第6話 司書は侍女として会議に出る
エーデルシュタイン公国から勅使が到着したという知らせが入る。大公殿下が中心となって結ばれた通商条約の細かい見直しを最近行ったのだが、その折りにあちらの第三公女と我が国の第二王子との婚約を打診されたのだ。勅使殿もあまりに唐突なんですが、と言ったほど唐突だった。あちらの宰相が押し付けるように第三公女の輿入れを提案するようにと言われたとのこと。どうやら何か問題がありそうだと、その調査の為にジョスランが潜入していたのだ。
ファルファッラ夫人宅に潜入してから暫く経ったある日、私は<司書> の仕事として、<図書館> 理事室に呼ばれていた。侍女仕様で来いとの命を受けたので、王宮の侍女のお仕着せを着て、<司書> 用の琥珀のピアスで、ありふれたライトブラウンの髪と琥珀の瞳となった。因みに侍女の時は名を“シア”と名乗っている。
部屋に入ると、既に大公殿下以下、宰相マルゴワール公爵閣下、秘書官で養父のプロスト子爵、内政担当大臣ヴェリンガー伯爵、外交担当大臣リースマン侯爵、フェリクス先輩、ジョスラン、それにユーグ様もいらした。私が一番遅かったらしい。一応小声で、遅れまして申し訳ございませんと謝罪する。
「構わないよ、シア。いろいろ支度があっただろう? 急に呼び出したのはこちらだからね」
大公殿下に労っていただいた。それを皮切りにして次のミッションの為の話し合いになっていく。
「ジョスラン、エーデルシュタイン公国で見聞きしてきた内容を頼む。報告書としては読んだが、ここには部外者もいるのでね、改めて説明を」
「はい、承知しました」
ジョスランは立ち上がって殿下たちに一礼した。
「まず、既に皆さんご存じの通り、先月あちらの公妃殿下が崩御されました。ですが、不思議なことにそれほど話題にもならず、既に静かに葬られています。一国の公妃様の扱いとしてはちょっと考えられないことです。この辺りをちょっと探ってきました」
曰く、エーデルシュタイン公と公妃は永らく冷え切った関係だったらしい。二人の間には四人の子どもがいる。公子が一人に公女が三人。四人とも正式に公妃の子どもだ。しかし末の第三公女は明らかに違う髪色と特徴的な瞳を持っているという。
「直に見たわけじゃないですが、これは公然の秘密のようですね。上の三人は公家の黒髪に鋼色の瞳なのに、金髪でヘテロクロミアですよ。珍しくも」
「ヘテ、……何?」思わず私は聞き返していた。
「ヘテロクロミア。左右の瞳の色が違うんだ。第三公女殿下は、右が茶色で左が金の瞳だそうだ。ただでさえ、左右の色が違うことで違和感を持たれるのに、その上、金の瞳を持つ者は忌避される。土着の不吉な昔話があるらしい」
「亡くなられた公妃殿下の色ではないのか?」
「公妃殿下は茶髪にこげ茶の瞳です。基本的に公家の黒が優勢遺伝するそうですよ。だから」
「父親が公王ではない、ということだな」
「ですです。一目で浮気がバレバレですね」
そこに居たお偉方が一斉にジョスランに向かって目を眇めている。言い方、よ。不敬だと切って捨てられるよ。
「そんな訳で、ほぼ閉じ込められて育てられた、正真正銘、深窓の姫君ですよ。外に出る時は、瞳を見せないように顔をヴェールで覆っていたようです。それでも公妃である母親が生きている間はそれなりに大事にして貰えていたみたいですが、亡くなられたことで邪魔になった、みたいな?」
「……そんな、箱入り娘をどうして我が国へ輿入れさせようとしてるんだ?」
「要するに、厄介払いなんじゃないですか」
存在そのものが公妃の不貞の証拠と言える第三公女を、父親であるエーデルシュタイン公が意図的に遠ざけようとしているのか。公妃を真実愛していたとしたら、それは辛いことだったろう、可愛さ余って憎さ百倍ってやつかも知れない。愛するが故に憎むようになったとしても、想像に難くない。
「視界に入れたくない、という気持ちだとしても不思議じゃないですよ」
「それはそうだろうが、露骨だな」
「あちらは今、蒸気機関車に力を入れていて、我が国の石炭を当てにしています。自分とこじゃ賄えなくなってきているのかもしれません。石炭の輸出量を増やして欲しいようで、この際目障りな姫君をこちらへ輿入れさせて関係性を深めたいというのが本音かな」
我がヴァイセブルクには埋蔵量が豊富な石炭がある。自国の消費量は今のところ大したことはないので、輸出して稼げるならそれに越したことはない。それは望むところなのだろう、ヴェリンガー伯爵ががうんうん頷いている。
「その蒸気機関車を我が国へも延伸していただけるならば、輸出量は格段に増やせます」
「していただく、では駄目だ。こちらで敷設出来るよう考えないと、全てをあちらに握られてしまうぞ」
「この際、人手を出して技術供与してもらうか?」
「供与、か。協力とはいかないのだな」
「殿下、残念ながら技術力ではこちらが完全に後追いの形なのです」
「エーデルシュタイン公国は自国で開発しているのか?」
「どうやらアジーラ国からの支援があるようですね。何せ聖石が豊富に採れるのですから」
それを聞いて皆して押し黙ってしまった。謎多き海の彼方のアジーラ国が絡むと一気にややこしくなる。
「フェリクス、うちの技術者たちの実力をお前はどう見る?」
「西の大国ゾンネスフェルトに学んだ者たちが頑張ってはいますが、アジーラには完敗ですね」
そういうフェリクス先輩自身もゾンネスフェルト国に一時留学していた筈だ。そうして<図書館> の技術者として働いている。
「まあ、他所を羨むのは止めておこう。それよりも、公女を受け入れるかどうかだな」
「関係性を深めておくというのは願ってもないことですな。これからも聖石の輸入はせねばなりませんし、聖石の力の充填の窓口のこともあります。その蒸気機関車のことを考えても、です。ただ、……リシャール殿下がどう思われるか」
「今のところ婚約者もいないのだから、候補としておけば宜しいのでは」
「ふむ。それが妥当か」
こういう風にして王族や高位貴族たちの政略結婚が決められていくのね。好きでもないどころか会ったことも無いのに、私だったらまっぴらごめんだ。
「しかしそのような公王に厭われた公女でも我が国の利に結びつきますかね」
「公妃の御子というのは確かですよ。厭われていようが公女様は公女様ですから。……本当の父親については全く掴めませんでした。十六年前のことなので探るのは難しい」
ジョスランが顔を顰めた。探り切れなかったのが悔しかったらしい。
「父親のことは置いといて、私としては公女殿下を歓迎してあげたいと思っている」
「大公殿下、それでは石炭の輸出増加に賛成なさると?」
ヴェリンガー伯爵が声をあげた。他にもいろいろ石炭の使い道を探っているのかもしれない。
「可哀想じゃないか。母親を亡くして後ろ盾がない。ジョスランによると何度か命を狙われたこともあったようだし。たった十五歳のお姫様だ、庇護されるべきだろう」
「……聖石の力の充填をエーデルシュタインに頼り切りなのも考えものです。なんとか、アジーラと直接取引出来ませんか」
「そこら辺りも含めて詰めようじゃないか。輿入れの時期も決めなきゃならんし、……そうそう、ユーグとシアには輿入れに当たって警護を勤めて欲しい。出来れば向こうまで出迎えに行って貰いたいと考えている」
それには外交担当大臣のリースマン侯爵が渋い顔をした。
「殿下、彼の国は輿入れの準備だとしても騎士団の侵入を嫌がりますよ。出来て、国境での受け渡しです」
「そこは貴殿の交渉力に期待したいのだがな」
「お任せ下さいとは、言えませんな。あちらの公王様は気難しい方だ、他国の介入をとにかく厭われる」
その時軽やかに扉を叩く音がした。部屋付きの侍従が扉を押し開けると、そこには見事な白金の髪をさらりと流し、好奇心溢れる紅い瞳の人物の姿があった。黒の軍装だというのに首元を寛げて着崩し、長剣を杖代わりに身体を凭せ掛けて、見栄えのするポーズを取っている。
「や、叔母上様。参上しましたよ」
「来たか、リシャール。入りなさい、格好つけてないで」
「やだな、別にそんなつもりはありませんよ」
彼は第二王子のリシャール殿下だ。第一王子のロベール殿下とは三つ違いで腹違いの十八歳。その優れた美貌で魅力をあちこちに振りまいていらっしゃる。夜会などでは軽薄さを纏っていて、親しい友人(女性)を幾人も抱えている。だが私は知っている。本質は真面目な方でかなりの努力家でもある。現王が王妃の女官だった男爵令嬢に手を付けて出来たお子様だ。王妃様には疎んじられているからこその、軽薄な振舞いなのだろう。実際命の危険も何度かあったらしいと聞いている。半端な王太子よりも第二王子を次期王にと推す勢力だってあるのだ。それを嫌がるように遊び人を装っているように思う。
と、考えを巡らしていると、リシャール殿下と目が合ってしまった。ぱちんと音が聞こえそうな見事なウィンクをこちらへ投げてくる。侍女相手に止めて戴きたい。仕方なしに素知らぬ素振りで顔を背けた。高貴な方とは個人的には関わりたくないのだ。
――特に、王家の方とは。
「リシャール、エーデルシュタイン公国の第三公女エリーザ・フォン・エーデルシュタイン殿下を知っているか?」
「そりゃま、王族同士ですから、顔合わせはした記憶がありますよ。というか、ヴェール被ってたから顔は分からないけれど。見た感じ、それはそれは儚くて今にも消えてしまいそうな人だったな」
「うん、その方だ。彼女と結婚しなさい」
「……はああ?」
まあ、突然言われてもそうなりますよね、リシャール殿下。貴族、特に高位貴族は、王族も勿論、政略結婚なんて日常茶飯事なくらい当たり前なことで、個人の感情じゃなくて家の都合が優先されるものだ。それでもこんな場でのいきなりの打診ではリシャール殿下が困惑するのは無理もない。
「はあ、じゃない。とりあえずでいいからひとまず婚約しなさい。こちらへ迎え入れてから事情を勘案して、何なら自由にしてやればいいし」
「叔母上、それは私のことはどうでもいいと仰ってるのと一緒ですね?」
「今までのらりくらりと躱してきたツケを払いなさい。年齢的にも釣り合いが取れるし、ロベールにはもう婚約者が居るからな」
「……私に拒否権は無さそうですね」
「お願いだ、リシャール」
ふううと大きく息を吐いて、大公殿下に向かって大仰に騎士の礼を取ったリシャール殿下は、その代わり最終的に結婚するかしないかは私に決定権を戴きます、と不敵に笑った。
「今はそれでいいよ。ありがとう。ということで、ヴェリンガー、さっそく書類の作成を頼む。リースマンにはあちらの勅使殿との交渉をお願いする」
「御意に」
うーん、不幸なお姫様救出作戦ってことか。無表情で隣に立つユーグ様を振り仰いだ。彼には図書室のレティシアーネとはバレていないよね。とにかくひとまず挨拶だ。
「えっと、ユーグ様、一緒に護衛することになったようですね。よろしくお願いします」
「ああ、侍女殿、貴女とは何度か同じ任務に就いたことはあると思うのだが、……申し訳ないが、改めて手合わせして貰っても宜しいか」
「どうしてでしょうか」
「君の護衛能力を把握しておきたい」
なるほど。いざとなれば背中を預けて戦うことになるかもしれないものね、そりゃそうだ。でもそれには、……。
「ユーグ、シアの能力は私が保証するよ」
「殿下、自分の目で確かめておきたいのです。いけませんか」
「そうだな、……プロスト、どうだ? 構わないか」
「大丈夫でしょう。シア、私の屋敷の中庭を使いなさい」
「城内の騎士団の鍛錬場では?」
「いや、それは困る。衆人に晒したくないのだ」
一応、隠密組織ですからね。ユーグ様と騎士の方たちの前で遣り合ったりしたら後々困ったことになるに違いない。結局養父の提案を受け入れることでユーグ様にも納得していただいた。あ、侍女の時は養父はあくまで後見人という立場だ。気を付けなくてはいけない。別に勝たなくても良いのだろうが、緊張するなあ。そう思いつつ、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、この方に認めてもらいたい気持ちが湧き上がるのを感じていた。
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