28:吸血鬼は古と邂逅す①

 ある昼下がりの事、春先の心地よい陽のあたる温かいテラスで氷ぃっちと二人ソファーに座ってお茶を飲んでいた。ただし互いの会話は無く視線は下へと向いている。

 私たちは白髪のお爺さんから借りた、別々の本に視線を落として読書しているのだ。


 朝から読んでいたこの分厚い本もついに終盤に差し掛かり、物語の締めへと向かって走っていた。

 猟奇殺人物の本で、手に汗握った犯行シーンの描写はとっくに終わっていて、今は安楽椅子の探偵役が、犯人のアリバイ崩しや犯行の動機について、ご丁寧な解説をしていると言った所かな。

 本の楽しみ方は人それぞれで、私は犯行シーン─血が舞うとなお良い─が一番好きなのだよ。だから終盤この辺りでは、犯人が自分を最後の作品として華々しく魅せてくれることを祈りつつ読んでいる。



 読了。

 パタンと本を閉じて……

「なぜ猟奇な犯人が素直にお縄につくんだよ」

 と、呟いた。

 それを聞いた氷ぃっちは眉を顰めながら、

「ちょっとやめてよ。それまだ読んでないんだからネタバレしないで頂戴」

 その矛先は『殺人』ではなく『ネタバレ』だった。

 常に人を保護する立場を見せる彼女だが、物語の中の人までは関与しないらしいね。


 さて次の本は~と。

 二人の間にあるテーブルに乗っているのは二冊で、一冊は先ほど読み終えた本、昨日に私が最初に物だった。

 三冊借りたうちの二冊は読み終えているので、後はいま氷ぃっちが読んでいる本だけとなる。二人の読む速度はほぼ同じ。最初に私が手に取った本が薄かったことと、氷ぃっちの仕事具合、さらにあの本の厚さは他の物より分厚い事から、こんな状況になっているらしいね。

「日も落ちそうだしその本は明日にするよ」

 そう告げた瞬間。

『……ッ…………ァ。』

「!?」

 聞こえた声はあまりにか細い……

 突然に反応した私に、

「ど、どうしたのよお嬢ちゃん?」

「シッ!」

 私は声を拾うために、目を閉じて両手を耳の後ろに当てて耳を澄ませた。

 短い言葉だったが氷ぃっちは理解したようで口を噤んでくれた─本のページをめくる事さえやめている─。


 五分ほど……

「ダメだね、聞こえなくなった」

「一体なんの話、あたしには何も聞こえなかったわよ」

 首を傾げる氷ぃっちに、私は真剣な表情を見せて、

「皆を集めてきてくれるかな、いや……そうだな。

 魔王やんの執務室に行くよ。噛みくんを呼んで来てくれるかい」







 執務をバリバリとこなしている魔王やん。

 何がそんなにやることがあるのかとは思い書類を覗けば、どうやらギルドのやり取りと金周りの事が大半みたいだ。

 少し待っていると、噛みくんを連れて氷ぃっちがやって来た。


「一体、何様ですかな?」

 皆が集まった所で、部屋の主の魔王やんがソファーを勧めつつ訊ねてくる。

 私は全員が座って聞く体制が取れたのを確認した後、

「どうやら私はしばらく城を空ける必要があるらしい。

 その間の事はすべて任せるから、皆で仲良く・・・、協力してやってくれ」

 私の声色がいつになく真剣だったことから、皆はその言葉がとても意味のある話だと理解したようだ。


「その理由を聞いてもよろしいかな?」

「聞くと後悔するかもしれないよ?」

 冗談交じりに、クククと嗤ってそう告げる。

「あたしはそれでも聞きたいわ」

「我は執事ですからな、当然主人の予定を把握するために聞きますぞ」

「おいらは皆が聞くなら聞いてもいいっすよ」

 何とも主体性の無い一匹が混じっているが、まあよいだろう。こうして私は皆に促されて世界の真理を語ることとなったのだ。



「さて時間が無いので手短に話すよ」

 先ほどの声がもう少し大きければ、場所が特定できたから時間もあったのだが、あまりにか細く方角しか分からなかったのだ。

 少々移動に難があるが、先ほど影を切って先に走らせているので、多少の時間は稼げるだろう。


「こちらの世界には『神獣』や『神魔』と呼ばれる存在が居ることは伝わっているだろうか?」

 そう問い掛けたのは、唯一のこの世界の生まれである氷ぃっちだ。

「本当に存在いるかは知らないけれど、『神獣』の事は伝説でなら聞いたことがあるわね。エルフが護る深い森の中に棲んでいるだったかしら?」

「その森の方角はもしや北東かな?」

「えっ? えーっと……、うんここからならば北東になるわね」

「じゃあそちらの方で合っていそうだな、良い情報だった。お陰でもう少しだけ時間が出来たよ」

 意識の裏で先行する影をそちらの森へ向けて走るように微調整する。


「魔力が溜まる場所に腫瘍しゅようが出来る。それが進めばそこに歪が生じて異世界の魔物がやってくると、ここまでは理解しているだろう。

 では歪みが出来なければ魔物はやってこないのだろうか。それについて君たちは考えてみたことはあるかい」

「えっ、普通は居ないんじゃないっすか!?」

「では、魔物と人間の差は誰が決めるのだろう。

 一括りに魔物と言っているけれど、大量殺人する人、人を殺す魔物、人語を解している私。さてこれらの違いは何が基準なのだろうか?」


「その言い様ですと人間と魔物に差は無く、人間の始まりも歪から生まれたことになりませぬか?」

「ああ、そう聞こえてしまったか。失礼、説明の仕方が悪かったね。

 答えは、『歪が無くても生物は産み落とされる』だよ。じゃなければ最初にやってくる魔物はどこで生まれたと言うんだい」

「つまり人間も魔物の様に、ただし、この世界の魔力から生まれたと言うのかしら?」

「人間と括られると私には答えようがないけれどね。

 この世界の生き物、少なくとも始祖のモノたちはそのように生まれたよ」

「始祖のモノ?」

「言い方を変えれば、『神獣』または『神魔』だね。あぁ世界によっては『神』や『邪神』を名乗る酔狂なモノもいるかもしれないね」

 一旦言葉を切り、「ちなみに前世界で私は『神魔』だったよ」と、クククと嗤う。


「その『神魔』と言うのは、どういう存在なのかしら?」

 名に意味が無いと気づき、すぐに本質を質問してくる氷ぃっち。

 やはり彼女は賢いね、だからこそ私は彼女がとても好きだよ。


「生まれたよからぬ・・・・モノ達を圧倒的な力で滅する、または封印する存在の事だね。

 ああここで言うよからぬ・・・・とは、自分にとってと言う意味で人間を主観とする表現ではないよ。だから『神』だったり『邪神』だったりと、人間達からは好きに呼ばれるね。

 ちなみに互いに自分の我が儘を通すために、邪魔する相手を排除して回っただけの事だから、場合によっては複数いることもあるよ」

 単純な話だが、自分がやりたいようにやるために、邪魔な相手を倒して周り最後の一人となれば─姿によって、人から呼ばれ方は違うだろうが─それが『神』だ。

 ただし邪魔にならないなら放置するので、二人の『神』が居る場合もある。


 そして先ほどの声。

 それはこの世界の、きっと余命幾ばくもない『神』が発した最後の呼びかけだ。

 あれが聞こえた存在モノは、その地に赴き彼の後を引き継ぐか、それとも滅びるのを待って新たな覇権を争うか。

 私はほんの数年だがこの世界で平穏な生活を送った。

 そして、この様に気の良い眷属かぞくにも恵まれている。だから面倒事は嫌いだけど後を継いでやろうと思っている。


 あらかた話を聞き終えた眷属かぞくは、「もしも継がないとどうなる?」と言うことを尋ねてきた。

「そうだね、始祖でも滅することが出来る奴は大した相手じゃないんだよ。滅するに至らず封印しかできなかった存在は再び解き放たれて、世界で暴れるだろうね」

 つまりは蓋が壊れると言う表現がいいだろうか。

 『神』が手に持つ壺には数多のよからぬモノが居て、『神』はその壺を手で押さえて蓋をしている。倒れれば当然、その手はだらんと垂れ下がり蓋が開かれる。


 この世界が滅びる様は見たくない。

「さてと時間も厳しい。ちょっと行ってくるね」

「はい、行ってらっしゃいませお嬢さま」

「了解っす!」

「きっと帰って来てね」

 眷属かぞくに見送らつつ私は影に潜んで消えた。

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