第366話 四面楚歌

「馬鹿って誰に向かって、言っているのかな?」


 雷光だけでなくアーゼロッテの身体から漏れ出る殺気と雷鳴によって、この場だけでなく周辺の山々から動物や低ランクの弱い魔物が我先にと逃げ出していく。


 四方数キロにまで及ぶ濃厚な殺気は、常人では立っていられないほどのモノである。


 だが、殺気を向けられている当のメリットは、大きな欠伸をしながら肩を掻いていた。


「誰って、お前以外にいねえだろ。ホンットに馬鹿なんだな」


 「ホンット」という言葉を溜めて言うことで、心底バカにしている印象をアーゼロッテだけでなく、傍にいるドルムにまで与えていた。


(いかんっ)


 アーゼロッテから笑みが消えたのを見て、ドルムが慌てて二人の間に入る。


「死徒同士で争うでないっ!」

「うるせえぞ爺っ、でしゃばんじゃねえよ。どうせ女狐にチクったのもお前らなんだろうが」

「儂らがそのような真似をするわけなかろうが。よいか、赤手の。貴様のつまらぬ企みなど、教主殿は全て見通しておるわ。それに女狐とはなんじゃっ! 教主殿と申さぬかっ!!」

(こいつらじゃ、ない?)


 勘の鋭いメリットは、ドルムの口調から嘘をついていないと判断する。


(じゃあ、誰がチクったんだ? 私はユウの家から出てねえぞ)


 ユウの屋敷と迷宮を往復する日々を過ごしていたメリットのことを、どのようにしてイモータリッティー教団が知ったのかをメリットは思案する。


 都市カマーに出かけた当日に、イモータリッティー教団の信徒がメリットに接触してきたのだ。


 それはあまりにも教団の動きが早すぎる。事前にメリットがユウの屋敷にいることを知ってでもいなければ理解できないほどに。


(誰だ?)


 イモータリッティー教団以外でメリットの動きを把握し、かつ教主に密告できる者がいることにメリットは不快になる。


(そんな奴がいるか? 爺の口振りじゃ、こいつらも知らねえ奴か?)

「――――聞いておるのか?」

「あ?」

「じゃから、どのような企みでサトウに近づいたのかと聞いておるんじゃ」

「企みだぁ? なにをわけのわからねえことを言ってんだ」


 思考の邪魔をされたからか。苛つくメリットは腰掛けている岩の一部を手で握り潰す。そんなメリットを宙に浮遊するアーゼロッテが無表情で見つめていた。


「つまらぬ腹の探り合いをするつもりはない。なぜサトウに手を出して、なおかつサトウの家に居座っておるんじゃ。まさか企みもなく、その場の思いつきでとは言わぬだろうな?」

「はあ? 爺っ、ボケてんじゃねえだろうな。私は新婚生活を満喫してただけだろうがっ」

「ほっ!?」


 思わず気の抜けた声がドルムの口から漏れ出る。ずっと殺気が漏れ出ていたアーゼロッテまでもが、虚を突かれたかのように目を見開く。


「な、なにを言っておるんじゃお主はっ」

「もういいよ、おじいちゃん」

「なにを言う、迅雷の」

「メリちゃん、洗脳されてるんでしょ。さっきからバカみたいなことばっかり言ってるんだもん」

「ふむ……」


 まさかメリットに限ってと思いつつも、あまりにも理解不能な言動に、ドルムはアーゼロッテの推測に思わず同意しそうになる。


「倒しちゃおっか。そうすればメリちゃんも正気を取り戻すよ」

「落ち着かんか、迅雷の」

「落ち着いてるよ。おじいちゃん、他に方法があるの?」

「今は思いつかんが、とにかく死徒同士で争うなど――――」

「くくくっ」


 笑い声、それも嘲笑である。

 アーゼロッテとドルムが会話を中断し、声の主――――メリットを睨みつける。


「なにがおかしい、赤手の」

「なにがおかしいって、そらおかしいだろ。死徒同士ってなんだよ、まさか私とお前らが同格とでも思ってんじゃねえだろうな?」


 これまで二人を窘める立場であったドルムから、不穏な空気が漂い始める。


「第三死徒、第七死徒と数字こそ違えど、儂らは同格じゃ」

「くかかっ。前にも言ってやっただろ? 弱い奴が死徒になるなって」

 ミシミシと、ドルムの纏う千年百足の甲殻鎧から悲鳴のような軋む音が聞こえてくる。ドルムの上半身が膨張しているのだ。


「儂を弱者と申すか?」


 ドワーフらしい厳つい顔に、年齢を積み重ね垂れ下がった瞼の奥から放たれる眼光は、並の者ならば萎縮しかねない。その顔面にメリットの拳が突き刺さる。


「ごふっ」


 鮮血を宙へ撒き散らしながら、ドルムが吹っ飛んでいく。その勢いたるや数十もの木々をへし折りながら、やっと止まるほどであった。


「弱えっ、弱ええっ。これが弱くなくてなんて言うんだよ」


 いとも容易く顔を殴らせたドルムの反応の鈍さに、メリットは苛つく。ユウなら、この程度の不意打ちをむざむざと喰らいはしなかったと。


「聞いてるぞ。鉱山で炭鉱夫だったお前とその仲間が、寝てたのか封印されてたのか知らねえが高位天魔を掘り出して、そこの町の領主が鉱山を封鎖したそうじゃねえか」


 木々が――――ドルムが吹き飛んでいった場所から火が、炎が――――否、大炎が天へと昇っていく。


「存分に死合おうぞっ!!」


 緋龍の槌を握り締めたドルムが、狂気をはらんだ眼でメリットを睨みつける。


「かああああああつっ!!」


 大炎を纏う緋龍の槌を、ドルムは横薙ぎに振るう。空気を焦がしながら迫る槌に対して、メリットは恐れず踏み込み距離を潰す。


 槌は先端の重い頭部を当てることで最大の威力が出る。並の者が相手ならば、柄の部分でもドルムの膂力を以てすれば脅威となるだろう。


 だが、相手は並の者ではなくメリットである。

 唸る柄の部分を防ごうともせずに、そのままメリットは左腕で受け止めると、右手でドルムの顔を鷲掴みする。


「私とお前みたいな爺で、殺し合いになるとでも思ってるのか?」


 素で157キロを誇るドルムの身体が腕一本で持ち上げられる。


「領主が自分の治める町を守るために、天魔ごと鉱山を封鎖するのは別におかしなことじゃねえだろ。それともなにか? 封鎖された際に取り残されたことに対する恨み――――ああ、違うな」


 それ以上は口を開くなと言わんばかりに、ドルムが左腕で拳を振るう。しかし、身体を持ち上げられた状態では満足な威力は出せず、メリットの口を塞ぐことは叶わない。


「腹減って自分のガキ・・・・・を食ったのは、お前の判断だろうが。それを領主や人族のせいにして、知ってるか? そういうのを八つ当たりって――――」


 メリットの右腕から突如、鮮血が飛び散る。

 第三者からはなにが起こったのかは見ていてもわからなかっただろう。


 ドルムのアクティブスキル『鉱物操作』によって、アダマンタイトとオリハルコンの粉末を混ぜ込んだ特殊な刃を構築し、何枚もの薄刃がメリットの強靭な皮膚と肉を斬り裂いたのだ。


「少しはやるじゃねえかっ」


 好戦的な笑みを浮かべながら、メリットが左拳をドルムの腹部へ放つ――――のだが、腹部の前にミスリルの粉末が集まり盾となる。


「しゃらくせえっ!」


 厚さ5センチものミスリルの壁を以てしても、メリットの拳撃を防ぐことは叶わず。再び、ドルムが吹き飛ぶのだが、その途中でドルムの身体が宙に固定したかのように止まる。


 見れば、ドルムの身体から何本ものロープ状の鉱物が地面に打ち込まれており、それがドルムの身体を固定していたのだ。


「赦さんっ!!」


 宙へ飛び上がったドルムの両手には緋龍の槌と紫鋼銀龍の槌の、二本の槌が握られている。本気でメリットを殺す気なのだ。


「肉体だけじゃなく心まで弱い奴が偉そうに」


 そう呟くと、メリットは腰で両拳を構える。


「ぬおおおおっ!!」

「はああっ!!」


 ドルムが繰り出したのは槌技LV10『朝夜終槌ちょうやしゅうつい』、それも二槌で同時に二発放つという離れ業である。対してメリットは龍人拳・中伝『龍破・身角灯りゅうは・みかくとう』――――共に超大型の魔物を倒すことを想定して編み出された技が、対人で使用された。


 二槌と両拳の間で、膨大な破壊の力が押し合い、そして――――弾ける。


 大地に巨大なクレーターが出来上がり、周囲の木々が生い茂る山が禿げ山と化す。


「がふっ……」


 打ち負けた・・・・・ドルムがはるか上空を舞う。竜を捕食することもある千年百足の甲殻から作られた鎧は砕け散り、身体の至るところから夥しい量の出血をしている。


「おじいちゃん」


 両者の戦いを見守っていたアーゼロッテは、これまで近接戦のため援護ができなかった。


「なんだ、まだいたのかよ。お前はもっと悲惨だよな。エルフのお姫様がよりにもよって人族の男――――」


 雷が雨のようにメリットへ降り注ぐ。その威力たるや、大地までもを貫くほどである。


「死んじゃえっ!!」


 これまでの雷でも十分に高位魔法であったのだが、さらに強力な雷が――――古代魔法第10位階『天覇招雷』が、白と青の雷が極大のレーザー砲のようにメリットの身体を貫く。


 恐るべきはこれだけの高位魔法を放ち続けているのにもかかわらず、アーゼロッテに疲れが一切見えないことだろう。


「まだまだいくよー」


 古代魔法第9位階『ノヴァ』、同じく第9位階『星堕とし』、さらにレナが密かに開発中の魔法『雷公・鋼杖墜葬ネーメズィス』――――巨大な鋼の塊に雷を纏わせて、天高くから落とす戦術級魔法をトドメに放つ。


 局所に核融合爆発や隕石が降り注ぎ、ダメ押しに神の杖とも呼ばれる『雷公・鋼杖墜葬ネーメズィス』を放たれたのだ。


 数分前までは山々に囲まれた自然豊かな大地が、今では数十万規模の戦争があったと見紛うほど荒れ果てた大地と化していた。


「おじいちゃん、生きてる?」


 直径2メートルはある金属製の球体から、ドルムが姿を現す。


「うむっ」


 顔色こそ悪いものの、固有スキル『藥軀盧摂やーくると』によって、致命的な傷を修復済みのドルムは立ち上がり周囲を見渡す。


「赤手は?」

「さあ? 死んだんじゃないかなー」


 あまりにも大規模な魔法を立て続けに使用したために、大地はめくれ上がり、巨大な穴がいくつも穿たれていた。


 このような場所で人を捜すなど、無理かとドルムが捜索を諦めようとしたそのとき――――


「少しは効いたぞ」


 その声に二人は驚きもせずに振り返る。

 そこには岩盤を押し退けて、立ち上がるメリットがいた。


「ふう、人の服をボロボロにしやがって」


 瓦礫を埃でも払うかのように落としながら、メリットは首をポキポキと鳴らす。当然、メリットは無傷ではなかった。ドルムとの打ち合いで両腕は至るところが裂けて血が流れ――――すでに出血は止まっているようだ。


 しかし、アーゼロッテの魔法により身体中から黒煙を、さらに体内にも少なくないダメージを負っているのは間違いなかった。


「なにを呑気に休憩なんかしてやがる」

「いかんっ!」


 突如、メリットの姿が消えた――――アーゼロッテの動体視力ではそのようにしか見えなかったのだ。


 反応できたドルムが庇うようにアーゼロッテの前に出る。結果――――


「ぬおっ……ぐが…………っ!」


 アーゼロッテが無意識に展開する『天雷結界』とメリットの拳撃を、挟み込むように受ける羽目となる。


「おじいちゃんっ」


 高位の魔物でも黒焦げになる雷を『鉱物操作』により作り出したロープを地面へ撃ち込み、アースとしてダメージを減らす。


 メリットの拳撃はアダマンタイトの防壁を築き、受け止めようとしたのだが、それでもメリットの拳を防ぎ切ることは叶わず。ドルムの腹部へ、拳が深々とめり込む。


「爺が無理すんなっ」

「この――――」


 跪くドルムの後頭部へ肘打ちを放とうとするメリットへ、アーゼロッテが魔法を放とうとするも――――


「遅え!」

「きゃっ」


 『天雷結界』ごと、アーゼロッテをメリットは殴りつける。


「舐めるでない!」


 自身も深手を負っているにもかかわらず、ドルムがメリットへ襲いかかる。


「銀龍よ、力を貸せいっ!!」


 槌を地面へ叩きつけるとスキル『紫槍山』が発動。ドルムの左手に握る紫鋼銀龍の槌が紫色に輝き、ドルムの眼前500メートルを扇状に紫色の槍が埋め尽くす。


「ちっ」


 龍人拳・初伝『歩々龍ポポロン』で宙へ駆け上がっていくメリットが眼下を見下ろしながら舌打ちを鳴らす。


 不意に大地の一部が光ったかと思うと、大火球や雷光がメリットに襲いかかる。


「そこにいたか」


 宙にいながらもアーゼロッテの放った魔法を軽々と躱すと、メリットはアーゼロッテ目掛けて降下――――いや、駆け下りていく。


(まずいのう。迅雷と赤手では相性が悪すぎる)


 血を流しすぎた影響でドルムは頭が冷えたのか。アーゼロッテのもとへ駆けながら、戦況を冷静に分析し始める。


「この、このっ! 死になさいよっ!」


 高位魔法を雨あられのように放ち続けるアーゼロッテであったが、その尽くが無駄に終わる。


 メリットとアーゼロッテでは、住んでいる速度域が違い過ぎるのだ。

 超一流の後衛であるアーゼロッテは、当然パッシブスキル『詠唱破棄』を所持している。思うと同時に魔法は発動するのだが、メリットはアーゼロッテの思考速度を上回る速度で動き、攻撃を仕掛けてくるのだ。


「ぴーぴーうるせえ女だな、お前が死ねよっ」

「そうはさせん!!」


 どうしても後手に回るアーゼロッテをドルムがフォローする。だが、そのせいでドルムがメリットの攻撃を受け続ける羽目となり、結果――――


「ぐふっ……ハァハァ…………っ」

「私は大丈夫だよ」

「そうはっ……いかん」


 血まみれで自分を守るドルムを、悲壮な顔でアーゼロッテが声をかける。自分の身くらい自分で守れると言っているのだが、アーゼロッテではメリットの攻撃をまともに喰らえば一発で死にかねないのだ。


「二人がかりなら私に勝てるとでも思ったか」


 奇妙な状況であった。

 レーム大陸中にその名を轟かせる死徒が、それも一人ではなく二人が同時に追い込まれているのだ。しかも、その相手は同じく死徒である。


「では、三人がかりならどうですか?」

「しゃらっ!!」


 突如、背後に現れた気配に、メリットは振り返りもせずに後ろ蹴りを放つ。


「おお……怖い」


 メリットの蹴りは男の身体を貫通し――――いや、男の身体の一部が霧と化して通り抜けていた。


「私の邪魔をしてんじゃねえぞっ」


 お構い無しでメリットは距離を詰めて、男へ拳打を放つのだが。


「ほう、さすがは『赤手空拳』。この身体の芯にまで響く一撃、小生は驚きを禁じ得ない」


 二人の間に割って入った者が、メリットの拳を片方・・の盾で軽々と受け止めた。


「“嘘つき”と“変態”かよ」


 銀髪の男と角の折れた魔人族の男を見ながら、メリットは不快感を隠さず呟くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る