第6話 ラグド内戦資料館2

助けて…助けて…

狭い暗がりにこだまする悲鳴。


ワタルは救えなかったあの子の夢を見た


暗い場所での悲鳴がこだまする中、ワタルは救えなかった過去の出来事の夢にうなされていました。夢の中で感じる無力感と苦悩が、彼の心を苛む。


ワタルは汗をかきながら目を覚ますと、部屋の中は静まり返っていた。窓から差し込む朝の光が、夢の中の暗がりを払い去るように静けさを照らしている。


あの子からの依頼がギルドに届いているかもしれない。ハウンたちにも時折確認してもらっているが、それらしきものは見当たらない。依然何も手掛かりとなるものはない。


不安を振り払うために強くなるしかない。

日課のランニングではファングについていくことの出来る距離が伸びた。


今日この日は警備業務の一日目である。


資料館の事務室から制服を受け取り、来場客の安全や展示物の保護に尽力することになった。


最初の一時間ほどは、ワタルと一緒に警備をしている職員から業務内容の説明を受けたり、展示室の展示物や配置場所についての説明を聞いたりした。


館内には展示物がところ狭しと並べられており、案内係の目の届かない場所にも色々と大切なものが展示されていたので、それらをチェックして回る必要もあった。


ワタルは親切な先輩職員に連れられて、まず一階を隈なく見て回った。薄暗い廊下を歩き回りながら説明を受けていくうちに、ワタルは部屋の一角にある特別展示のエリアに案内された。


先輩の名はセレドニオと言い、彼は、ラグド内戦で人間側として戦った元兵士団員であったという。

「もっとも俺は受傷者の救護活動が専門だったから、闘いの前線にたっていたわけではないが、あの内戦はとても凄惨なものだったんだよ」と話す。


「つかぬことを聞きますが、獣人のことをどう思っていますか?」とワタルは真剣な眼差しでセレドニオに問う。


「獣人だろうが人間だろうが、みんな同じように生きている。ただ、能力が異なるだけで。差別されることはおかしいと思うよって今ならそう言えるな。ただ、当時は獣人は平和を脅かす悪だと信じて疑わなかった。」と肩を落とす。


セレドニオはしんみりした口調になった。


「俺がどうこう言える立場ではないのはわかっているが、獣人たちのパーティにいる君になら未来を変える力があると感じる。俺たちの時代ではそうはいかなかった。」


「でも、セレドニオさんのような方がそう言ってくれることが、未来に希望を感じるんです。獣人と人間が共に生きる社会を築いていくために、一歩ずつでも前進していければいいなと思っています。」とワタルは感謝の意を込めて伝えた。


セレドニオは、照れくさそうにワタルの背中をぽんと叩くのであった。


警備業務の内容は資料館内の見回りが主なものだが、来場者対応など臨機応変な対応が求められた。


時折、他国からの観光客より求められる展示の説明についてはワタルがもっとも苦慮した点であった。事前学習は済ませてきたが、自信がないこともあり、慌てふためいてしまうことも。


ワタルは、資料館内で出会った観光客に対しても、笑顔と丁寧な言葉で対応しようと心がけていた。そのおかげで、訪れた人たちとのコミュニケーションが上手くいくこともあり、徐々に慣れていく自分を感じていた。


一方で、展示物に触れないようにとのルールや、特定のエリアには侵入禁止など、厳格な警備ルールも守らなければならない。これらの点においても、ワタルは細心の注意を払っていた。初日の勤務が終わりに近づく頃、ワタルはセレドニオに、小会議室へと呼ばれた。

「明日以降は一日四回の勤務シフトを組んである。それぞれの時間には別の職員がシフトに入っているから、君は朝から昼までこの時間帯を担当してくれ。休憩時間は適宜取ってもらって構わないが、残業は禁止だ。」と一枚のシフト表を渡される。


「ありがとうございます。」ワタルは背筋を伸ばしてお礼を言った。

セレドニオはニッと笑った。「君は期待通りの仕事をしている。努力は認められる。ただ、警備業務は単なる見回りや観光案内だけではない。時折、予測できない事態にも直面することがある。そのときにも冷静で迅速な判断を心がけろ。」


ワタルは真剣な表情でセレドニオの言葉を受け入れた。


資料館を出ると辺りはすっかりと暗くなっていた。長い一日で疲れは感じるが残り3日という期間をやりきろうと彼は感じた。


秘密基地に戻り、ワタルは開口一番に「ただいま」と声をかけると、ハウンとスノーがリビングで待っていた。


ハウンが興味津々の表情で尋ねた。「ワタル、初日の警備業務はどうだった?」


ワタルは少し疲れた表情を見せながらも、満足げに答えた。「大変だったけど、覚えることも多くて面白かったよ。先輩のセレドニオさんからも褒めてもらえたし、なんとかやり遂げることができそうだ。」


ファングもそれを聞いてニコリと笑うのだった。


つづく

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