Ep3

第1話 三度目の幼女

鈴音はポツンと一人佇んでいた。

臨時パーティでのダンジョン探索を終え、清算も済ませて、後は帰るだけなのだがなんとなくダンジョンエリアに残っている。

ダンジョンエリアとは、ダンジョン出入口周囲の壁で囲まれたエリアのことだ。

此処はダンジョン内と同じようにレベルによる恩恵が発生する特異な場所。

だから、レベルによって強化された鈴音の感覚には直感めいたものがあったのかもしれない。

実際、その直感は正しかった。

ポータルエリアに魔力反応。

淡い光が溢れるとやがてヒトガタを作る。

光が消えると、そこにはローブを着た背の低い女の子が出現していた。

周囲のプレイヤーやダンジョン職員の視線が女の子へ集まる。

だがしかし、それらの視線はすぐに元の位置へと戻っていった。

まるでそれが当たり前の光景であるように――


意識をしっかりと向けていなければ簡単に見過ごしてしまうほどにその女の子は希薄だったのだ。


では、どうして鈴音がその女の子を認識し続けていられるかと言えば、それは冒頭の直感めいたもの――というのは、嘘である。

いや、1割くらいはあったのかもしれないが……。

ネタ晴らしをすれば、ダンジョン配信中、視聴者からの情報で座敷童みのりが同じダンジョンにいるかもしれないという情報を得ていたからだ。


つまり、出待ちだった。


幻惑ローブの効果というのは本当に凄いもので、一瞬でも意識を逸らすと簡単に意識の外側へ逃げられてしまう。

そうなると、再認識するのは結構大変だ。

雑踏にまぎれられようものなら見つけ出すのは不可能に近い。


鈴音はキュッと手を握って女の子へ声を掛ける。


「こんにちは。みのりちゃん」

「……?」


フードの下から覗く赤銅色の瞳と鈴音の瞳が交差する。


「……?」


鈴音に声を掛けられたのが意外だったのか、みのりは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でポカンと口を開けていた。

そのままキョロキョロと辺りを見回して、もう一度鈴音の顔を見つめ返すみのり。


「え?」

「え?」


みのりの口から零れた疑問符に、同じく疑問符で返してしまう鈴音。


(――あれ? もしかして私忘れられてしまったのでしょうか?)


ちょっと悲しくなる鈴音。

しかし、それは鈴音の勘違いだ。

みのりは幻惑ローブを装備しているのに鈴音が声を掛けてきたことが予想外過ぎて、表情通り混乱していただけなのだった。

勿論、鈴音は知らないが。


――暫しの沈黙。


「あ、あの……。みのりちゃん?」


恐る恐る声を掛ける鈴音。


「あぁー。す、すみません。鈴音さん。こんにちは」


今度は挨拶が返ってくる。

名前を呼ばれてホッとする鈴音。


「すみません。まさか声を掛けられるとは思っていなくて」

「あー。幻惑ローブは違和感を消す効果が強いとはいえ、その人を知っている側から見ると人避けの効果って余りないので」


半分は本当で半分は嘘である。

出待ち且つ意識を集中していたから見逃さなかっただけである。

そうでなければ普通に見過ごしている。


「なるほど。鈴音さんとは三度目ですもんね」


納得したのか、ポンと手を打つみのり。

その無邪気な表情を見て、出待ちをしていた事に後ろめたさを覚える鈴音。


「みのりちゃん。今日はもう上がりですか?」

「はい。清算したら後は帰るだけですね」

「それなら先日のお礼も兼ねてお茶でもいかがでしょうか?」


鈴音のお誘いに首を傾げるみのり。


「ええと。お礼をされるようなことはしていないと思いますけど……」

「いいえ。水族館ダンジョンでも動物園ダンジョンでも窮地を救っていただきました。だからちゃんとお礼をさせてください」

「いや。あれはただのお節介というか……。どちらも本当に偶然というか……」


これはみのりの嘘である。

水族館ダンジョンではモンハウにプレイヤーが居ることをしっかりと認識していたし、動物園ダンジョンでも負傷しただろうプレイヤーがボスフロアに居ることを考慮して加勢していたのだ。

まぁ、それがどちらも鈴音だったというのは偶然だったのだが。


「それでも、きちんとお礼がしたいのです。させてはいただけませんか?」


悩むみのりへ鈴音はしっかりとした言葉で告げる。

ちなみに、みのりが悩んでいるのはお茶に行ったら、帰った後で夕飯を食べられるかな? ということである。

いつもの習慣で自宅を出る前に夕飯の支度もしてきたので、残すのも勿体無いと思ってしまったからだ。

TS以降は小食になったから余計である。


「駄目でしょうか?」

「あ、いえ。大丈夫です。はい」


押しに弱いみのりであった。


「では、清算してきますのでちょっと待ってもらって良いでしょうか?」

「はい。承知しました」


タタタッ。とアイテム買取所へ駆けて行くみのり。

その後ろ姿は本当に小さな女の子だった。

幻惑ローブが無かったら違和感しかないだろうその姿。


(かわいい……)


ふと、鈴音の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。

結那の同類に片足を突っ込んだ瞬間であった。


(――なんというか、見ていると私の中の何かが刺激されるような気がします)


みのりの後ろ姿を見て、鈴音の内に湧き上がる不思議な感情。

どうやら結那と同じ沼へ沈んでいくのはほぼ確定事項のようだ。


「お待たせしました」

「実はこの近くに友人とよく行く喫茶店がありまして。珈琲も紅茶もどちらもお勧めなのです」

「甘めのとかありますかね? 苦いのはちょっと駄目なので……」

「あ、そうですよね。ココアとか甘めのカフェオレもありますからお勧めです」

「それは楽しみです」


ニッコリ微笑むみのりに、ドキッとしてしまう鈴音であった。


――二人が出会って以降、みのりの存在は座敷童というネット上の都市伝説めいたモノから徐々に現実へとシフトし始めていた。

とは言え、みのりを捉えた映像は傍から見ればフェイクと見紛みまごうばかりのおかしな物ばかり。

更に幻惑ローブの効果も合わさって虚構と現実の割合としてはまだまだ前者が勝っている。

ただ、助けられたプレイヤーが多く存在しているのも事実で、いずれはこのバランスも逆転していくのだろう。


なお、当のみのりはそんなこと何一つ考えてはいない。

おそらく問題になったら考えればいいかなくらいの認識でしかなかったのだ。

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