだ、そんな事気にしてたのか。俺は全然気にしないよそんな事」


「いや、でも、クラスの誰かに見られたら葉山君が笑われちゃうよ……」


「そんなの気にしなくて良いって! 俺が誘ってるんだから」


 これは結構厳しいだろうか。出来れば今よりも仲良くなる機会は出来るだけ増やしたいのだが……ちょっとした壁があるのだ。

 少し前に彼女に言われた事がある。学校で俺と一緒にいる所を他人に見られると、目立つから困るらしい。だからこうして2人しかいない時間に会って居るが、それだけでは少々物足りない。


「で、でも……」


「やっぱり佐々木さん俺と居るの嫌なの?」


「そんな事ないよ!」


「じゃあ行こうよ。あ、連絡先交換しないと面倒だよね」


 こうして俺は多少強引ではあるものの、彼女と出掛ける約束と連絡先を手に入れたのだった。

 少し前に彼女と交わした約束を利用するみたいで、卑怯な事をしている様な気もしたが、こう言うのは勢いも大事だと思う。俺はもう少し彼女にお近づきになりたかったんだ。





 ここから始まる。特にこれと言って波風が立つ事も無く、引き立て役のライバルも負けヒロインもこの2人の物語には登場しない。

 これは、今もどこかで起きているかも知れない、そんな普通の恋物語だ。

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