第367話 竜攘虎搏

 奇妙な二人組みであった。

 一人は身長180センチ半ば、痩せ細った身体で長い銀髪が目立つ。服装は青を基調としたジュストコールに中はベスト、下はスパッツのように脚にフィットした真っ白なズボンにロングブーツ、貴族と言われても納得できる身なりである。


 一見すると人族の貴族か富裕層の青年にも見えるのだが、大きな特徴が二つあった。


 一つは口から二本の牙を覗かせていること、もう一つが魔人族や堕苦族のような青い肌――――異様に肌が青白いのだ。よく貴族を“青い血”と表現することがあるのだが、日中にこの男を見ればひと目で気づくだろう。生者の温かい血など一切流れていないアンデッドだと。


 もう一人は190センチ半ばに体重は100キロほどだろうか。鍛え抜かれた肉体に鉛色の髪、折れてはいるがその特徴的な巻き角は典型的な魔人族の男と言えるだろう。


 この見た目は40代ほどの魔人族の男は深緑色の鎧を纏い、奇妙なことに両手・・に盾を装備していた。


「御老公、招集に馳せ参じてみれば、死徒同士で相争っているとは、これ如何に。小生、説明をしていただきたい」

「うむ」


 鷹揚に頷きながら、ドルムはさり気なくアーゼロッテを守るように位置取りする。


 この二人を信用していないのだ。それも争っているメリット以上に。


「メリちゃんね、サトウって子に洗脳されてるみたい」


 アーゼロッテの言葉に銀髪の男が「ほう」と、微笑みながら声を漏らす。もう一人の魔人族の男は「なんと」と、言葉とは裏腹にハッキリと笑みを浮かべているではないか。


「これ早まるでない。まだ確定したわけでは――――」

「ですが、争っていたのは事実でしょう」

「漆黒の、儂の話を――――」

「洗脳を解くにしても、まずは動きを止めなければなりません。しかし、相手はあのメリットさんですからね。ふふっ、最悪の事態が起こっても――――」


 制止するドルムを振り払って、銀髪の青年がメリットに向かって跳躍する。


「死んだ際には、その肉体は私が頂きます」

「お前が死ねっ」


 速射砲のような拳撃が放たれる。宙に浮いている銀髪の青年では躱すことはまず不可能――――否、躱す気など毛頭ないのだ。


「それは悪手ですよ」


 メリットの拳が空を切る。霧化させた青年の身体を捉えきれなかったのだ。


 しかし、青年も「悪手」と言っておきながら、メリットへ攻撃しなかった。いや、できなかったのだ。目を凝らせば、青年の口元から顎にかけて血が伝っているではないか。


(霧化してなお私にダメージを与えるとは。欲しい、欲しいっ。なんとしても私のコレクションに加えたい)

「なにをぼうっとしてやがる」


 青年の背後にメリットが立っていた。

 その後頭部へ拳を放とうとしたメリットの全身を、雷光が貫く。


「ククレカちゃん、油断しちゃダメだよー」


 銀髪の青年――――ククレカを助けたのはアーゼロッテである。


(ああ、いい。いいな。あなたも必ず私のコレクションに加えてみせる)


 助けてくれたアーゼロッテに対して邪な思いを抱くククレカへ、黒煙を突き破り飛び出てきたメリットが拳を放つ。


「雑魚がっ!!」


 巨岩に破城槌を打ち込んだかのような衝撃音が発生する。


「ククレカ殿、油断せぬように」


 メリットの拳を盾で受け止めた魔人族の男が、ククレカへ苦言を呈する。


「ルーディーさん、感謝します」


 悪びれた様子もなく、ククレカは後方へ跳躍して逃げる。


「徒手空拳においては最強。相手にとって不足なし」

「はあ? 私は全部で最強なんだよ!」


 三度、メリットの拳が炸裂するのだが、音速を超える拳撃をルーディーはいとも容易く受け止める。


「最強を名乗るのなら、せめて第一、第二くらいは倒さねば資格がないのでは? と小生は思いますな」

「なら、お前が連れてこいや! 逃げ回ってないで、私と戦えってな!」


 気炎を吐きながら、メリットが龍人拳・初伝『龍拳』を発動――――ただでさえ、アーゼロッテたちとの戦いで掻き混ぜたかのようにめくれ上がっている大地が、衝撃波によってさらに撹拌される。


「おおっ」


 興奮した様子でルーディーは『龍拳』を盾で受ける。以前、ユウはメリットの『龍拳』に対して『闘技』で肉体を強化し、さらに盾技LV5『重化グラビ・トン』LV6『鉄壁』LV7『オーラシールド』と複数の盾技を駆使して受け止めたのだが、ルーディーは『闘技』――――それに二つ名の由来となっている盾技『金剛壁』のみで耐える。


「いやはや、これが名高き『龍拳』、巨人族をも一撃で――――」


 自身の防御力に絶対の自信があるのだろう。地面に数メートルもの2本のわだちを刻みつけ、ルーディーはメリットの一撃を防ぎきり、盾から顔を覗かせると。


「――――なんとっ」


 不穏な気配を感じ取ったのだろう。ルーディーが見上げれば、そこには頭上から踵落としの体勢に入っているメリットがいた。


 咄嗟に、ルーディーは二つの盾を上下・・に構える。そう、メリットの蹴りは上からだけではなく、下からも挟み込むように放たれていたのだ。


 龍人拳・初伝『龍咬りゅうこう』――――両足を龍の牙に見立てて上下から同時に放つ蹴り技である。


「ぬううっ!!」


 上下からの圧力にルーディーの口から声が漏れ出る。


「このまま死――――ぐがっ」


 盾ごとルーディーの両腕をへし折ろうとしたメリットの横っ腹に、ドルムの戦鎚が突き刺さる。


「ちっ、爺め!」


 大地と平行に吹き飛んでいくメリットが、右腕を伸ばして地面に触れて急ブレーキをかけると、そのまま飛び跳ねるように天高く舞い上がる。到達点に達すると次に落下し始め、縦回転で急降下しながら着地を決めると、メリットは自分の横っ腹を撫でる。


(つまんねえ奴らだ)


 死徒を同時に四人も相手にしながら、メリットにはまだ余裕があった。しかし、死徒との戦いは面白くないとも感じている。どうもメリットは彼らとの戦いには気が入らないのだ。それがなんなのかはメリット自身もわからないし、わかりたいとも思っていない。


「これは真正面から殺り合うのは分が悪いようですね」

「真正面じゃなけりゃ私に勝てるとでも? 言うじゃねえか三流吸血鬼がっ」

「三流っ!? いくらなんでも失礼な。私にはククレカ・ バルシュミーデ・ベルツという由緒正しき家名があります。偉大なる吸血鬼の始祖の血を受け継ぐ私を侮辱することは許しませんよ」


 ククレカが両腕を横に伸ばし『死霊魔法』を発動すると、地面からアンデッドが這い上がってくる。


「私の大事な、おも……お友達――――勇者シリーズです。端から『双迅の勇者』イーサン、『山津波の勇者』ファーガス、『風天』アーニー、『花葬剣』ゾーィ――――」


 計十体ものアンデッドを自慢するように、ククレカはメリットに紹介する。メリットとルーディーは興味なさそうに、ドルムは明らかに不快感を露わに、アーゼロッテはいつも変わらぬニコニコ顔であるのだが、その目の奥では明らかに見下していた。


「私が教主様とした契約の一つに、死徒がお亡くなりになった際はその遺体を私が譲り受けるとなっています。ふふっ、死を恐れる必要はありません。死後は私が蘇らせ、永遠を約束しましょう。そして私と共に、私の夢を叶えるために力を貸してください」


 ククレカは冗談ではなく心の底から願っているのだ。

 全ての生者を亡者と化すことで、世界に平和が訪れると。

 だから自らの夢を手助けしてくれる強いアンデッドを常に求めているのだ。


 この場にいる十のアンデッドも、死後にククレカが墓から掘り起こし盗んだ者たちである。


 生前は人々から勇者と称えられ、その死を惜しまれた勇者たちを、よりにもよってアンデッドとして使役するククレカの所業を誰が認めるだろうか。


「聞いてもねえのにクソしょうもねえ話をペラペラしやがって」

「この状況で私たちに勝てるとでも?」


 アイテムポーチから取り出した武具をアンデッドに渡しながら、ククレカはメリットを品定めするように見つめる。


「私としてもできれば全盛期の状態で、アンデッドにしたいものです」

「ククレカ殿、あくまでメリット殿の洗脳を解くというのが目的であることを忘れぬよう」

「わかっています。ただ、これほどの使い手を無傷で無力化するなど、ね? さて、ドルムさん、アーゼロッテさん、いつまでも見ていないで加勢していただきたいものです」

「はーい」


 渋々と返事するアーゼロッテとは違い、ドルムは無言で頷く。

 先ほどはルーディーを守るために、メリットへ不意打ちを仕掛けたドルムであった。だが本音を言えば、この二人に協力をしたくないのだ。


「メリットさんも待ちくたびれているようですし、始めましょうか」


 ククレカが指を鳴らすと、物言わぬアンデッドたちが一斉に動き出す。


「は?」


 メリットの視界を花びらが覆う。

 花びらの隙間を通すように、レイピアがメリットの眉間に迫る。音なしの刺突に対して、メリットは顔をわずかに逸らすだけで躱し、蹴りを鳩尾へ叩き込む。足首までめり込んだメリットのつま先蹴りを受けて、アンデッドの背中が爆ぜる。


 次に向かってきたのは、手斧を左右の手に持つアンデッドである。奇妙なステップでメリットの懐へ潜り込むと、横回転で竜巻のような連撃を繰り出す。


 目にも止まらぬ連撃に対して、メリットは刃の腹の部分を弾いて捌いていく。


「やりなさい」


 ククレカの指示と同時に大量の土砂が津波となってアンデッドごとメリットを飲み込む。


「飛び出てきたらアーゼロッテさん、頼みますね」

「いちいち言われなくても、わかってるよー」

「迅雷の、もう少し離れるんじゃ」

「えー。でもあんまり距離を置くと、メリちゃんに躱されちゃうよ?」

「ふむ。それはもっともな言い分じゃな。じゃが、念のためあの二人から離れておくんじゃ」


 共闘している者の言葉ではない。だが、アーゼロッテはドルムの指示に素直に従い空へ移動していく。


「御老公、指示は統一したほうがよいと、小生は思うのですが」

「女子を矢面に立たせろと?」

「そうは言っ――――」


 大地が爆ぜ、大量の土砂により今度はドルムたちの視界が塞がれる。


「アーゼロッテさん、この土煙を――――ごふっ」


 服が汚れるのを嫌ったククレカが、土煙から離れようとした瞬間、その腹部をメリットの拳が貫いていた。


「お前の玩具、お前と一緒でおもしろくねえんだわ」

「ぐっ、ふ……ふふっ、言ってくれますね」


 慌ててククレカが霧化して逃げていく。メリットはその様子をつまらなそうに見ており、追いかける素振りすらない。


「では小生がお相手仕る」


 盾を構えて突っ込んできたルーディーを膂力に物を言わせ押し返し、距離が空くなりメリットの連撃がルーディーを襲う。


「これはまた凄まじいですな」

(妙だな)


 拳に伝わる手応えにメリットは訝しむ。


(こいつ、硬く――――防御力が上がってねえか?)


 通常の攻撃でも音を置き去りにするメリットの拳を、ルーディーはすでに百発以上は喰らっている。盾や鎧で軽減できているとはいえ、それでも肉体に蓄積されるダメージは甚大だ。


 事実、メリットもこの戦いで身体には鈍い痛みが蓄積されていた。いかにルーディーが盾職とはいえ、痛む素振りどころか十全に身体を動かし続けているのは異常である。


「悩みどころですな。本気を出すべきか隠すべきか」

「誰を相手に物を言っていやがるっ」


 格下扱いしている者の言葉に、メリットの頭の中が一瞬で真っ赤に染まる。


 力任せに薙ぎ倒してやろうとするも、両者を分断するように風の刃が割り込む。


 メリットが忌々しげに見つめる視線の先に、風を操るアンデッドの姿があった。

 空にメリットが拳打を放つ。それだけで発生した衝撃波がアンデッドを襲うのだが――――


「お人形遊びはよそでやっ――――爺っ!!」


 ――――その衝撃波はドルムの創り出したアダマンタイトの壁が盾となって防ぐ。


「のう、赤手の。今からでも遅くはない」

「よく喋る爺だな」

「是非もなし、か」


 砕け散った千年百足の甲殻から作られた鎧の代わりに『鉱物操作』によって新たな鎧がドルムの身体を覆っていく。アダマンタイトやオリハルコンではない。貴重で希少なヒヒイロカネや青生生魂アポイタカラに星鉄の粉末を混ぜ合わせたものである。


「爺が無理すんな」

「最早、言葉は不要っ! 覚悟せい!!」


 己を死兵とし、ドルムがメリットへ襲いかかる。合間合間にルーディーが攻撃を防ぎ、ククレカの操るアンデッドがメリットへ攻撃を仕掛ける。距離が空けば、上空からアーゼロッテの魔法が容赦なくメリットへ撃ち込まれた。


 激しい戦闘は明け方まで続くも、決着はつくことはなかった。


「メリット殿は?」

「逃げて――――いいえ、あれは飽きただけでしょうね。しかし、あれだけの深手を負わせたのですから、しばらくは大人しくするでしょう」


 自分も身体の三割を失いながら、ククレカが言葉を口にする。


「ですが、これは大きな損失です」


 この戦いでククレカは貴重な勇者のアンデッドを四体も失っていたのだ。


「さて、補充をどこかで――――」


 そう言うククレカの視線の先には、半死半生のドルムがいた。一番矢面に立ち、かつアーゼロッテへの攻撃を許さず守り通した代償ともいえる。


「御老公、虫の息ですな」

「おお、可哀想に」


 二人の目はとても仲間に向けられるようなものではなかった。


「では、折角ですから私が有効利――――ぐあっ!?」


 雷光が迸る。

 ドルムの身体へ手を伸ばしていたククレカの右腕が、雷によって消し炭と化す。


「アーゼロッテさん、なんの真似ですか?」

「汚い手でおじいちゃんに触らないで」

「これはまた随分なお言葉ですね」

「小生も、今のは言い過ぎと思いますな」


 二人の言葉を無視して、アーゼロッテはドルムのもとに降り立つ。


「おじいちゃん、大丈夫?」

「うっ…………う、む。世話を……かけ……るっのぅ…………」


 アーゼロッテの回復魔法によりドルムの傷が癒やされていく。同時にドルムの固有スキル『藥軀盧摂やーくると』も活動を再開する。


「――――せないなぁ」

「迅雷の、今なんと申した?」


 背中を向けているので、ドルム側からはアーゼロッテの表情が読めない。ドルムは嫌な予感を覚え、慌てて立ち上がろうとするのだが。


「おじいちゃん、ちょっと行ってくるね」

「待てっ。待たんか!」


 ピンクの傘を開くと、そのままアーゼロッテの身体が浮遊し、空高くへと昇っていく。あっという間にその姿は小さくなり見えなくなる。


「お主ら、なにをしておる! 早う追いかけぬか!」

「そう言われましても、ね」

「ふむ。小生たちでは追いつけない。そもそも追いついても連れ戻すのは難しいでしょうな」


 ククレカは空を飛べるのだが、その速度は到底アーゼロッテに敵わない。また戦闘になった際は、一対一ならアーゼロッテのほうが強いのだ。

 ルーディーは空を飛べないので論外である。


「いかん。良くない予感がする」


 どうしたものかとドルムが悩んでいると。


「じっさま、なにを慌てふためいてんだい」


 アーゼロッテが消えた反対側の空より、雲に乗った獣人――――猴人こうじんのセイテンが現れる。


「むっ。炎神の、良いところに来た!」


 もともとの約束の時間を大幅に過ぎているのだが、今はそのようなことを問い詰めている場合ではないと、ドルムは事情を説明する。


「そりゃ大事になりそうだが、オレっちでもアーゼロッテは厳しいな。最悪、殺し合いになるぞ。なにしろあいつ、基本的にじっさまの言うことしか聞かねえだろ?」

「それでも連れ戻してこんかい! 男じゃろうがっ!」

「耳元で、でけえ声で騒ぐなよ。じっさまも、いい歳なんだからさ」


 「うききっ」と笑うセイテンにドルムは歯軋りする。


「まあ、オレっちは無理なんだが――――」


 いまだ浮遊する雲をセイテンが親指で差す。


あの・・人なら」

「おお……貴方はっ!」


 ドルムは目を輝かせ、ククレカは目を伏せ、ルーディーは頭を下げるのであった。

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