ささくれ

クロノヒョウ

第1話



 三日前、俺はずっとずっと好きだった幼馴染みの真一しんいちに告白をした。


 幼稚園の時に隣に引っ越してきた真一はひとつ年上で、ひとりっ子の俺はずっと真一の後ろをついてまわるようになっていた。


 兄弟ができたみたいで嬉しかった。


 明るくて面倒見のいい真一は人見知りが激しくておとなしかった俺といつも一緒に遊んでくれる優しいお兄さんだった。


 そんな真一を好きだと自覚したのは真一が中学生になった時だった。


 それまでずっと一緒だったのに通学はひとりぼっち、小学校にも真一の姿はない。


 無性に寂しくなり真一の顔が見たくなった俺はランドセルを背負ったまま真一の家の前で真一の帰りを待っていた時だった。


 「何やってんだ智也」と声をかけられ顔を上げるとそこには制服姿の真一がいた。


 それまでの俺の知っている真一ではなかった。


 制服のブレザーがやけに大人に見えたし、カバンを持って肩に回しているその立ち姿がやけに格好良かった。


 気のせいか髪もいつもと違ってサラサラしているように感じた。


 とにかく真一の制服姿がまぶしくて、俺の心臓は爆発しそうになっていた。


 「優しいお兄さん」が「好きな人」に変わった瞬間だった。


 それからずっと俺は自分の気持ちを押さえたまま過ごしてきた。


 勉強を教えろだのと理由をつけては毎日のように真一の部屋に遊びに行った。


 とにかく一緒にいられるだけでいいと思っていた。


 ところが三日前、いつものように真一の部屋でお菓子を食べながら宿題をしている時だった。


「でもまさか智也が俺と同じ高校に入ってくるとはな」


 俺は真一に内緒で真一と同じ高校を受験していたのだ。


「また智也と一緒に学校に行くのかぁ」


「な、何だよ、嫌なのか?」


「はは、嫌じゃねえよ。本当に智也は俺のことが大好きなんだなって思ってさ」


「は、はあ!?」


 突然の真一の言葉に俺は動揺を隠せなかった。


「何? 違った?」


 真一はニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでいた。


「ち、ちっ、ちがくねえ!」


 なんだか真一にからかわれたような気がして俺は頭に血がのぼったのかムキになっていた。


「そうだよ! 俺はずっとずっと真一が好きだった! 一瞬だって離れたくねえんだよ! ばぁか!」


 自分の口から出た言葉に驚きながらも俺は言うだけ言うと荷物を持って真一の部屋を飛び出していた。


 もう終わったと思った。


 それからどんな顔をして会えばいいのかわからなかった俺は真一を避けていた。


 当然連絡がくるわけもなく、俺から連絡するにも何と言えばいいのかわからないまま、このまま真一のことは諦めるしかないのかと思っていた。


 なのにだ。


 顔をあわせないように時間を潰して家に帰ると俺の家の前に真一が立っていた。


「わっ……」


 真一は俺を見ると何も言わずに俺の腕を掴んだ。


 そして俺はそのまま引っ張られ、今は真一の部屋に座らせられている。


「お前さ……何避けてんの?」


 テーブルを挟んで目の前に座っている真一が俺を見つめている。


「いや……別に……」


「別にじゃねえだろ、避けるとかナシだろ、寂しいじゃん」


「えっ」


 気のせいか真一が照れているように見える。


「ずっと俺の横にくっついてたのに急にいなくなるなよ」


「……ごめん」


「焦って学校でお前探しても見つかんないし、間違えて友だちのこと智也って呼んでるし」


「……あはっ」


 いつも冷静で格好いい真一のそんな姿を想像するとおかしくなって笑ってしまった。


「わ、笑うなよ。だいたい智也が言うだけ言って出ていくからだろっ」


「それはっ……その……ごめん」


「俺だってずっと智也のことが好きだった」


「……えっ? はぁっ!?」


 俺は身をのり出した。


 今、好きって言った?


「初めて智也に会った時から、俺はお前のことが好きだった。気づけよな、いい加減」


「い、いやいや、嘘だ、ろ……」


 真一の顔は赤くなっていた。


 そんな顔、初めて見る。


「俺、こう見えても意外とモテるんだぞ?」


「いや、何? 急に自慢? 知ってるけど」


 真一がよく告白されているのは知っていたしその現場を何度か目撃したこともある。


「好きな人がいるからってずっと断わってきた。俺が好きなのは智也、お前だから」


「真一……」


「好きじゃなきゃこんなに毎日一緒にいないだろ。智也も同じ気持ちだと思ってたけど自信はなかった。でも同じ高校にきてくれて嬉しくてこの間はつい、悪かった」


「いや、俺も、気づかなくてごめん。俺だってずっと真一と一緒にいたかったから、真一のことが好きだから……」


「……ふはっ」

「……あはは」


 俺たちはお互いに顔を見合わせると吹き出していた。


「……ああ、なんか安心したら腹減ってきたな」


 真一はそう言うといつものようにお菓子の袋を開けてテーブルの上に広げ始めた。


「そう言われると俺も、なんか腹減ってきた」


 俺たちはいつものようにお菓子を食べ始めた。


 この三日間、胸がいっぱいだったし落ち込んでいたしでまともに食べていないのは事実だった。


 真一もそうだったのかな。


 そう思っていた時、お菓子を食べていた指に痛みがはしった。


イタっ……うぅ」


「ん? どうした?」


 人差し指にできていたささくれにお菓子の塩が入り込んだのかヒリヒリと痛んだ。


「ささくれ」


「どれ、見せて」


 真一は俺の手を掴むと自分の方へ引っ張った。


「あっ、ちょっ……」


 そして何を思ったのか真一は俺の人差し指を口にくわえたのだ。


「待って、真一、ヤだっ」


 恥ずかしさと申し訳なさが俺を襲う。


「汚いよ、真一!」


「ひたなふない」


 真一は俺の人差し指を美味しそうにしゃぶりながら俺を見つめていた。


 恥ずかしさと嬉しさが交差しながら指に意識が集中する。


 真一の舌がすうっと指をつたったかと思うとじゅるじゅると音をたてながら指に吸い付き出し入れする。


「んぁっ……」


 あまりの気持ちよさに思わず声が漏れた。


「えっろ……」


 何かスイッチが入ったのか真一はそう言うと今度はささくれのない俺の親指を口に含んだ。


「あっ」


 体の力が抜けていくのがわかった。


 両手で俺の手を掴み親指に吸い付きながら俺を見つめる真一。


 真一の顔も相当エロい。


 こんなのムリだ。


 気持ちよすぎる。


 もうどうなってもいい。


 いや、どうにでもしてくれ。


「しん、いちぃ……」


 俺はすがるような目で真一を見た。


「こっちも……ささくれちゃっ、た……」


 一瞬驚いたような顔をした真一はすぐに掴んでいた俺の手を引っ張り立ち上がるとそのまま俺をベッドに押し倒した。


「智也がこんなにエロいなんて聞いてないっ」


「俺だって、真一のそんなエロい顔知らないっ」


 俺たちはお互いに服を脱がせあった。


「好きだよ、智也」


「うん、俺も好き」


 抱きしめあった真一の体は優しくて暖かかった。


 あの人差し指のささくれの痛みなんて、もうずいぶん前に消え失せていた。



            完





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