KAC20244 ささくれ

@wizard-T

勇者様の名は

 引っ越しまであとひと月になる。

 三十年以上過ごしたこの家ともお別れだ。


「おや」


 古めかしいカセットだ。そしてハードもある。


「お父さん何それ」

 21世紀生まれの息子が無邪気に聞いて来る。息子にとってゲームはそれこそダウンロードするものであり「ゲームソフト」を買ってやった事は一度もない。こんな見た目はともかく中身は現代のそれの数千分の一のそれしかない代物に一万円をかけていたと聞いたらどんな顔をするだろうか、それこそ一本で五千円から高くても七千円なのに。


 まあそれでも見たいと言うからケーブルをつなぎカートリッジを差し込み見られるかわからないぞと言いながらスイッチを入れると、見事に点いた。



 ああ、本当に懐かしい。

 オープニングテーマを見ていると子ども時代、必死になって友人たちとあのボスはどう倒すんだ、好きなキャラは誰だとか話し合っていた日が蘇る。

「…言っとくが、前のデータが残っているとは限らんぞ」

 そして現実に引き戻される。

 ただでさえ放置状態だった精密機械だ、データが残っていたら逆に感心する。それでも構わないと言わんばかりの息子に期待するなと言いながらボタンを押す。




 …残っていた。

 相当にやり込んでいたのかプレイ時間55時間とか言うバカみたいなデータが生きており、レベルも99になっている。


 とにかくやってみようとばかりにファイルを選ぶ。


「よくもどってきたな!」

 セリフに漢字などない。この時代にはさすがに漢字ぐらい使われていたはずだが…とか感慨に浸っていると次のセリフが飛んで来た。


「ゆうしゃささくれよ!」

「あははははは…!!」


 後のは、間違いなく息子のセリフだった。



 ささくれ。



 そう、間違いなく、俺のデータだ。


「どうして、どうしてなの?」

 ニヤニヤしながら聞いて来る息子。

 四文字までしか入れられなかったとか言い繕いをする気もない。

 それなら「こうたろ」でいいじゃないか。

 なのにその時の俺は「くれない」って読みを知ってはしゃぎ、その上に男の主人公であり男がプレイするのに「紅」なんて女っぽい名前を付けるのがやだからって、「ささくれ」なんて名前を付けちまったんだ。


「ふーんなるほどー」

「お前だったらどうする」

「ボクは普通にゆういちかなー」


 ああ、良かった。まさか勇一が「ささいさ」とか付けるようなセンスがなくて良かったよ。


 でも我ながら本当に恥ずかしいよな、この佐々木紅太若気の至りとは言え不覚だよ……いやマジで……。

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