第10話 竜が舞おりる
グルルルル……………!
俺は低く唸り声を上げつつ、ゆっくりと、ぼんやりと空を飛んでいた。
ちなみに先程の唸り声は日本語訳すると「ふんぎぃぃよぉぉぉぉぉおおぉおおっ!!」である。何言ってるかわからんと思うが、俺にもわからん。
まあ言葉の内容自体に大した意味があることではない。
誰でもこう、ものすごいやらかしをしてしまった日に、風呂場とか寝室とかで雄叫びをあげたくなるだろう?それと同じだ。
え、あげたことがない?やってみろ、気分がスッキシ!してトブぞ。
まあ、今の俺の気分は晴れないわけだが。
うん、またなんだ、すまない。
また人が犠牲になってしまった。
だが!だが、弁明をさせて欲しい!俺はやろうと、思って船をふっ飛ばした訳ではないのだ。
むしろ船を助けるつもりだった、その心だけは誠であり真実であると誓える!
確かに、あの
俺の
だから、ついつい調子にのって「いや、これヤバそう」と思って試すこともできなかった
勿論無罪放免を求めるわけではない、だが果たして俺のこの行動は本当に罪であるのか今一度考慮いただきたい!
……という、言い訳をつらつらと脳裏に浮かべながら、俺は嘆息する。
ちなみに、俺の脳内裁判所では裁判官が「諸々の事情を考慮し情状酌量した結果、死刑」と言い放っている。上訴は棄却。結審。当たり前だよなあ?終わり、閉廷。
しかし、本当にどうしよう。
やってしまったことは仕方がない、切り替えていくしかない……と考えたところで、俺は深く、先程よりも深くため息を吐く。
何が「仕方ない」だ。
本当に悪気があったわけじゃあないとはいえ、俺は再び人間を死なせてしまったのだぞ?先の都市での一件も含め、あまりに酷すぎるだろう、何人犠牲になったのか考えたくもない。
だというのに……やはりというべきか、俺の心はひどく落ち着いている。
人を殺めたという嫌悪感や自責の思いはあるはずなのだが、それを客観的に見ている「で、それがどんな問題なんだ?お前はドラゴンだろう?」という理性からの指摘が入るのだ。
あれだけ巨大なイカを鎧袖一触で討滅してみせたのだから、やはり間違いなく俺の能力はこの異世界でも最強だと確信していいだろう。
例えば王様とか教皇猊下から勅命を受けた
「いっそ好き放題すべきなんじゃあないか?お前にはそれが出来るし、力を授けた女神だってそれをするな、とは言っていなかったろ?」とドラゴンとしての
汝が為したいようになすがよい、って絶対に邪神とかの教えだろ。
はあ……頭がどうにかなりそうだ。
ドラゴンとして正しいかどうかじゃあない、俺は俺なんだ……と言い聞かせながら、俺は元の洞穴へと戻ってきていた。
グルルルル………
どうしようなあ……。
こう、戦うこと以外で何か、人間の役に立つことだとか、協力できることをしたい。
人間と関わらないでいると、絶対に、間違いなくドラゴンの
しかし役立つことかぁ……魔法的なものだと回復っぽいものくらいしか使えないが……それ以外は全部攻撃系ばっかりだ。
爆撃機を使って介護をしようって言ってるようなもんだよな。
……まあ……でも……使うようによっては、役にたてることもあるかも知れないな、うん。「バカでかい湖を作って欲しい」とかなら、40秒もあれば作っちゃうぞ。五大湖くらいの広さで。
……ああ、そういえば、この森の近くに村があったな、と思い出す。
場所や、ちらっと見た時に確認した家の形とか規模を鑑みると……多分だけれど、開拓村だろう。
今までは先に大きい都市とかを見てみたくてスルーしていたが……最寄りにある人間の集落なわけだし、今後もここに住むならば、関係を良くしたい。
いきなり訪れたら流石に驚かれる……だけならいいが、先の都市みたいに攻撃されるかもしれんし、まずはこっそりと様子をうかがって見るか。
俺は再び、洞穴から外へと飛び立った。村のあった方角は……ああ、こっちだこっち。
このドラゴンの身体になって以降、空を飛んでいても方角に迷ったことは一度もない。
鳩とかは磁場を感知して方角が解ると言うし、ドラゴンにもそういう器官が備わっているのかも知れん。
実際助かる。
この身体じゃあコンパスなんて持てないしな。
ゆっくりと飛び……それでも数十分とかからずに上空に到着する。
雲に隠れて、こっそりと様子をうかがうことにしよう。ここからなら、流石に手元にある本に書かれている文字までは見通せないが、男女とか顔に作りとか、何をしているのかくらいならばしっかりと見える。
さて、今は……おや?広間に人が集まっているのか?若い男に、女に……女は子供を抱いているようだ。赤ちゃんだろうか?
女は布に包んだ赤ん坊を抱きしめ、何かを訴えている……うーん、口が開閉しているのも見えるし、かなり切羽詰まった様子の表情も見えているんだが、声までは聞き取れないな。
読唇術なんて当然知らん。まあでも、穏やかな状況じゃあないのは解る。
赤ん坊がどうしたのか……?ん?顔が赤いな。赤ん坊って言うくらいだから、血色が良くて赤く見えるのは当然らしいんだが……いや、この顔色はきっとそういうレベルじゃあないんだろう。
ひょっとして病気か何かになって、治療をしようにも手の施しようがない、とかだろうか?
剣と魔法のファンタジー世界は服飾とか食事は近代に足突っ込んでるが、医療とか永生については中世前期くらいなのは鉄板だし。
治療か。
治療。
……おそらく、回復魔法ならば俺は1つだけ使える。
あの様子だともう手の施しようがないんだろう、それならば俺が試してみても良いかも知れない。
最悪、これが回復魔法などではなくて、治療できなくても……あるいは悪化してしまったのだとしても、手遅れの赤ん坊が命を落とすだけだ、誰も困らない……。
そこまで考えて、俺はハッと目を開く。
何だよそれ、何が「誰も困らない」だ。
悪化させたのならそれは、俺がやった事だろう?
他に方法がないならば一か八か試すべきという点は解るが……その結果を切り捨てるのは、それは俺の考えじゃあない。
村に向かって降り立とうとして……しかし、身体は動かなかった。
……大丈夫だろうか?
本当に大丈夫だろうか?
またこの村でも、怖がられて逃げられたり、攻撃されたりするんじゃあないだろうか?
俺に怯えて皆で村を捨てて逃げよう!って展開になったりしないだろうか……。
もし、それを無事クリアできたとしても、俺は本当にあの赤ちゃんを助けられるだろうか?
回復魔法だと思っていた魔法が実は内部から破壊する系のやっぱり攻撃魔法だったりしないだろうか?
その場合俺はどうすればいいんだ、この身体じゃあ詫びる為に土下座することすらできないんだ。
俺は悩む。
今まで散々やってしまっている。
善意でやろうとした事も裏目に出ている。
人間との関わりを持つにしても最小限にするならば、リスクのある行動は慎むべき……。
そこまで考えて、親子の様子を見る。
父親らしい男は沈痛な表情を浮かべて俯き、しかしその手は握りしめられている。
母親であろう女はなりふり構わずに喚き泣き慟哭している。
そして赤ん坊は、顔を赤くし、泣くこともなくぐったりしていて、もう傍から見ても無事じゃあないと解る。
このまま放っておけば、きっと死ぬんだろう。
俺は目をつむり、その場を旋回して。
ゆっくりと降りる。
急いで行ってはダメだ、びっくりさせてしまう。
静かに、静かに、出来る限りに自分の凶暴そうな要素を押し止めて。
助けたいんだ。
だから、助けよう。
それが、俺の思いなんだから。
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