ささくれの神様

くにすらのに

ささくれの神様

 卒業式が終わってしまった。


 高校の3年間のうち、1年半も片想いしていた人がいる。

 2年生の1学期、夏休みの直前にお世話になった保健室の先生。仕事だからというのはわかってる。


 たいしたケガでもないのに練習をサボりたくて入った保健室で俺は恋の病にかかってしまった。


 仮病を使うのは先生に嘘をついているみたいで、だから俺は熱心に練習に励んだ。激しい練習をすればケガをする確率も上がる。ケガをしないように注意しながら汗を流す仲間には申し訳なかったが、多少のラフプレイを思いきりできるようになり俺はレギュラーになることができた。


 卒業するからと言って教師と生徒という間柄はそう簡単には変わらない。俺達はそういう風に出会ってしまったから。


 逆に、この関係性でなければ年の離れた女性に恋することはなかったと思う。


「お世話になりました」


 告白ではなく挨拶をしよう。そう心に決めていたはずなのに足が重い。


 残された時間は少ない。このあとはクラスのみんなでカラオケに行くことになっている。一応3月末まではここの生徒という扱いなので制服を着ていれば足を踏み入れることはできるが、そういうことじゃない。


 卒業証明書を受け取った今日という日に挨拶をするから意味がある。


 バスケ部を引退してからはあまり気にしなくなった手を見ると、乾燥のせいか少し荒れていた。


 用事もないのに保健室に行くのは気が引ける。


 頻繁にケガをするとレギュラーから下ろされるかもしれないから辿り着いたのはささくれだった。


 たくさん練習をして、しっかり手を洗えば自ずと手が荒れる。


 指先がささくれていると練習に集中できないからと、ささくれができる度に保健室まで爪切りを借りに行った。


 緊張のせいかトイレが近い。用を足した後は手を洗う。


 もし指先にささくれができたら、正当な理由で生徒として保健室を利用できる。それはきっとささくれの神様が俺と先生の間に運命はないと告げているんだろう。


 蛇口から流れる水は冷たかった。


 濡れた手を拭くハンカチにわずかな引っ掛かりを覚える。しっかりと左手の薬指がささくれていた。なぜか1番ささくれる不思議な場所だ。


 パチン


 保健室で最後に借りた爪切りの音は今まで1番乾いていて、涙も枯れるくらいだった。

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