陰キャな僕だけが姫と呼ばれる彼女の本当の姿を知っている

なかむらみず

姫は今日も僕を誘う


 僕のクラスには姫がいる。


「高嶺の花ってあーいうのを言うんだろうな……」


 どこからか聞こえた言葉。それが誰に向けられたものかは、確認しなくたって分かる。


 姫川ひめかわ、愛称『ヒメ』。このクラスで高嶺だなどと言われるのは彼女くらいだと僕は認識している。

 艶がある背中までの黒髪。

 身長は高い方で150後半くらい。肉付きはあまり良くな……、ウゥン。いや僕たちは中学生、発展途上なんだ。だから当然ながら、体のパーツに特筆すべき点はない。

 目を惹くのは容姿だ。真っ白な肌に影を作る長い睫毛。大きな瞳はまるでハイライト搭載しているのかキラキラしていて。スッと通った鼻筋、小ぶりな鼻頭。唇は天然の赤みがほんのりと。


 しかし聞きたいね、どこら辺が高嶺の花だと思うのか。

 単純に顔の造りだけで言っているのなら、それはあまりに高嶺をナメているのではと僕は思う。


「なんか雰囲気あるよなー、ヒメ」

「分かるわー、気安くはいけん」

「高校生の彼氏いるらしいよ」

「あの落ち着きは年上と色々済ませてるからかー」

「脚エロい」


 ほおら、この程度の形容しか出てこない。

 それであれを高嶺の花と崇めるとは。

 僕からすれば寧ろ、そうだな。そこら辺に咲いてるタンポポとか……


 と、前に座る女子が振り返る。


深山みやまくん、日直だよね? 黒板」

「あっ……う、うん」


 突然声をかけられて動揺してしまった。ギギと椅子の足を引きずる音に混ぜて咳払いする。

 別に動揺を誤魔化すためのものじゃない。タイミングが悪いんだ、まじでちょっと喉がイガイガしただけだから。


「深山くんってさ女子意識し過ぎじゃない?」

「分かる。今も声裏返ってたし。どうする? 今ので好きになられたら~」

「え、無理」


 うるさい、聞こえてんだよ。

 こんなことくらいで好きになるわけないだろ、僕の大事な初恋はそんなお手軽じゃないんだ。

 それに今のは意識云々とかってんじゃない、突然だったからであって、毎回あぁなるわけでは。


「あれ、ひとりで消してんじゃん」

「相方休みだっけ」

「ガンバレー」


 黒板を消す背中に声が飛んできた。僕と同じ列、一番前の席に集まる女子のグループだ。

 もちろん振り返りはしないし答えたりもしない。あれは応援とかではなく、あの輪の中だけで成立しているものだからな。僕は関与しない。


 うちのクラスで目立っているこのグループ。

 中学二年、僕と同じ年のはずなのに妙に大人びているメンツがちらほら。化粧してんじゃないかと思うのもいる。あんまりまじまじと顔を見たことがないから分かんないけど。でもなんか、自然発生ではない香りとかするし。

 それに何より――姫、がいるグループ。


 ちょっとだけ、嫌な予感がした。


「……っ!」

「私こっちやるね」


 あああああやっぱりだ。予感的中だ。右側に立って黒板消しを手にしているのは……姫川。


「い、いいい……いい、よ」

「めっちゃ『い』連呼するじゃん、そんなに遠慮しなくても」

「え、んりょ、とかじゃな、くて」

「ほら、ちゃっちゃと消しちゃお」

「……」


 うう……。こんなの絶対注目されてるよ。

 肩越しに教室を振り返ってみる。見える範囲は狭いけれどとりあえず誰も見ていなかった。

 あ、なるほどね? ふんふん、僕が振り返るのを予見したのか。なかなかやるじゃん?


 だけど安堵なんてできない。一息吐いてからの僕の動きは素早かった。

 少しでも早く一秒でも早くこの作業を終わらせなければ。


 上から下。ザッザッと消し進めて視界の端に影が映った。おっと、少々本気を出し過ぎたか。

 開始数秒(体感)で姫川の所まで到達するとは。


 下の方まで拭き拭きしながら喉を鳴らす。「後はやるから」そう言おうと口を開いた時だった。

「んー、もうちょいなのに。と、どか……」と聞こえて、言葉につられるように見上げれば、黒板の上の方に数式が取り残されていた。

 姫川の腕がプルプル震えている。捲っていた袖がゆっくり肘の方へ落ちてきて。


 ……ちょっと待って。


「ばっ」

「え?」


 バカ! と言いたかったのをぐっと飲みこむ。

 姫川と目線の高さが同じくらいになって、僕はちらちらと背後を確認した。

 見てない? 誰も見てないよな?


「そ、そっちは僕、消すから」

「なんで?」

「だって届かない、だろ」

「そっちもじゃん。私たち身長変わんないし」

「と、とにかく、いいから。下、お願いします」

「私が下消してる間に上消すの? 深山が? 無理くない? あ、肩車しろってこと?」


 腕を組んで妙に不満げに言われては、ちょっとむかっとした。

 だって姫川スカート短いじゃん。あんな背伸びしてたら、もしかしたら、もしかするんだぞ。


 でもそれを説明することはできなかった。どう言えばいいのか、浮かびもしない。スマートに伝える言葉が分からない。

 もごもごと口ごもる僕に姫川がため息を吐いた。


「分かったよー、あんま股間擦んないでね」

「は……!?」


 その場にしゃがむ姫川は明らかに肩車の準備に入っていて、思わず声が出る。

 幸い僕の声は教室に響かなかった。


「ほら、はよはよ」

「ち、違うから……! も、もう後はやる。ありがとうございました!」

「ええ?」


 答えを待たず文字を消していく。上から下、ちょっと雑なのは仕方ないさ。さっさと席に戻りたい。


「ねぇ、深山」

「……」


 はあああ、とでかいため息を床に落としたのは全て消し終えてから。

 姫川はしゃがんだまま、僕を見上げていた。大きな目がぱちぱち、意図せずだろうけど上目遣い。

 続く言葉はなんとなく予想できる。


「今夜、行ってもいい?」


 僕だけに聞こえる声で言って、姫川は僕をじっと見つめる。

 やっぱりだ。


「……ま、また?」

「ダメ?」

「じゃないけど……」


 俯くのは僕の基本姿勢だけど今それをしたら姫川の顔を視界に入れることになるから、だから僕は黒板に薄く残るチョークの痕跡を見つめた。

 でも分かる。今、僕を見上げている姫川は笑顔だと。



 ――クラスのみんなは知らない。

 僕らが学校以外で会っていることを。

 姫川の本当の顔を。


「ふふっ、ありがと。じゃまた夜に」


 この教室の中で僕だけが知っている。

















――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 思い付きで衝動的にぶわあああっと書いた。楽しかった。


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