魔王はささくれに苦しんでいます
鶴亀 誠
魔王はささくれに苦しんでいます
世にも恐ろしい姿で見るものすべてを恐怖のどん底に突き落とす。最強にして最恐。そんな魔王こと私にはある悩みがあった。
それは、ささくれ。人差し指の爪の横にできてしまったのだ。正直言ってかなり痛い。
もちろん、私が世間であることないこと色々噂されているのもかなりの悩みではある。まったく、本当に大切なのは外見ではなく中身だろう。しかし、今そんなことはどうでもいい。
まさか心身ともにケアを欠かさないこの私が、ささくれという初歩的なミスを犯すとは。
まったく、このささくれのせいで様々な業務に支障をきたす。何をやるにも痛くてたまらない。
ちなみにささくれは親不孝だとよく言われる。これは、親からもらった体を大事にしろという教訓だという説や、子どもが親の家事や仕事を手伝うのが当たり前だった時代、ささくれができるとそれが困難になり親の負担が増えたからだという説などがある。
やはり魔王たるもの頭脳も明晰でなければと、若い頃は人一倍勉強したのだ。努力して得た知識が身に付いているのは嬉しい。
そのとき、執事が入ってきた。
「魔王様、そろそろでございます」
そう、今日は勇者一行との決戦の日なのだ。なにもこんな、ささくれがある日に来なくてもと思うが、そうも言っていられない。
お気に入りのマントを羽織って大広間に向かう。その間にもささくれはズキズキと痛む。
大広間に着くと、既に勇者たちが来ていた。
「グワハハハ、よく来たな勇者よ。私こそが魔王。返り討ちにしてくれる!」
代々伝わる決まり文句をとりあえず言っておく。
そのとき、こちらを窺うように見ていた勇者が、つい無意識に口をついたというように言った。
「ささくれって魔族にもあんのか。痛そ…」
不覚にも新たな世界が開けた気がした。
「お前ら人類もささくれの苦しみを知っているのか!?」
つい聞いてしまった。そうせずにはいられなかった。
しかし、驚いているのは向こうも同じなようだ。
「魔王にささくれ…!?」
「嘘だろ!?」
「つーか普通に話しかけてきた…」
「ざわざわ…」
少しの間、私たちはどちらとも動かなかった。
やがて痺れを切らしたのか、勇者が口を開いた。
「おい魔王、戦う気はあるのか?」
ん?何を言っているんだ?私は少し困惑して聞き返す。
「お前たちが戦いに来たのだろう?」
すると今度は、勇者たちが訳が分からないというような顔をした。
「俺たちは魔王の恐怖から世界を救うためにここに来たんだ」
「は?私は別に誰にも何もしていないぞ?お前たちが勝手に来ているだけだろう?」
「は?」
しばらくの沈黙。
「ぷっ」
「ふふっ」
どちらからともなく笑い出した。
「ワハハハハ」
「あっはっはっ」
愉快だった。
「戦う理由などとうに忘れていたわ」
「なんだ、お互い勘違いでもしてたみたいだな」
「そういうものだから戦うと信じて、理由なんて深く考えてなかったよ」
皆、口々に言った。
そうだ、私たちにはもう戦う理由など無い。いつまで昔のしがらみにとらわれているのだ。
魔王はささくれに苦しんでいます 鶴亀 誠 @rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
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