22:吸血鬼の育たない日常

 ギルドと密約を交わして早二年ちょい。私がここにきてだときっかり三年だ。

 街道を荒らす野盗は本気で間引きしなかったので、一向に数が減ることもなくて適度な食事として手に入るようになった。

 森での獲物が減っていることから、これらの仕事はもっぱら噛みくんが行くことが多くなっている。幸いなことに森の狩人でもある噛みくんは、獲物を狩り尽くさないと言う暗黙の了解を理解しているので安心だね。



 さて食事の心配が無くなると人はどうやら趣味の世界へと走り出すようだね。

 我が家で特にその傾向が強いのは、どうやら拘り気質の魔王やんまおやんだ。

 何を思ったのか彼は突然、「お嬢さまには新しい食事を知って頂きたい!」と、言い始めて何やら調理場に籠ってやり始めたんだよ。


 とは言っても、私がどこぞで生れ落ちてから千年ほど、今でも同じ『血』を食しているが味に飽きる様なことは無いのだけどね。

 そもそもそれしか食べられない─栄養的な意味で─のに飽きる訳がないんだよ。もし飽きるなら生物的に間違っているからね。

 そんな訳で私は魔王やんの発言なんてすぐに忘れてしまったよ。


 さてある日の事、彼は血刺すチップスと言う品を作り上げて私に出したのだ。

 血刺すチップスと言うのは、串になにやら赤い球がいくつも刺さっていてね、食べると口の中で血が弾けると言う食べ物だったのだけど、調理中に血の新鮮さが損なわれてしまって見た目だけのモノに成り下がっていたのだ。

 まぁ食感は今までになく斬新だったけれどね─血は普通液体だからね─

 それを魔王やんに指摘すると、

「くっ見た目に捕らわれ食材の鮮度を見落とすとは、料理人の名折れです。

 誠に申し訳ございません!」

 と、いたく謝罪されたのだ。

 そこまで本気の料理人なのかい!? と、ちょっとこっちが引く思いだったよ。

 おまけに彼はその場で責任を取って、その腹を掻っ捌きそうだった。包丁を腹に当ててもうすぐにでも~という所で、間一髪、私の声を聞き付けて氷ぃっちが現れ、「床が汚れるからやめてくれる?」と、冷たい眼鏡の視線で叱りつけたのだ。

「しっ、しかしだな!!」

 と、まだ諦めない様子の魔王やんだったが、

「誰が床掃除すると思ってるのよ」と、再び光る眼鏡+ブリザードな視線を向けられて、やっと諦めてくれた。



 そんなことが数日前にあり、さて今日の昼食の席では、リベンジと言わんばかりに、

「お嬢さまこちらが新作の血固冷凍ちこれいとーでございます」

 銀色の皿の乗せられてズイと差し出されてきたのは、薄らと冷気の漂う赤茶色の小さな固形物が二つ。どうやらこれが、─魔王やんの命名─血固冷凍ちこれいとーと言うらしいよ。

 名前で判断するに、血を新鮮なうちに凍らせた料理の様だ。どうやら前回の食材の鮮度と言う反省点をクリアした料理のようだね。


 予想通り、欠片を一つ手に取ると指先にはヒンヤリと冷たさを感じる。そのままポイと口に入れれば、表面はふわりと口の中で蕩け始めて、口いっぱいにその味を感じることが出来た。

 さらに使用した食材─血─の加工方法が違うのだろうか、表面のサラッとした感じと違って溶けだした中心部にはドロッとした濃厚なモノが入っている。

 サラサラからやや濃厚なものへと味が変化したのだ。

「お、おぉー。美味しいよ、これは傑作だね!」

 ヒョイと二つ目を手にしてぱくりと口に入れ絶賛した。

「お褒め頂きありがとうございます。

 前回の反省を踏まえまして、今回は食材の味をそのまま生かす様に工夫いたしました」

「いやはや、次回作にも期待してしまうね!」

「え?」

「ん?」

「い、いえ、次回もご期待に添える様に頑張ります!」

 これは……、どうやら次回のつもりは無かったようだね。







 庭を管理しているのは庭師の噛みくんだ。

 しかし生えている樹や草、そしてなぜかキノコに至るまで、彼の趣味はそれほど反映されていない。彼はもっぱら「この樹が欲しい」と言う誰かの依頼で植えているのだ。

 植え方に傾向でもあるのかと尋ねてみたことがあった。

 すると彼は、玄関の前から城門までを指して、

「ここら辺はお嬢っすね!」と、一応、私がここの主人なので良い場所を確保したと言う事らしい。お陰で知られたくない樹が発見されたこともあったけどね。

 続いて噛みくんは、日が当たる城壁側を指して、

「あっちは魔王やんの樹っす」と、教えてくれる。食事に使うハーブ、油の取れる木の実や香辛料が生る樹などだ。ほとんど調理関係かな?

 そして最後に、城門の影になり日が当たりにくい、じめっと湿る付近を指して「あそこが氷ぃっちの畑っす」と教えてくれた。


「えーとどれどれ。はぁ? 氷ぃっちは一体何を植えているんだよ」

 じめっとした所には山菜の様な草と、キノコに、カビいや苔かな、なんだよこれ。

「確か薬の材料って言ってましたよ」

「そう言えばあの子、魔女だったね」

 魔女とは怪しいキノコやら野草を干して乾燥させ、それを大きな鉄鍋でグツグツと煮て薬を作るのだ─吸血鬼ヴァンパイアの偏見です─

 天日干しで乾燥させていたのはこの辺の奴か~と、少し納得した。


 そこへ籠を手にした氷ぃっちがやってくる。

「あら二人してどうしたの?」

「お嬢に庭に植えた樹なんかを説明してたんすよ!」

「うん、説明を受けていたのだよ。

 で! 氷ぃっち、これなに? 苔と思わせておいてカビかな?」

 薄緑が薄らと生えた触れれば崩れ落ちそうな草。

 氷ぃっちは眉をひそめて、

「失礼ね、森で採取して植え替えた薬草よ。それを乾燥させてお茶に混ぜているのよ」

「えぇ!? 私はこんな怪しいものを飲まされていたのかい」

「ほんっと失礼ね。いいかしら、このカビみたいなのはバストアップの効果がある薬草なのよ。お嬢ちゃんの為にやっと見つけてきたんだからね!」

 なんと! まさかそんな薬草があるとは!

「でもさ……」

「何も言わないで頂戴」

 ここに来たときに─肉体年齢─十四歳だった私だが、今では三年経過して十七歳になっていた。本来、不死の私が年をくう必要はないのだけどね、子供の姿は何かと不便なのでいつも通りの永遠の十八歳までは成長する予定なのだ。

 さて前の世界では、豊満なバストを誇った私だったが、三年経った今。

 変わってない……

 夢も希望も詰まってなかったよ、この貧乳。

 美味しくもないあの果物だってちゃんと食べてるし、氷ぃっちもこんなに協力してくれている。教えて貰った体操だって毎日欠かさずやってるんだよ!

 しかし、変わってないんだ。

「まだ十七歳なのよね? そこからググッと育つ子も居るわ! 大丈夫!」

「やめて、フラグ立てないで!」

 あと一年か~と、とてもとても深いため息を吐く私だった。



 ちなみに、

「大丈夫っすよお嬢! 胸は数で勝負っす」

「人型には二つしかねーよ!」

「胸と言うのは所詮は贅肉。つまり脂肪ですからな、あまり量が多いとやや胃にもたれますなあ」

「食べるな!」

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