第21話 かつての罪
先生は疲れているらしい。
「会議に調査にトレーニング、もう毎日へとへとだよ」
そう言いながらも笑っているため、本当かどうか怪しく思える。
「運動不足なんですよ」
と、オレが返すと彼は苦笑した。
「うん、そうだね……」
休日ということで、敷地内はにわかに人気が少なく感じられた。住宅地まで来ると穏やかな静けさに包まれており、オレたちの会話が浮いているような気さえした。
先生の肩には今日もリーゼルが乗っているが、日に日に体が大きくなっていた。
「重くないですか、それ」
ふとたずねてみると先生は笑う。
「慣れたよ」
「早いですね」
魔法使いに復帰して最初の週が過ぎたところだというのに、肩にリーゼルが乗っていることにもう慣れたのか。少し前まではジャケットの中に入っていたのに。
「気温も上がってきたからねぇ」
と、先生が言い、それもそうかと納得した。
「上着の中にいると暑いんですね」
「僕もね」
「なるほど」
そんな話をしているうちに待ち合わせ場所のカフェが見えて来た。
モダンな雰囲気の建物で、店の前にはテラス席がいくつか出ている。中にある個室を予約してあるとの話だったため、先生は
「いらっしゃいませ」
と、店員が声をかけた直後、奥の個室に人影が見えた。ベルナルトさんだ。
「お連れ様ですね、奥へどうぞ」
「ありがとうございます」
進み出る先生の後を、オレは少し緊張しながらついていく。
個室へ入ると、気づいたベルナルトさんはさっと立ち上がって背筋を正した。そして先生に向けて敬礼をした。
先生は一度立ち止まってから敬礼を返す。
「あなたがグライナー衛生曹長ですね?」
「はい。お待ちしておりました、ノルデン少佐」
彼の向かいへ先生が座り、オレは隣へ腰を下ろす。
すぐに店員がやってきて先生はダージリンティーを、オレはアールグレイを注文した。店員はリーゼルを見てにこりと微笑み、戻っていく。
訪れた沈黙、先生もベルナルトさんも口を開くタイミングをうかがっているようだ。それともオレが何か言うべきだろうかと思ったが、ベルナルトさんが先に口を開いた。
「すでに話は聞いているかと思いますが、あらためてお話させていただきますね」
個室には窓があり、薄手の白いカーテンがかけられていた。外の日差しがやわらかく布越しに差し込んでいる。
「ええ、お願いします」
「僕の母の旧姓はヴァッタースハウゼン、ハインツと同じ一族の者でした。母は水の精霊の血を継ぐ純血であり、聖地の番人であると教えてくれました。一族の使命は、聖地にある石版を守ることだそうです」
冷静に簡潔に話すベルナルトさんを、オレも先生も黙って見ていた。
「母が駆け落ち同然で父と結婚したため、残念ながら僕は純血ではありません。言うなれば混血ですが、特性は水属性です」
一息置くようにベルナルトさんはアイスコーヒーを口にする。
「母の故郷であるウェンベルンについて、僕は幼少期から聞かされて育ちました。そのため、いつかは行きたいと思っていたのですが……」
「それは申し訳なかったね」
と、先生が言い、ベルナルトさんはわずかに目を見開く。
「やはり、あなたが関係していたのですね。あの日、ウェンベルンで何があったか、教えてはもらえませんか? 僕はそのために入隊したんです」
平静を保ちつつも必死な様子の彼へ、先生はふうと息をつく。
「当時、僕は
――過去の話だ! 先生が過去の話をしている!!
オレはびっくりしてしまったが、悟られないようにうつむいた。
「偵察が主な任務で、人数も最小限。万が一敵と遭遇しても、僕の魔法があれば一瞬で
世界で唯一混成魔法を使うことの出来る人だ。当然負けなしだろう。
「でも……いや、だからこそ、僕は狙われてしまった。ウェンベルンを敵が占領したとの情報が入り、奪還のために偵察へ向かった先でのことだ」
顔を上げてベルナルトさんを見ると、彼はどこか青白い顔をして先生を見ていた。
「敵の中隊が待ちかまえていて激しい戦闘になった。大人しく
「特性は火と風、でしたよね」
「ああ、街は焼けた。僕が焼いたんだ」
心臓を刺されたみたいな痛みが走る。
「先生、が……?」
隣にいる彼を呆然と見つめてしまう。
天才魔法使いは悲しみをこらえながら肯定した。
「そうだよ、ハインツ。仲間はみんな死んだ。最後に残った僕が、あの街を敵もろとも焼け野原にしてしまったんだ」
知らなかった。どうして教えてくれなかったのか、今なら分かる。言いたくなかったのだ。かつての罪を口にしたら、オレとの関係が壊れてしまうから。
「情報が隠されていたのは……」
「民間人を大勢巻き込んだせいだ。いくら戦争中とはいえ、公表できるようなものじゃなかった」
彼の白い頬に涙が落ちる。
「僕は馬鹿だった。責めてくれる人がいなかったことが、救いであると同時に残酷だった」
テーブルの上で祈るように両手を重ね、額にあてた。
「僕はずっと後悔しているんだ」
彼がこんな風に涙するとは思わなかった。この七年間、彼が泣くところなど見たことがなかった。
店員がそっと入ってきて、紅茶を無言でテーブルへ置く。空気を読んで早々に出て行ってくれたが、オレもベルナルトさんも黙り込むばかりだ。
優しく香るベルガモットを吸い込み、オレは迷いながらも脳裏の記憶をたどる。
「……あの日、お母さんが言っていたことを思い出しました」
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