第2話 原因を究明することにした

 未来予知のスキルによると──

 どうやら俺は、殺されることになるらしい。


 犯人はレキという名の、奴隷の少女だ。




 その少女は今し方──

 奴隷商のギャザンパから、貰い受けたばかりの商品だ。

 ……ということは、あの少女は──ギャザンパの奴が俺の暗殺を企てて、送り込んできた刺客という訳だ。


 誰かに依頼されたのか、それとも奴が主体的に計画したのか──

 それは、解らない。


 だが奴が、『知らなかった』訳ではない。

 それは確かだろう。



 暗殺技能を習得した、奴隷少女……。

 お礼にと送った商品が『暗殺者』で、主人である俺をその日のうちに手にかけるだなんて──そんな偶然がある訳がない。



 ────いや、無いとは言い切れないか。

 何しろ俺は、前世で隕石に当たって死んだ男だ。



 奴隷商人が好意で送った少女の趣味が、たまたま人殺しだった。──という可能性だって、あるかもしれない……。


 俺は自室で寝転びながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

 そして、あることに気付く。






 ────いや、いや。待て待て……。

 大切なことを、見落としている。


 俺とレキは、主従契約を結んでいる……。


 そうだよ!!

 奴隷のレキが、主人である俺を殺す。

 そんなこと、契約上できるわけがない。


 レキが俺を殺せるという事は、奴隷契約に穴があったという事になる。


 


 デリル・グレイゴールには契約書を読んで、内容を理解する知能などない。

 

 だから、契約書はグレイゴール家の家令──

 『ヴィンセルト・コンラッド』が確認している。


 その契約書に穴があったという事は、コンラッドも奴隷商とグルだった可能性が高い。──高いというか、ほぼ確定だ。


 そうなると……。

 グレイゴール家そのものが、この俺『デリル・グレイゴール』を始末したがっている。そういう意向で、事を進めているのだ。



 …………。

 身内が敵で、使用人も暗殺計画に加担している。


 ──どうしろって、いうんだよ。

 八方塞がりじゃないか、こんなの!!


 めっちゃ、テンション下がった。

 このまま、何もしないでおこうかな──?




 けど、殺されるのは怖い……。

 ──まだ、時間は残っている。


 暗殺が実行されるまで、時間はある。

 あと数時間だが、猶予はあるんだ。


 ────捨て鉢になるには、まだ早い。



 この状況を、打破するには……。

 ──スキルだ!!


 この状況をどうにかできる、そんなスキルを探そう。





 俺はスキル獲得の為、ウインドウを表示して一覧をくまなく探す。


 まずは、夜に決行されるはずの、暗殺を何とかする。

 デリルには契約書を作り直す知識もノウハウも、信用できて頼りになる相談相手も仲間もいない。


 なにか、戦闘能力が向上する様な────


「ん? これは……」


 『限界突破』


 スキル 限界突破

 ステータスの上限を解放して、限界を超えることが出来る。



 ──なんか、カッコいいな。

 俺はスキル限界突破を習得した。


「よし、これで──」


 俺は限界を超えたはずだ。


 自分の力を試すために、部屋の壁を力一杯殴ってみる。


「とりゃっ!!」


 ────この時の俺は、部屋の壁を破壊してしまかもとか、そんな後のことは考えてもいなかった。……迂闊すぎる。


 生まれ変わって、脳みそがデリルになってしまったせいだろう。

 後先のことを考える知性が、欠如している。



 だが、そんな心配は無用だった。


 思いっ切り叩きつけた拳は壁に弾かれて、俺は床に尻もちを搗いた。

 ドスンッ────


 手の痛みで、無様に床をのたうち回る。

 ──ゴロゴロ。




「い、いてぇ……」


 ──おかしいな。

 スキルを取ったのに、何も変わっていない。


 何だよ、このゴミスキル──。

 ……何が限界突破だよ。


 馬鹿なんじゃねーの?



 ────ひょっとして、デリル・グレイゴールの貧弱な肉体の限界を超えても、たいして強くならないとか……。

 そういうことなのか、これは──?


 ちくしょう。

 期待させやがって──


 でもまあ、駄目なものにしがみ付いてもしょうがない。

 ……自分の強化は諦めよう。





 スキルの方向性としては、知識が増えるか、仲間を増やすような能力が良いだろう。……なにか、無いか?


「──おおっ!! これは……!?」



 『ラブ・アロー』


 スキル ラブ・アロー

 魔力を消費して、キューピットの矢を作ることが出来る。


 このスキルを用いて作られた、エネルギー状の矢で心臓を貫かれた者は、強制的に使用者に対して忠誠を捧げるようになる。


 込めた魔力に応じて、好意の大きさと効果時間が変化する。




「ふむ……」


 これを習得してレキに使えば、暗殺を阻止できるはずだ。

 俺は10ポイントを使用して、ラブ・アローを習得した。



「……よし、誰かで試してみるか」


 いきなりこれを、暗殺者の少女に対して、使用するのはリスクが高すぎる。


 暗殺少女に避けられたら、そこで俺の人生は終了する。



 ──練習しておこう。

 実際に撃って、スキルの使用感を掴んでおきたい。






 俺はこの屋敷に勤務するメイドを呼び出した。


 呼び出したのは、この屋敷で一番可愛い『クロエ』という名のメイドだ。

 ──好意を寄せられるのなら、可愛い方が良いだろう。




 俺は少しドキドキしながら、メイドを待つ────。

 暫くしてメイドのクロエが、メイド長のエレーヌに伴われてやってきた。


「──なぜ、お前まで来る? エレーヌ……」


「以前にも申し上げたはずです。──デリル様がクロエに手を出さぬように、旦那様より見張りを申し付けられております」


 俺の疑問に、エレーヌは淡々と答えた。


「そういえば、そうだったな――」


 クロエは親父が愛人用に雇ったメイドで、息子の『デリル』が手を出さない様に警戒されている。──直接、警告されてもいたんだった。




 親父は、暗殺を企てている可能性の高い人物だ。

 ──というか、十中八九『黒幕』だろう。


 ここで、おかしな動きを見せるのは…………。


 ――どうする?

 



 いや、まあ構わないだろう。

 クロエだけではなく、エレーヌにもラブ・アローを使えばいい。


 矢を二つ作り、二人同時に俺の配下にする。

 この屋敷の重要人物を二人、同時に俺の手駒に出来る。


 何の問題もない。

 ――やろう。






「いいか──二人とも、そこを動くなよ……」


 俺はスキル『ラブ・アロー』を使用する。


 …………あれ?

 なにも、現れないぞ。


 矢が現れるはずでは────?


 見えないだけで、魔法の矢はすでに存在しているのか?

 …………きっと、そうだ。


 よし、やろう。

 俺の事を小馬鹿にしているこいつらを、従順な配下に出来るんだ。


「くははははっ────」


 自然と笑いが漏れ出した。

 俺は手を前に掲げて、不可視の矢を放つ。


「喰らえ、ラブ・アロー!!」


「──キャッ!」

「……えっ?」


 これで二人は、俺の虜になったはず────






「…………?」

「…………あの、デリル様? ラブ・アローとは一体??」


 エレーヌとクロエの様子に、変化はない。

 しいて言えば────

 俺に対して困った様な、呆れている様な、そんな雰囲気を醸し出している。



 …………。

 おかしい、どうなっている?


「二人とも、なにか──体調に変化はないか?」


「……いえ、特には」


 ────俺の放ったスキルは、防がれたのか?

 それとも、発動前にキャンセルされた??



 …………。

 俺たち三人の間に、微妙な空気が流れる。


 どうしよう──?

 気まずいったらないね。






「そうか……では、二人とも、下がってよいぞ」


「……はい、では────失礼しました、デリル様」



 二人はお辞儀をしてから、部屋を出る。


 部屋の外で──


「ラ、ラブ・アロォ~、……ぷっ、ぷくくッ」

「こ、これ、クロエッ! デリル様に聞こえますよ。──ッく、ププッ」



 なんて話しているのが、聞こえてきた。

 メイド二人は小声で、ひそひそ話を続ける。


 二人で俺を小馬鹿にして、楽しんでいる。



 ……。

 …………うぅ。

 

 うわあああああぁぁぁ~~~~~~!!


 くそっ!!

 恥ずかしさで、悶え死にそうになる。



 せめて、部屋から離れてやってくれ……。

 ──デリルは、自分の悪口を聞き逃さない。


 取柄が何もない男だが、耳だけは良いのだ。




 やっちまった。

 使用人の前で、とんでもない恥をかいてしまった。


 ──何でスキルが発動しなかったんだよ。

 まったく、もうっ!!



 


 心を落ち着けて、冷静になろう。

 

 生き残る為には、ラブ・アローを使えるようにならなければならず──

 ラブ・アローを使えるようになるために、不発の原因を探る必要がある。


 スキルが発動しなかった原因を、調べるには……。



 俺はスキル一覧の中から、原因究明に役立ちそうなスキルを探す。


「これだな。基本中の基本で、わざわざ取りたくはないが──」


 『鑑定』


 スキル 鑑定

 人物の能力を数値化し、客観的に把握できる。

 


 試しに自分を鑑定してみる。


 ……おぉ!

 鑑定はちゃんと、発動してくれたようだ。


 目の前のウィンドウに、鑑定結果が表示されている。

 どれどれ、これが転生した俺のステータスか────


 *************************


 名前

 デリル・グレイゴール


 武力       50

 知力       18

 統率力       4


 生命力   120/120

 魔力       8/10  


 カリスマ        0

 

 スキル

 予定表 限界突破 ラブ・アロー 鑑定


 *************************

 総合戦闘能力 220


 ……数値、低いな。

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