ささくれ立った心に

秋津幻

進学校、授業中。

 授業中よく、ささくれをいじっている。

 手の先にひらひらした余計なものがついているのが嫌で、ぶちりとちぎってしまう。

 たらりと、血が流れる。

 しまったと思いながら指をペロリと舐める。

 口の中に鉄の味がする。

 取り出して指を眺めると、また血が流れ出す。

 ああまただ。結局後悔する結果になるのにもかかわらず、ささくれをいじるのは止められない。

 それはささくれが余分なものだからだ。ふと眺める指に、余分がついていることが許せない。

 それを除くことが、必ず後悔することになるのは、いつも決まっているのに。


 その時、肩に衝撃が走る。びくっと驚いて振り向くと、後ろの席の子が慌てた様子で指を突き出していた。

 なんだ、肩をちょんちょん、と叩かれただけか。すまん、と頭を下げると後ろの子が何かを差し出してくる。

 それは、ばんそうこうであった。


(指切ったの? これ使いなよ)


 と小声でささやいてくる。

 困惑しながらも受け取り、もう一度頭を下げる。

 なんでこんなことを、と思ったけれどもせっかくもらったものを使わないのも気が引けたので、ばんそうこうで傷をふさぐ。

 かわいらしいピンク色のデザインだ。なんだか、他人のセンスの物が自分につけられていることにすごい違和感があった。

 授業は続く。二人のちょっとしたやり取りなど無視して、誰もかれもが興味をなくしたように。


 休み時間、彼女に話しかける。

 先ほどは、ありがとう、と。


「いいよ、そんなこと。困った人を助けるのは、医者の役目だし!」

「医者?」

「私、医学部に行きたいの。それで頑張って勉強してるんだけど……」


 辺りを見回す。

 教室の雰囲気はピリピリしている。教科書を見返したり、ノートにカリカリ書いていたり、机に突っ伏していたり。

 進学校の、受験期の、独特の雰囲気だ。

 誰かと話している人はほとんどいない。


「こんな、空気だからさ。ちょっと誰かにやさしくしてあげたいなって。……誰かと話したかったってのもあるし」


 そういって彼女は笑う。


「これからも、話しかけてもいいかな?」


 あんまりにも純粋に言うもんだから、了承することにした。


 しばらく、二人は時折話す仲になった。

 休み時間にちょっと雑談したり、放課後に図書館で一緒に勉強したり。

 受験期の、ちょっとした清涼剤として、心を癒す元になってくれた。

 そうしてもうすぐ、入試が近づいてくるころ合いになった。


 人の誰もいなくなった放課後の校舎。彼女についてこいと言われて後を歩く。

 こつん、こつんと二人だけの靴音が響く。


「もうすぐ試験日だねーその後は……上手く行くかわかんないし、何が起きるかわかんないけど、卒業、するかもね」


 彼女は手を合わせ、元気に言う。


「いろいろみんなささくれ立っててさー大変だったけど……何とか乗り越えられた気がする。君のおかげでねっ」


 なにがしたくて付いてこいと言ったのか、聞く。


「んーつれないなーそういうところあるよね、まあいいけど」


 後者の隅にまでたどり着き、扉の前までたどり着く。


「ここさー私が一息つける場所探して見つけたの、私だけの秘密にするつもりだったけど……せめて、君には教えてもいいかなって」


 がちゃがちゃ、と古臭いノブを動かすと、ぎぃっと錆びついた音を立てて扉が開く。

 そこには、外の景色が広がっている。

 二人分ほどしかないスペースに、低い柵、そして向かう先にボロボロの螺旋階段がくっついている。

 一歩踏み出して、柵に手を置き、空を眺める彼女。


「かわいい階段だよね、それでちょっと外の風に当たれるし……私のお気に入りなんだ。私だけのものにするのもいいけど……せめて、誰も知らないままにするよりは誰かに教えたくって……ね、君はどう思う?」


 そう振り向こうとした彼女の背を――



 ドン、と強い力で突き飛ばした。



「え?」



 螺旋階段に吸い込まれるように、彼女の体は、落ちていった。

 勢いに乗って、柵を越えて、自由落下していく。

 鈍い音が響く。


 それを聞いて、振り向かずに、去っていく。



 アレは、余計なものだった。

 受験も近いのに、癪に障った。

 ちょっとくらい気ばらしになるかと思ったけど、だんだんうざくなってきた。

 このささくれ立った心は、何も癒されることはなかった。

 受験日までこのままじゃ、邪魔になると思った。


 だから、除いてやった。

 指を見ると、ついている、そのささくれのように。

 なんだかイラっとして、舌打ちをする。

 飛び出たささくれを、歯で噛んでちぎり取る。

 血が流れたけれども、どうでもよかった。


 荷物をまとめて、階段を下りる。

 そそくさと急いで、校門から出ていこうとする。

 ふと、バックの持ち手に、血がついているのが見えた。

 ちぎったささくれから漏れ出た血が、ついたのだろう。


 ちょっと気がかりがあって、件の場所まで向かう。

 視界の端っこに血だまりが見えた。


 少しだけ、後悔する。

 この後先生とか、警察とかに色々聞かれて、面倒なことになるのかな、と思って。

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ささくれ立った心に 秋津幻 @sorudo

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