婚約破棄ですか? 皆さんにお伺いいたしましょう!
uribou
第1話
「ギネヴィア・アッツ男爵令嬢! 僕は婚約破棄する! 君を!」
むかっ。
偉そうに私を婚約破棄することを宣言したのは、バーナビー・ハーディング伯爵令息(凡人)だ。
私が覚えた感情、それは驚きでも悲しみでもなく、ムカつき。
穏便な話し合いによる婚約解消を選ばず、わざわざ公開婚約破棄を選択したのは何故だ?
何故学校の朝のホームルームなどという、地味な時間にした?
何故昨日習ったばっかりの倒置法を使った?
ああもう、バーナビー様は凡人のクセに、あんな得意げな顔をしているのが気に入らない。
私という婚約者がありながら、しかもモテない分際で抱きかかえているのはメーガン・フランク子爵令嬢だ。
「僕はメーガン・フランク子爵令嬢を婚約者とする! 新たに!」
だからその倒置法やめろ。
復習していますアピールか。
あっ、親友のリアナがハラハラしているな。
リアナは優しいいい子なので、心配させてはいけない。
少し冷静になれた。
男爵の娘である私を切り捨てて子爵令嬢を婚約者とする。
一見ありのように思えるけど、ハーディング伯爵家が期待しているのは富裕なうちアッツ男爵家の持参金じゃなかったっけ?
格上の伯爵様に頼み込まれたからの婚約なんだけど。
……これ多分伯爵様の意思は入ってないな。
バーナビー様よ。
後でたっぷりこってり伯爵に叱られろ。
燃え尽きた灰になってしまえ。
さて、メーガン様か。
色っぽい方ではあるけど、成績は私の方がいい。
性格でも圧勝だろう。
何故なら私は『いい性格してる』としょっちゅう言われるくらいだからだ。
交友関係も友達の多い私の方が広いはず。
家格が低いながら級長を任される私は、それなりに認められていると思う。
負けているのは実家の格と胸の大きさくらいだ。
反撃開始!
「納得いきませんね」
「おお?」
どうしたらいいかとアタフタしている先生を目で制す。
私に時間をください。
これも勉強。
貴族ともなればトラブルに対処する術も身につけておくべきだから。
「まず、婚約破棄については了承いたしましょう」
「えっ……婚約破棄となればそれが全てではないか」
「慰謝料をいただけるならば」
バーナビー様の顔が引きつった。
ハーディング伯爵家の経営が苦しいことに、今更ながら思い当たったらしい。
おバカさんめ。
「皆さんにお伺いいたしましょう! バーナビー様が慰謝料を払うのは妥当であると思う方、挙手してください」
ほら、全員の手が上がっているではないか。
「し、しかし、ギネヴィアも悪いではないか!」
「私の何が至らなかったでしょうか?」
「メーガン嬢を虐めていたろう!」
「えっ?」
意表を突かれた。
おかしな理屈を持ち出してきたぞ?
ジロリとメーガン様を睨んだら、慌てて首を左右に振った。
メーガン様の入れ知恵ではないらしい。
調子に乗ってバーナビー様が続ける。
「それにギネヴィアは級長の仕事が忙しいと、僕を蔑ろにしたじゃないか。僕は寂しかったのだ!」
「ほう、では私はバーナビー様を蔑ろにするほど仕事に忙殺されていながら、一方でメーガン様に意地悪する時間はあったと。そう仰るのですね?」
「えっ?」
考えもせずに喋るから論理が破綻するのだ。
「皆さんにお伺いいたしましょう! 級長の仕事は激務です。プライベートも大事だが、しかし級長の仕事を優先すべきであると考える方、挙手してください」
全員挙手。
「皆さんにお伺いいたしましょう! 私がメーガン様を虐めていたとの、バーナビー様の発言がありました。その証拠なりメーガン様の証言なりに心当たりのある方、挙手してください」
メーガン様含めて誰も挙手しない。
「皆さんにお伺いいたしましょう! 公平に考えてバーナビー様の発言内容は信用に値しないと思われる方、挙手してください」
全員挙手。
愕然とするバーナビー様。
「そ、そんな……」
「バーナビー様、これが世の評価というものです」
皆様が頷いていらっしゃる。
メーガン様が青い顔をしていらっしゃるが、バーナビー様の片棒を担いだのだ。
そこで反省してろ。
吠えるバーナビー様。
「ぎ、ギネヴィアは僕を笑いものにしようというのか! 今度は!」
「はあ?」
淑女らしくない声が漏れてしまった。
公開婚約破棄などという手段を選んだのはバーナビー様ではないか。
やられる覚悟のないやつがやってはいけないと、誰かが言った。
どうでもいいけど、倒置法はやめろ。
「皆さんにお伺いいたしましょう! 公開婚約破棄する意味はなく、婚約解消の話し合いでよかったではないかと考える方、挙手してください」
全員挙手。
「皆さんにお伺いいたしましょう! 公開婚約破棄した分際で女々しい文句を言うのは紳士ではないと感じる方、挙手してください」
全員挙手。
「皆さんにお伺いいたしましょう! 公開婚約破棄するならもっと目立つ場で行うべきではないか。エンターテインメント舐めてるのかと思う方、挙手してください」
全員挙手。
「皆さんにお伺いいたしましょう! バーナビー様の仰ることは勝手過ぎる。モブはすっこんでろと考える方、挙手してください」
モブ? という声が聞こえたけれども全員挙手。
パーフェクトゲームだ。
バーナビー様は震えながら崩れ落ちているが、先生が無慈悲に声をかける。
「騒ぎを引き起こし授業を妨害したバーナビー君は、後で職員室に来るように」
◇
――――――――――ギネヴィアの親友、リアナ・マットン男爵令嬢視点。
「どこへ行っても婚約破棄の話題ばっかりなのですわ。疲れちゃった」
今日はギネヴィアを我が家に招待して、二人だけのお茶会です。
先日バーナビー様に婚約破棄された光景は衝撃的でした。
もしわたしが当事者だったらどうしていいかわからず、オロオロするばかりだったと思います。
ギネヴィアはしっかり返り討ちにしましたからね。
婚約破棄を予想していたわけじゃないでしょうに。
やっぱりギネヴィアはすごいわ。
「今日はありがとう」
「どうしたの、急に」
「私がうんざりしていると思って、ゆっくりできる場を用意してくれたのでしょう?」
当たりです。
少しでも寛げますように。
微笑みだけを返します。
「リアナは優しいわ」
「でも後始末も大変だったのでしょう?」
家同士の契約がなくなったのですものね。
揉めたりしなかったかしら?
「いえ、どの道取り返しのつかないことでしょう? 父も伯爵様も、もう粛々と話を進めるだけだったわ。私も随分バーナビー様をやり込めちゃったから慰謝料は減額でって口添えしたら、すぐ話がまとまったの」
「ああ、よかったわね」
元々ギネヴィアはバーナビー様を好いてはいませんでした。
格上のハーディング伯爵家から持ち込まれた話だったので断れなかった、と聞いています。
「バーナビー様はその後どうされたのかしら? 例の日以来ずっと学校もお休みしていますけれど」
「……伯爵様に質問されたのですよ」
「何をです?」
「どこか適当な鉱山を知らないかと」
えっ?
それはまさか、バーナビー様を鉱山送りに?
鉱山送りって、最悪の刑罰と言われているものですよね?
伯爵様がアッツ男爵家との結びつきを重視していたことは理解できますけれども!
「冗談だと仰っていましたけれどもね。今は登校できる顔ではないそうで」
「相当厳しい体罰を?」
「だと思います」
「安心しました」
伯爵様は優秀なギネヴィアのことを、とても買っていらしたはず。
でもギネヴィアにバーナビー様は合ってなかったと思います。
何故なら……。
「……バーナビー様は何というか、普通の方ですよね」
才能豊かでキラキラしているギネヴィアには相応しくないわ。
「そうなの!」
「ギネヴィアも普通の方だと思ってたのね?」
「自分の婚約者のことを悪くは言えなかったけど」
気遣いはさすがです。
バーナビー様ももったいないことをしましたねえ。
ギネヴィアは頭もいいし品もあるし、何より実行力があって素敵ですのに。
「凡人のクセに、婚約破棄したったぞ、どや! みたいな顔してるから頭にきちゃって」
「えっ?」
「私をダシに主人公面しようとしたわけでしょ? 許せないわ」
「……最後の『モブはすっこんでろ』というのは?」
「恥ずかしいわ。つい本音が漏れちゃったの」
ま、まあギネヴィアはアグレッシブな面がありますものね。
淑女らしくないとも言えましょうが、長所でもありますし。
どこにやる気スイッチがあるのかは、付き合いの長い私でもわかりかねますけれども。
「ギネヴィアったら。でも全然堪えていないようでよかったわ」
「……全然、というわけではないのだけれど」
「そうなの?」
バーナビー様に未練があったの?
「いえ、両親がガッカリしていましたから」
「ああ」
格上の伯爵家からのお話がパー。
そして傷物令嬢と言われてしまうこと。
……考えてみれば状況は深刻ですね。
「でもすぐに婚約の申し込みをいただいたのです」
「何だ、よかったじゃないですか」
「お父様もお母様も元気を取り戻して。まったく現金なのですから」
「ねえ、どなたから話をいただいたの?」
これはわたしも興味がありますね。
「複数来たのですけれど、結論としてはエイブラム様の話を受けようと思うの」
「エイブラム様って……」
オークショット侯爵家の?
いくつか縁談が来たこともすごいですけれども、ハーディング伯爵家よりもさらに格上の家からなんてすごい!
やっぱりギネヴィアはあちこちで評価されているのね。
「おめでとう。でもわかるわ」
「何が?」
「エイブラム様がギネヴィアを望んだということが」
級長は身分の高い貴族の令息令嬢が命じられるものです。
でもエイブラム様が級長になった時、女子の級長にギネヴィアを指名したではありませんか。
ギネヴィアのリーダーシップを評価してのことだと思っていましたが、エイブラム様はギネヴィアのことを気になさっていたからなのですね。
「でも侯爵家に望まれるなんて、恐れ多いわ」
「あら、ギネヴィアがそんな遠慮をするなんて」
アハハと笑い合います。
すっかり疲れも抜けて、未来に思考を向ける余裕ができてきたでしょうか?
ギネヴィアは自慢の友人。
できる人だから格上のオークショット侯爵家からの引きがあるのです。
ギネヴィアはもう一つ自分のことをわかっていないようですけれど。
「私のことばっかりじゃない。リアナの方こそどうなのよ?」
「わたし……は跡継ぎだから」
マットン男爵家には娘二人。
長女のわたしが家を継ぐことになるでしょう。
お父様も検討しているようですけれども、もう一つうまい相手が見つからないようです。
どうなるのかしら?
「人任せにしていないで、自分で行動してはどうかしら? 私も経験から言わせてもらうけれども」
「……せっかく探してもらっても、相手が自分と合わないことはありますものね」
バーナビー様とギネヴィアのように。
「リアナは私と違って選べる立場よ? 次男三男を選び放題じゃないの」
「そ、そうね」
「結ぶことでマットン男爵家に利があって、かつリアナと気の合う人ならばいいのでしょう?」
「その通りですけれども」
「簡単じゃないですか。リアナは可愛いし優しいから、いくらでも候補がいますわ」
「え? ええと……」
「早く動かないといけませんわ。令息方も売れてしまいますからね。まず候補をリストアップしましょう!」
あれえ?
ギネヴィアのスイッチが入ってしまいましたわ。
目がキラキラしているではありませんか。
本当にどこにやる気スイッチがあるのかわかりませんわ。
級長として皆をまとめている時もそうなのです。
まったくこの友人は、自分のことより他人の世話を焼くことに熱心なのですから。
きっとエイブラム様も、ギネヴィアの面倒見のいいところに惹かれたのに違いないですわ。
エイブラム様との仲が良好であることを祈っておきます。
婚約破棄ですか? 皆さんにお伺いいたしましょう! uribou @asobigokoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。