親の見てないところで

いととふゆ

反動

 ささくれができたら引っ張って取っちゃだめ。爪切りで根本を切りな。手を洗ったらハンドクリームつけなね。


 小学生の頃、ささくれを無理やり引っ張ってはがし、血が出てしまった時、母親に言われた。


 今でも、ささくれを見つけるたびに思い出す母の言葉。


 その言いつけを守っている。基本的には。


 私は大学進学をきっかけに上京し、実家を離れて一人暮らしをしていた。

 大学卒業後、ドラッグストアに勤務して三年目の頃の話だ。


 本気でダイエットをしようと思った。好きな人ができて、その人が痩せていたから。それだけの理由。

 それまでも痩せたいと思っていたことはあったけど、続いた試しがない。

 今回も結局、続かないのでは、と感じていたが、結果五キロ痩せた。

 効果的と感じたのは、ランニングと食事制限。

 最初はゆるくやっていたが、痩せ始めると嬉しくなってエスカレートしていった。

 ランニング中は止まったら脂肪が燃焼しない、意味がなくなる、と思い込み、赤信号はその場で足踏みをしていた。

 店が21時閉店で、その後レジ締めなんかをやって家に着くのは早くても22時半。

 それまでは、それから夕飯を食べて、お風呂に入って寝ていたが、それでは痩せられないと思い、夕方にとる二回目の休憩の時に食べるようにした。主にコンビニのサラダと栄養機能食品のビスケット。帰宅後は何も食べなかった。

 間食は絶対しない。買い物をするときは、必ず商品の裏のカロリー表示を見ていた。

 帰りの電車でミルクケーキ(固い板状のお菓子)をかじっていた女性見たとき、こんな時間にお菓子を食べるなんて! 自己管理できていない、と怒りに似た気持ちを抱いた。

 自分は優越感を持ち、ダイエットは続けられる、それほど辛くないと思っていた。


 だけど、痩せたところで好きな人には相手にされない。

 パートの女性に「痩せたね!」と言われたから見た目は変わっているはずだけど……。

 連絡先が交換できても、なんらかのやり取りをするほどの仲にもなれていない。


 ある日、もうこれだけ痩せたんだから、少しなら大丈夫と思い、好きだった菓子パンを食べた。

 それがめちゃくちゃおいしくて、びっくりした。感動した。

 それから、ダイエットを続けつつも、たまには好きなもの、主に菓子パンを食べようと思った。

 

 でも、食べ出すと止まらない。もっともっと食べたくなる。甘いものばかり欲するようになり、我慢できずに食べる。

 そうして体重は増えていき、まずいな、と思いつつもやめられない。帰りの電車の中でも人の目を気にしながらポテトチップスを食べる時もあった。

 やはり、ダイエットでストレスはたまっていた。反動がすごい。

 こうなると常に頭の中は食べることしか考えられなくなった。

 通勤中には、駅のホームの自販機をじっと見てしまったり、電車の中で他人のカバンについているドーナツ(ピンクのチョコレートにカラフルなあれが散りばめられている)のキーホルダーから目が離せなくなったりした。


 仕事で嫌なことがあると。好きな人のことを考えると。食べずにはいられなかった。

(続く)

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