38:吸血鬼はハンターと遭遇する②

 男の銃口から、森の中にかなり数の青い光が走った。

 そのすべてを私は手のひらで受け止めて霧散していく。

 そして、


カチカチッ! カチッ!


 子孫の男はエネルギーの切れた銃を「チッ」と舌打ちして投げ捨てた。

 そして左手を手刀の様に振り上げて走り込んでくる。


ドンッ!


 大量の空気が男の後方に押し出されるような音が聞こえると、男は一瞬で私の懐へ入り込み、手刀を振った。彼の左腕はその先端が変化しており、光って静かなヴヴヴという振動音を上げている。

 速い。

 しかし反応出来ない速さではない。

 このまま受けて判らせてやっても良いが、この突進の勢いは体に仕込んだジェット噴射の様な物で得ているのだろう。その速度のまま私に斬りかかれば、確実に彼は死ぬ。

 例えるなら壁に向かって高速にツッコむ車だ。


 仕方ないかと私はひょいと身を捩って躱した。

 そんな私の行動を勘違いしたのか、子孫の男は、クハハハと笑った。

「やはり銀の刃は苦手なようだな!」

 盛大な勘違いをして勝ち誇る子孫の男。

 突然、文明レベルが低い液体金属製の振動剣なんて出してきたかと思ったら、どうやら吸血鬼わたしの弱点である銀を使いたかったみたいだね。

 ただし素のままでは威力が低いと言うことで振動させてきたのだろう。

 でもそれ、ガセ情報だから。

 銀が効くのは創作物語の中にいる吸血鬼だけ。私には何の効果もない。


 続き振り抜かれる銀の刃。

 私はそれを難なく止めた─突進の威力が無ければ骨折程度で済むだろう─。

 私の腕に白い波紋が生まれて彼の剣が止まる。その間から金属が金属を削るような甲高い音が鳴り響いた。


ギュィィィィ


 うわっ耳が痛い─甲高い音は耳に響くよね─

 彼はそのまま私の腕を斬ろうとグイグイと剣を押している。

 ああっそんなに押すと、


バギン!


 ほら折れちゃった。

 子孫くんは折れた刃を見て呆然としたが、すぐに我に返り、今度は口をパカッと開いて、驚くことにレーザーを撃ちやがった。


ビィー!!


 野太いレーザーが至近距離に居た私の顔面を焼く……

 ……訳もなく、当然何ともなしだよ。


 どうやらそれが最後の武器だったようで、

「ば、馬鹿な……、こんな馬鹿なことがあってたまるかー!!」

 彼は叫び声を上げながら膝をつき、手を地面に着いて項垂れた。そしてしばらくすると「くそっ! くそっ!」と言いながら拳で地面を殴り始めた。

 もちろん折れていない右手の方さ。


 さてこんな見るに耐えない姿を、私はいつまでも見ている趣味は無い。

 ほとんど抜け殻の様な子孫の男に向かって、私は語り始めた。

「本来なら、私を殺した挙句に、異世界までストーカー行為を行った君たちに掛けるような言葉は無いのだけどね。

 眷属の子孫である君が来てくれたことを配慮して、君たちが犯した罪と失敗、そして勘違いだけは教えて上げることにするよ。

 まず君たちの罪は、先祖代々伝わる古き伝説を忘れて、古のモノである私を殺してしまったことだ。

 そして君たちの失敗は、最弱まで堕ちていた私を、運悪く殺せてしまったこと。まぁこれは殺されてしまった私の失敗でもあるけど。

 そして最後に、先ほども言ったように私はあの超獣らより強い。超獣に勝てない程度の兵器で、私を倒そうと思ったのは大きな勘違いだよ」


「……しかしお前は、三百年も前に俺たちが殺したんだ」

 自嘲気味にそう言われてもねぇ~

 私の死因はそんな科学兵器ではなくて、中世の時代よろしくの木の杭なんだよ?

「う~ん、まぁそうだね。もう少し分かりやすく教えて上げようかな。

 私の強さは『魔法』によって培われている。私が使う『魔法』と言うものはね、魔力が無いと使えないという欠点以外は、世界の『法』つまりことわりなんだよ。

 そのレーザー光線が如何に強かろうが、ルールの上での話でしかない。そのルールを作り、時には消し、書き換える存在である『魔法』が、そんなチャチな兵器ごときに負けるわけが無いだろう。

 科学が発展し自然が失われ魔力がほぼ0%となっていたあの世界では、確かに私が使える力は少なかった。だから私はルールを逸脱することが出来ずに追い詰められたし、そんな不自由な私を倒すことでさえ、君たちは当時の科学の力をすべてを結集する必要があったんだよ。

 さて子孫くんも、もう理解できたかな?

 魔力が豊満なこの世界に居る私を倒す術は、君たちには無いよ。

 まぁこれだけで帰すのは可哀想だからね。ここまで会いに来てくれた君には、一つだけ朗報を伝えておこうじゃないか。

 魔力の失ったあの世界で暴れる超獣らだけどね、あの世界においては私にもあれ倒すことは不可能だよ。

 だって考えてもごらんよ、魔力がもっとあった時代の『神魔わたしたち』でさえ、彼らを滅することが出来ずに、体内に封印するしか手が無かったほどの化物なのだからね。

 魔力の無い今のそちらの世界では、彼らを封印することは絶対に不可能だ。むしろ封印していた恨みによってサクっと殺されてしまうよ」

「俺たちを、いや世界を、救う手段は無いと言うのか」

「ない」

「ではお前は、俺たちに滅びろと言うのか?」

「ハァ……、どう考えても先に私を滅ぼした君たちが言って良い台詞には思えないけどね……

 まぁ私は優しいからそんな台詞は言ってあげない」

 フフンッと嗤い視線に力を込めて、

「勘違いするな人間! 君たちは自分で自分の首を絞めて滅ぶんだ!

 他人ひと所為せいにするな!」

 今度は笑みを浮かべつつ、

「だが安心して欲しい、人類はそうやって滅び、また生まれて、そして滅ぶんだ。

 君たちが滅べば再び魔力は満ち、私の様な存在が新たに生まれ、あの化け物たちを封印してくれるはずさ。

 良かったじゃないか、君たちの星の子孫・・・・は安泰だね

 さぁ話は終わりだ、帰りは私が送ってあげよう」

 ニコリと笑って、私は異世界の門を開き彼を元の世界へ捨てた・・・


 そして私は心の中で自嘲する。

 世の中には殺して良いモノと悪いモノがいると言う事だ。

 必要悪とはとても良い言葉だと思わないかな?







 子孫の男を追いやって城に戻った私を出迎えてくれる眷属かぞくとどりあん。喜ぶ面々の中、一人だけ浮かない表情を見せているのは、言わずと知れた人間の味方である氷ぃっちだ。

 果たして彼女は、私を殺した前の世界の住人にまで慈悲を見せるのだろうか?

「氷ぃっち。サービスだ。

 言いたいことがあるなら言っていいよ」

 そう問い掛けた私に、氷ぃっちは一瞬、口を開きかけたがすぐに噤んだ。彼女は首を横に振って、

「いいえ、何もないわ」と、言って顔を伏せた。

「本当に? 実は救う手段があるとしてもかな?」

 彼女は表情を変えることなく再び首を振る。

「それでも貴女は、世界から追いやった彼らを救うべきではないと、あたしは思う」

「そっか」

「ええそうよ」

「すまない、試す様なことを言った。

 本当に救う手段は無いんだよ」

「その程度の嘘、今さらあたしが見抜けない訳は無いでしょう……

 だって貴女は家族にはとても優しいもの。やって来たのが子孫の彼でなければ、会話もせずに殺していたでしょう?」

 その問い掛けには私は答えず、「疲れたから寝る」と言って棺桶ベッドに潜り込んだ。

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