『転生者の尋ね人〜獣人たちとワタルの冒険譚〜』

ありひら

第1話 魂の道標

ここは…


暗く広がる闇の中に男は目覚めた。


何故このような場所にいるかわからない。いや思い出せないというべきか。



すると抱えている不安を写したような漆黒の中、途方に暮れていると一筋の光が指した。


まるで長いトンネルを抜けた時の日光から目を逸らすような格好になりつつも、そこへ向かうしか当てがないような気がした。


男はその薄明かりを頼りに、ゆっくりと歩みを進めた。足元の地面は冷たく、不安定な感触が足に広がる。心臓の鼓動が不規則になり、男はこの謎めいた場所での置かれた状況を理解しようと試みた


明かりの元へ近づくと、1人の少女がこちらを手招きしているようだった。


男は少女の手招きに従い、薄明かりの中へ進んでいった。少女の存在が、彼の心をほんのり温かくさせた。彼女の周りには微かな光が漂っており、不安とは裏腹に安心感も感じられた。


「すみませーん!」そう声を上げるとともに小走りで男は少女へ駆け寄った


「やっときたわね」どこか気怠そうに答える少女。見た目で言えば15、16歳ほどであろうか。少々猫背で寝巻き姿であることを見るに寝起きのタイミングであったのだろう。

赤みのかかった長い髪を整え始めた彼女に男は「聞きたいことがあって、ここは一体どこなんですか?あとやっときたわねって、まるで俺が来たのをわかってたみたいに。それとどうして貴方はここに…」と全ての疑問を投げかけようとした途端、少女は男の口を手で塞いだ。

「待って待って一個ずつ答えるから」と男の混乱を他所に大きな欠伸を一つ。

「アンタがここにいる理由。ここは死後の何もない世界なの。」さらりと答える彼女だが、当然男とすればおおよそ信じがたいことを告げられ言葉に詰まった。


つまらない冗談だと言ってやりたい気持ちになった。しかし、彼女の表情や雰囲気が冗談ではないことを伝えていた。男は彼女の目を見つめ、深く考え込む。


「これをご覧なさいよ」と少女はどこからともなく水晶玉のようなものを取り出し、そこに映し出されたものを彼に見せる。


水に深く沈む男の姿であった。

それが彼自身であることに気がつくまでそう時間はかからなかった。


「そうだ。おれは溺れていた近所の子供を助けるために川に飛び込んで…それから…それから…」と次第に青ざめていく彼の肩に手を置いて「まあ立派な人生だったんじゃない。結果溺れた2人の子のうち1人は助かったわけだし」


彼女の言葉に男は驚きと悲しみが入り混じった表情を浮かべた。

「まあ、命を投げうってうえに、1人救えなかったことを悲しむその気持ち。選ばれただけのことはあるわ」


(選ばれた…?)彼女の言葉を彼は反芻する。


「自己紹介が遅れたわ。私の名前はレフレ。正しき行いをした魂を転生させる女神よ」

とレフレは微笑みながらそう告げる。


は驚きと混乱の中で、自分がレフレという女神と向き合っていることを受け入れるのに苦労していた。彼の前に広がる情景、自身の死、そして再び生を得たことが、まさに神秘的な出来事だった。


「転生…なんてことがあるんだ?」男は戸惑いながらも尋ねた。



レフレは微笑んで男に語りかけました。「死は終わりではなく、新しい始まりの一歩なの。アンタの善行が評価され、新しい人生を授かることができたのよ。」


男はしばらく黙って考え込んだ後、深いため息をつきました。「でも、子供1人を救えなかった。それが結局のところの真実だ。」


レフレは優しく彼の手を取り、言葉をかけました。「その子を救いたいのなら、手があるわ」


「それと転生になにか関係が…?」男は尋ねる。


レフレは微笑みながら説明しました。「転生は、魂が成長し、新たな経験を積む機会なの。アンタの魂はまだ進化の余地があるってこと。前世での経験を生かし、今度こそその子を救うことができる。これから転生する世界でその子を探してきなさい。そしたら元の世界に返してあげることができるわ」


男はしばらく考え込んだ後、頷いた。自分の新たな人生の目的が明確になり、その決意が心を満たしていくのを感じた。


「わかった。あの子を救うために、転生しよう。どうやって始めればいいんだ?」男は問いかけた。


レフレは神妙な面持ちとなり、「心の準備ができたようね。転生の儀式を行うわ。そっと目を閉じて…」と水晶玉を手にもち祈りの言葉を捧げた。


鳥の囀りのような声の心地よさに彼はそのまま包まれ、次第に意識が深い眠りへと誘われ優しい光の中へ消えていった。


「無事転生…一仕事終えたわね。あら、あの世界にふさわしい姿にしてあげるのを忘れちゃったわ」そう独り言を呟きつつ、レフレは男の新たな冒険が始まるのを見守ることとした。


男は新しい人生へと向かい、運命に翻弄されながらも、「あの子」を探しだすことができるであろうか。


雲一つない澄んだ空 流れる水の音がする。


男は新しい世界に生まれ変わり、穏やかな風景の中で目を覚ました。澄んだ青空と流れる水の音が彼を出迎え、前世の記憶が淡い霧のように彼の心に漂っていた。


彼は周囲を見回し、見知らぬ自然に囲まれた場所に立っていた。男はこの美しい風景の中で、新たな旅路の始まりを感じていた。彼は立ち上がり、足元の土を感じながら深呼吸をした。


あの子を探し出す。命を失ったタイミングはそれほど変わらないはず。「女神レフレはあの子の転生した場所がわかるのか」「あてもない中でまず何をすれば良いのか」聞くべきであったことを今更思いつき1人頭を抱える。


最初から教えてくれても…という心情にもなるが、あの子を救うチャンスをくれたことには他ならない。男はお礼の一つも言えなかったことを恥じた。目的を達成すれば再び会うことが出来るであろうか。


様々な思いが男の中で渦巻いていた。彼の心は前世の出来事と、新しい人生の始まりとを繋ぐ橋の上に立っていた。彼は不安と希望を同時に抱えながら、次なる一歩を踏み出す覚悟を決めた。


立ち上がり、透明な川の流れに沿って歩き出した男の前に、美しい草花や木々が風に揺れている。自然の美しさが彼に新たなエネルギーを注いでいくようだった。


「レフレ、俺がここで何をすべきか教えてくれ!」男は静かに呟く。川沿いを歩けば町か何かが見つかるだろう。根拠はないが立ち止まっているよりも幾分マシであろうと考えた。しかし、風だけが応える。


彼は川辺の石に座り込み、深い呼吸で心を整理した。


すると向こう岸に1人釣り人を発見した。男は

「突然こんなことで驚かせてしまって。すみません。聞きたいことがあって」男は説明しようとするが、釣り人はまだ戸惑いの表情を崩さない。


「一体何だってんだ。川を渡る橋なんてこの先少し歩けばあるんだぞ。わざわざここを渡って、俺たちのメシが…」


男は謝罪の意を込めて頭を下げつつ、「すみません、急なことで。でも、俺には聞きたいことがあって。この辺りの町や村はどこか知ってますか?」と尋ねた。

その時、ずぶ濡れになった男の服からは小さな魚が何匹か飛び出した。泳いでいた時に偶然ポケットに入ってしまったらしい。


釣り人は疑念のまなざしで男を見つめたが、それを見た途端吹き出した。


「その魚くれるか?それで許してやる。それに俺はこの辺に詳しいからな。どうだ?」と釣り人は問う。


男は深々と頭を下げた。


釣り人の名はファングというらしい。

筋肉質で短髪で少々ヤンチャそうな見た目。

最も特徴的な点は動物の耳と尻尾のようなものが生えているというところ。

この世界のファッションなのだろうか、迂闊に触れたらなんだか面倒なことになりそうな気がした。


「まあ、ついてこい。濡れたままじゃ寒いだろうから 話もそこで聞いてやる。」


10分ほど歩くと一軒の家を見つけた。ファングは指をさす。ファングの住まいのようであるが、1人で暮らすにしては大きい。それについて尋ねるとファングはにっこり笑いながら、「これはもともと俺の親父とお袋と住んでいた家だ。2人とももうこの世にはいないんだが、家はそのまま残しておくことにしたんだ。そんで今は俺の家兼秘密基地といったところかな」と答えた。


どうやら他にも人が出入りしているらしい。


男はファングの家に招かれ、扉を開けた瞬間、「わっ」と大きな声を出して仰天した。

玄関横の収納棚から人が飛び出してきたのである。


その飛び出してきた人物は、笑顔で男たちに声をかけました。「お帰り〜!ファング。その人は普通の人間の友達?珍しいねぇ」


彼女は長い金髪と緑の瞳を持つ、明るい雰囲気の女性でした。彼女の耳もまた、ファング同様に動物のような耳だった。


「またこんなイタズラしてんのか。お前は。いや、友達じゃない。ずぶ濡れで様子も変だしそのままにしてられねえからさ。どうやら話をきいてほしいみたいなんだが、とりあえずシャワーでも貸してやろうかと。」


男は二人の前に立ちはだかりながら、驚きと戸惑いが混ざった表情を浮かべていた。ファングの友達とされるこの女性の存在に加えて、彼らの耳や尻尾のようなものを見て、男は新しい世界の不思議さを感じずにはいられなかった。


「それはありがたい。お邪魔しましてすみません。俺の名前は平尾ワタルって言います。」


「私はスノー、ファングの友達だよ。とにかく、シャワーを浴びて、温まってから話そうね。」優しく笑って少女は答えた。


温かいシャワーが冷え切った体包み込み、用意されていたファングのものであろう服をありがたく借りることとした。


ワタルは2人の腰掛ける4人がけのテーブルに座り、何度も頭を下げた。


「まあ、そう固くなるな。それでまず聞きたいことってなんだ?」ファングが話を切り出した。


ワタルは信じてもらえるかわからないとした上で、一度命を失ったこと、転生者としてこの世界に再び生を受けたことを語り始めた。


「ふーん、まるで信じがたいが嘘を言っているようには見えないな」と少々冷めた表情のファング。


一方でスノーは驚きと興奮の入り混じった表情で、興味津々といった感じで話を聞いていた。「すごいね!なんだか昔話の冒険者みたいでワクワクするわ。」


彼女の友好的な雰囲気のおかげでワタルは居心地の良さを感じるも、施しを受けるばかりで申し訳ない気持ちが先行していた。


「話を聞いてくれてありがとう。こんなによくしてもらって。何と言ったら良いか。」とワタルには込み上げるものがあった。


「じゃあ、お願いしようかな。」と何やら一枚の紙を取り出すスノー。内容に同意する旨を一筆欲しいのだという。


「スノー!それは」ファングは止めに入る。


「申し訳ない。これになんて書いてあるかわからないんだ。」


この世界の言語であろうか。ワタルは困惑の表情を浮かべる。


文字が読めないという事実で、ファングは彼が転生者であることについてはとりあえず信じてみようと思えた。


署名の内容について、2人から説明を受けた。


○動物の耳と尾の生えたファングとスノーはこの世界でマイノリティの獣人であるということ。

○獣人は「普通の人間」を遥かに上回る力。時に魔法を使用することが出来ること。

○この力を用いて、人々からの依頼を受けて助けとなる仕事するためのパーティを結成したいが、「普通の人間」を代表者としないとギルドから依頼を斡旋してもらえない。そのためワタルの協力がほしいとのこと。


ワタルは少し考えた末、署名することに決めた。自分にできることを手伝いたいという思いが彼を駆り立てた。


「ワタル、お前はまだこの世界のことをよく理解していないだろう?」とファングが言った。

「このギルドの要請に応じることは、ワタルにとってどれほどのリスクが伴うのかわからない。ワタルが巻き込まれることになっても、それを受け入れられるか?」


「それに、俺たちの力は強大だが、同時に他者からの警戒や差別も受けることがある。お前が一緒に行動することで、それがどれほどの影響を及ぼすかも考えておくべきだ。」


スノーも微笑みながらワタルに言葉をかけた。「ファングの言うことは正論だけど、でも私たちは君を助けてあげられるし、居場所にもなる。利害は一致するでしょ?ただ、リスクも理解しておいてね。」


ワタルはしばらく黙って考え込んだ後、頷いた。「分かりました。リスクも覚悟して、お手伝いできることがあれば力になります。

ファングさん、スノーさんありがとうございます。」


「そこまで言ってくれるから俺としてもありがたい限りだ。まあ仲間なんだからよ…その…」ファングは力強く手を差し伸べ、ワタルも力強く握手を交わした。


「もう友達だからね!」空いた左手で同時に握手を交わした。


「それで署名のことなんだけど…自分の名前をどんな風に書けばいいかわからない…」とワタルは頭を掻く。


「話してる分には問題ないのに読めないとは難儀だな。」そう言ってファングは本棚の隅にあった子供向けの教材を出してきてくれた。


「おっと、その前に今日とってきた魚があったな。スノーも食っていくか?」


「もちろん歓迎会だね!」


ワタルは和やかな雰囲気に包まれながら、新たな仲間たちとの出会いを喜んでいた。ファングとスノーの心温まる歓迎と、この世界の不思議な要素に戸惑いつつも、彼は新しい冒険のスタートを切った。


ファングの家は、暖かい食事と共にワタルの疲れた体を癒してくれた。彼はこの世界のしきたりや習慣を学びつつ、仲間たちとの信頼を築いていくことを決意した。


つづく

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