隣の席の佐々暮さん
芳乃 玖志
佐々暮心とゴツゴツした手
隣の席の
黒くて長い髪の毛も、小さくて可愛い顔も、細くて華奢な体も、白くて綺麗な指先まで、全部が全部自分とは真逆で、そんな彼女に心惹かれていた。
そう、自分とは真逆だ。染めている訳でもないのに色が薄くて茶色い短い髪の毛も、決してカッコいいとは言えない顔も、太くてゴツゴツした体格も、ボロボロでささくれ立った指先まで、まるきり彼女とは真逆だった。
こんな男を好きになってくれるとは思えなくて、振られるのが怖いから告白なんてする勇気はなかった。ただ、こうして横で見つめていられれば良かったんだ。
――――
隣の席の
ううん、嫌いと言うのはちょっと語弊がある。ただ、ちょっと怖かった。
染めているのか茶髪だし、目が細くて鋭いし、体が大きくて威圧感があったから。
それに、ふと視線を感じて彼の方を見ると目が合うのだ。つまり、何故か私は見られている。最初は気のせいかとも思ったけど、授業中でも休み時間でも何度も視線を感じて、彼の方を見るたびに露骨に目をそらすのだ。
これは、なにか目を着けられている……?
そう思って友達のハーちゃんに相談してみたら。
「あ、あはは……それは門倉君も大変だね」
と笑っていた。大変なのは私なのに。
一体どうすればいいのか。直接辞めてと言うのは、なんだか自意識過剰みたいに思われるかもしれなくて言いづらい。
そんな小さな悩みを抱えながら今日も授業を受けていると、消しゴムを落としてしまった。しかも門倉君の席の方に。
これは大失態だ。門倉君にバレないうちになんとか回収しなければ!
――――
いつも通りの授業中、なるべく佐々暮さんの方を見ないように意識しながら黒板に向き合う。休み時間、友人に「お前、いつも佐々暮の方見てるよな。好きなの?」とからかわれてしまったから今日は意識してみないようにしなければ。
と意気込んではいたが、意識しないようにするのが中々に難しい。
むしろ、そんなことを意気込んでいるから逆にいつもよりも気になってしまっている。なんとか視線は向けないようにしているが、意識はずっと佐々暮さんの方だ。
などと一人で格闘していると、彼女が消しゴムを落とした。しかも俺の方に。
拾ってあげようかとも思ったが、そんなことをしたらまた友人に何を言われるか分かったものではない、いやでも自分の方に落ちてきたのにそれを無視する方が逆に意識してるみたいか?
などと悩みながらチラリと彼女の方を見る。
ただ消しゴムを落としただけなのに、オロオロとして大変に困っているように見えた。それを見たら、もう小さな悩みは吹き飛んでいた。
――――
「はい、佐々暮さん。消しゴム落としたよ」
そう言って、私の消しゴムを拾ってくれた彼の手はゴツゴツとしていて、ささくれもあるくらいには使い込まれたものだった。
「あ……ありがとう、門倉君」
手に向かって使い込まれているという表現をするのはちょっとおかしいかもしれない。でも、彼が何かに打ち込んで努力しているのは伝わってくる、武骨だけどカッコいい手だった。
「どういたしまして」
そう言うと、門倉君はまた黒板に視線を戻した。
……そういえば門倉君はテニス部だった気がする。テニス部が放課後遅くまで練習しているのは何度か見たことがある。
あの手は、スポーツに打ち込んでいるからあそこまで使い込まれているんだろう。
そう考えると、なんだかとっても素敵なものをみた気分になって、手をじっと見つめてしまう。
きっと、私では想像もつかないくらいにたくさん練習しているのだろう。
あそこまで手がボロボロになるくらいに何かに打ち込めるのはカッコいいな。素直にそう思えた。
そうして見ていると、なんだか門倉君が少しだけ怖くは無くなった気がした。
――――
いつもなら誰よりも早く部室に向かうためにさっさと教室を出るのだが、ふとこちらを見ている佐々暮さんに気がついて動きを止めてしまう。
「あっ、その、えっと……」
こちらが止まったことに気が付いた佐々暮さんが何かを言おうと口ごもっていたが、意を決したように正面から俺を見据えると。
「ぶ、部活動頑張ってね!!」
それだけ告げると、慌てて立ち上がって教室を飛び出してしまった。
「……部活動、頑張るか」
この日は、いつも以上に気合を入れて練習に取り組めた気がした。
隣の席の佐々暮さん 芳乃 玖志 @yoshinokushi
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