ささくれの代償

枝之トナナ

そんなもので召喚された悪魔の話

 いやー、我ながら初めて知りました。

 悪魔召喚術の生贄用人体って、ささくれで代用できるものだったんですねえ。


「――って知りたくなかったそんな知識!」

「わー、悪魔ってノリツッコミするんだ。初めて見た!」


 全力で頭を抱える私の前で呑気な事を言ってくれる、ネフィリムもかくやとばかり巨大に見えるお子様。

 もちろんかの忌子巨人の血族なんてものがコチラの現世にいるはずもなく――単純に私がナノブロックサイズに縮んでるだけなんですがね。

 そりゃあささくれて剥けた指の皮なんてもので召喚されてるんだから実物大で来れるはずもないんですけど、それにしたって納得がいきません。


「アナタねぇ、仮にも悪魔を召喚しようってのになんでささくれでいいと思ったんですか?」

「えー? だって人間の一部って書いてあったしー。

 髪の毛とか皮だって人間の一部じゃん? そんで実際呼べたんだから問題ないしー」


 そう言いながら、召喚主たるお子様はぷーと口を尖らせます。

 賢しらに理屈を述べていますが、――恐らくは人間の幼児ですよね、このお子様。

 もしかしてこれが魔界でも評判のメスガキという人種でしょうか。

『ざーこざーこざこ悪魔♡ 子供に召喚されるなんて恥ずかしくないの?』と散々に煽り立て心をささくれさせるという――


「それよりさあ、悪魔って呼んだ奴のいう事聞いてくれるんだろ?

 俺の頼み聞いてほしいんだけど」


 俺っ子とはまたニッチな需要を――……ってこのお子様フツーにオスだわ。なーんだ。

 変に期待してしまったせいでどこか損した気分に陥ってしまいましたが、それはそれ。

 この考えなしの生意気お子様の言う通り、悪魔という存在は難儀なもので、召喚された以上は召喚主の頼みを叶えないと退去できません。

 ちゃんとした方法を用いて等身大で召喚してくれていたなら、このお子様をぷちっと殺して現世をエンジョイするのも悪くなかったのですが……

 さすがに未来永劫ガチャポンフィギュアに混ざれる大きさで存在する気はありませんので、ここは素直に話を聞くとしましょうか。

 まあ、正直なところ本当に気が進まないんですけどね。

 子供が悪魔を頼ろうとした場合、だいたい悪魔と神を取り違えてるようなパターンが多いんですよ。

『ぎゅっとしてほしい』とか『家族を助けてほしい』とか。

 一応、私も悪魔なんで……あんまり切実な願いだと胸に来るというか、心が痛むというか。

 やはり正当な黒魔術にかぶれた人間の、思いっきり欲望丸出しでゲスな願いを聞く方が楽しいんですよねえ。

 でも今回はお子様ですからねえ……せいぜい『あくのそしきのしはいしゃになってせかいせーふくだー』みたいな、憧れ混じりのふんわりぼんやりした支配欲が限度でしょうね。

 例えるなら倍量の水で薄めた常温のカルピスウォーター。そこまで薄ぼんやりしてるなら、もういっそ水でいいよと言いたくなるような代物。

 それでも覚悟を決めれば飲み込めなくもない――ので、ここは腹を括るとしましょうか。


「お任せください、召喚主様。

 いかなる願いであろうとも一つだけ叶えて差し上げましょう」


 私が恭しく頭を下げると、お子様はそれはそれは眩しくて屈託のない笑顔を浮かべました。

 ああもう絶対これ無駄にマトモでキラキラしてる願いだろうなー、と半ば諦めた私の耳に響いたのは、耳障りなほどに甲高くて、


「ああ良かった! じゃあ俺の親殺してきてよ! あいつらの魂あげるからさ!

 あ、保険金は俺に残るようにしてね!」


――とびっきり私好みの、注文。


「……ずいぶんと面白いことを願いますね。

 召喚主様はご両親に何か酷いことをされたので?」

「ヒドイもなにも、あれが俺の親ってのが間違いだよー!

 パパもママもバカだからすぐ人に騙されるし、高いだけのインチキ商品はすぐ買うくせに俺にはシッソケンヤクしろってうるさいし。

 それに俺にまで神様を信じろって言って、せっかくの休みなのに毎週教会に連れてくんだよね。

 だからもういらないってゆーか、金になってもらったほうがマシだよなーって」

 

 お子様、もとい召喚主様はにこにこ笑ったまま言葉を紡ぎます。

 三日月のように歪んだ目からは神や現世への不信感がじんわりと滲み出していて、実に心地よいものでした。


「了承致しました。

 保険金が残る形での始末となりますと、病死か事故死になりますね。

 速やかな処理を望むのであれば事故死を、ゆっくり苦痛を与えて殺したいなら病死をお勧めいたしますが」

「それならパパは事故で、ママは病気で消してほしいなー。

 パパの方が保険金多そうだし、ママの方がうるさくて嫌になるから。

 あ、ちゃんと入院しないといけなくてお見舞いとかもできないような病気にしてね。

 ママ、絶対グチグチうるさいもん。今だってうるさすぎてイライラするし」


 召喚主様はまたまた頬を膨らませ、眉をきゅっと寄せました。

 幼子特有の血行の良さ故か、その顔は瞬く間に真っ赤に染まります。

 真っ当な感性を持つ人間ならば誰もが庇護欲を掻き立てられるであろう可愛らしさに反して、その内面で燃え滾っているのはどろりとした憎悪。


 きっと最初はささくれのようなものだったのでしょう。

『買ってほしいおもちゃがあった』

『教会じゃなくてどこか遊びに連れて行ってほしかった』

 恐らくはその程度の、子供らしい願いは、しかし鈍感で愚かな親によって無視され続けた。


――いや、正確には『親が接していたのは理想の中の我が子であって、現実に生きる子を見ていなかった』というべきでしょうか。

 清く正しい人間に育ってほしいからこそ彼らの信ずる神の教えを説き、その機会を与えていたのでしょうからね。


 それにしたって、理想を押し付けてばかりで見返りを与えなければ心が潤うはずもない。

 かさかさに乾いて、皮がむけ、血が滲み、痛みを訴えても、一顧だにしない――そんな親や神など必要ありません。

 中々どうして、此度の召喚主様は面白い方のようですね。

 ……まあ、本当にささくれの皮で召喚してくれたのはどうかと思いますが、それはともあれ。


「お任せください、召喚主様。

 あなたの願い、間違いなく叶えてみせましょう」

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ささくれの代償 枝之トナナ @tonana1077

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