第360話 怖い怖い

「なんだこりゃ?」


 ネームレス王国の鍛冶屋工房、ムッスの館をあとにしたユウが次に訪れたのがウッズのもとである。


 工房で鎚を振るっていたウッズは訪ねてきたユウたちを自室へと招き入れる。工房内だと煩すぎて、会話もままならないのだ。その際に魔落族の族長マウノと三大名工が一人ゴンブグルまでしれっとついてきたのには、ウッズも苦笑するしかなかった。


「んー、なんじゃこれ?」


 ゴンブグルがウッズと同じ疑問を、ユウへ問いかける。

 ちょっとした作業もすることがあるので、ウッズの部屋の広さはそれなりのものである。そして飲食するだけでなく作業用も兼ねている机はドワーフらしい質実剛健な作りなのだが、その机の上にユウが置いた欠片がウッズたちには謎であった。


「おー、んん? 黒竜の鱗?」


 口籠るユウの姿に埒が明かないと、マウノが『鑑定』で謎の欠片を見れば、黒竜の鱗と表示される。


「これも」

「これも!」


 続いて、ユウは申し訳なさそうに次の欠片を机に置く。


「んー、これも黒竜の鱗のようじゃのう」


 ゴンブグルは二つの欠片を摘んで「謎かけかのう?」などと、呑気なものである。


 だが、ウッズはなにかに気づいたかのように、ゴンブグルから欠片を奪い取ると震えながら呟く。


「ユ、ユウっ……まさかこりゃ……黒竜の…………」

「おっちゃん、直せる?」

「直せる?」


 机に乗り出したナマリがユウの真似をして、マリファに「お行儀が悪いですよ」と叱られる。


「直せるって……お前っ……こんな…………オーガの鼻くそでも、もうちょっとあるぞ」


 ウッズの言葉にマウノとゴンブグルは揃って「わははっ!」と大笑いする。


「あーあー……こんな姿になっちまってよ。わざわざ順番に出すってことは、この欠片は黒竜の盾にガントレットなんだろ?」


 思い入れのあるモノだったのだろう。ウッズは懐かしむように、無惨な姿となった欠片を見つめる。


「して、王が戦った相手は誰なんだ? いやいや、言わんでも儂にはわかるぞ。ウッズ殿の防具をこれほどまでに粉砕する相手――――巨人だろう?」

「んー。古の巨人かもしれんのう。それとも竜か?」


 相手が人ではなく強大な魔物だったのなら、まあ仕方がないかとウッズは無理やり自分を納得させる。


 だが――――


「やっぱ無理か……。じゃあ、これ修復しといてよ」


 アイテムポーチからユウがアダマンタイトの鎧を取り出して机の上に置くと、それを見たウッズたちは絶句する。


 ――――高硬度で知られるアダマンタイト製の鎧に傷が、それも一つや二つではない。無数のの痕が刻まれていたからだ。


「相手は……まさか人か?」

「し、信じられんな……アダマンタイト製の鎧だぞっ!?」

「んー、素手でアダマンタイトに傷つける相手か」


 三人は鎧の損傷を確認しながら恐れ慄く。

 そんな三人をよそに、ユウは新たにアイテムポーチから黒竜・燭と黒竜剣・濡れ烏の二本の大剣を、マリファは風竜革のジャケットを机の上に置く。


 鎧を穴が空くのではないかというほど凝視していた三人は、飛びつくように剣やジャケットを調べ始める。


「うおっ!? こっちも酷え刃毀れだな」

「儂が打った剣なら刃毀れしなかっただろうに」

「ふんっ、言うだけなら誰でも言えるからな」

「ぬははっ。ウッズ殿、負け惜しみか?」

「んー、やめんか二人共。それにしても、こちらのジャケットにも拳の痕か……」


 談笑しながらも細かく武具を確認していたウッズたちは、ユウが誰と戦ったのかを推測する。


「相手はメリットか?」

「おっちゃん、よくわかったな」

「素手でアダマンタイト製の鎧をボコボコにする相手なんて、そうそういないからな」

「噂じゃ聞いていたが、とんでもない女がいたもんだ」

「んー。それでメリットは倒せたんかのう?」

「いや、倒せなかった」


 その言葉に、ユウの表情から薄々わかっていたウッズたちは重々しく頷く。


「本当なら古龍の革で作った鎧でも渡したいところだが、まだ加工が難しくてな」

「ウッズ殿、できないものは仕方があるまい。とりあえずは間に合せで、あの鎧とガントレットを渡せばいいだろう」

「んー。それが良かろう」

「マリファ、お前のジャケットも修復したいところだが、この様じゃ以前ほどの性能は発揮できないだろうから、新しいのを用意する」

「そうですか」


 風竜革のジャケットも、見た目以上に損傷が激しいようで、ウッズは修復して再利用するよりも、新しいモノを使うようマリファに伝える。


 なにやらマウノやゴンブグルは「あれでいくか?」「んー。それもええが、あちらはどうじゃ?」と、悪巧みするように笑みを浮かべながら談笑していた。


「それでユウ、帽子のスキルはちゃんと発動したのか?」

「ん? スキルって『龍絶界』のこと?」


 飛行帽捌式に備わるスキルの一つ『龍絶界』が、メリットとの戦闘で発動したのかをウッズは気にしているようだ。


「ああ、ちゃんと発動してたよ。ただ、発動が任意じゃないのがなぁ」

 『龍絶界』の効果は、一定確率で害意のある魔法や攻撃を無効化するというものである。メリットとの戦いでも発動しており、攻撃を無効化していたのだ。


「まあ。そりゃそうだが、敵の攻撃を無効化できるってのは、かなりでけえ効果なんだぞ」

「わざと敵の攻撃を受けて駆け引きすることもあるからなぁ」

「むうっ……。俺は戦いに関してはからっきしだからな。その辺の使い勝手は思い至らなかった」


 謙遜するウッズだが、そこら辺のならず者程度なら素手で撲殺できる膂力を誇る。


「でもメリットの攻撃でも無効化できるって知れたのは大きいよ」

「やはりここは儂が古龍の素材で武具を作るべきだなっ!」

「んー。儂のほうがええモノを作れると思うがのう」

「ぬうっ!? ゴンブグル老、それは聞き捨てならんな」

「事実じゃからのう」


 言い争う二人を放置して、ウッズはユウに話しかける。


「おい、ゴーグルをつけろ」

「わかってるって」


 ウッズの指摘に、ユウは面倒くさそうにゴーグルをかけて「ほら、これでいいんだろ?」と、見せつける。


「ナマリ、お前がしっかりと見とけよ? マリファは真面目そうに見えて、ユウの言うことしか聞かねんだからな」


 チクリと嫌味を言っても、マリファの表情はピクリともしない。


「俺に任せてよ!」


 胸を張るナマリの頭の上では、モモまで「任せて!」とばかりに仁王立ちで決め顔をするのであった。



「この勘違いした女をボコすわよ!」


 クラウディアが剣を構えながら、ララたちに声をかける。

 冒険者ギルド1階で突如勃発したクラウディアたちとメリットの戦い。

 あろうことかメリットは三人がかりでかかってこいと挑発したのだ。


「やーよ」


 ふよふよと浮遊しているテオドーラが、ハッキリとした声で断る。


「なんでよ!?」


 なに言ってるのこの女はとばかりに、クラウディアが驚いた表情で問いかける。


「一人を相手に三人がかりなんて、情けないわね。ここは下っ端のあなたたちが戦いなさい。もし負けたら私が仇を取ってあげるから、安心してもいいのね」

「だ、誰が負けるって!」

「テオの言うことも一理ある。まずはクラウディアが戦うべき」

「はあっ!! それじゃあ私が一番下っ端みたいじゃない! あんたが戦いなさいよっ!」

「嫌よ」

「ほら、テオもこう言ってるよ」

「むきーっ!!」

「黙って勝負しろや!!」

「バ、バカっ! まだ話してる途中で――――」


 口喧嘩し始める三人に、痺れを切らしたメリットが襲いかかる。


「――――しょうがっ!!」


 音速の右拳を、再度クラウディアは剣で弾く。さらにそのまま勢いを落とさずに、横回転へと繋げて斬撃を放つ。


「やるじゃねえか!」


 口角が上がったままのメリットが、クラウディアの剣を左腕で受け止める。


「嘘でしょっ!? 私の剣を腕で受け止めるなん――――」


 速射砲のようなメリットの前蹴りが、クラウディアの腹部へ迫る。慌ててその場でしゃがみ込んで、クラウディアは蹴りを躱すのだが。


「――――いだっ」


 残るもう片方の足で、メリットはクラウディアの尻へかかと落としを放つ。尻へかかと落としを喰らったクラウディアは、前転で距離を取る。


「こ、このよくも乙女のお尻にっ!」

「くかかっ、この私を前に舐めた真似してるからだ」


 メリットは尻尾で130キロもの身体を支えていた。


「クラウディア、油断しすぎ」

「元々、あの程度なのよ」

「可哀想だから助けてあげる」


 「誰が可哀想ですって!」と、抗議の声を上げるクラウディアを無視して、ララがメリットに突っ込んでいく。


「来いよ。どれくらいできるか見てやる」

「私が上で、あなたが下」


 ララの握る魔剣グラムが唸り声を上げながら、メリットの首目掛けて振り下ろされる。


 対するメリットは、クラウディアのときと同じように剣を腕で防ぐのだが、その瞬間――――宙に鮮血が舞う。


(へえ、あのエルフより剣の腕は上か)


 皮だけとはいえ、メリットは自身の腕が斬り裂かれたことに驚く。


「褒めてやるっ!」

「嬉しくない」


 連続で放たれる拳打をララは紙一重で躱していく。


(こいつ、ユウと似たタイプだな)


 付与魔法で自身を強化しているララに、メリットはユウと同じタイプの戦闘スタイルだと分析する。


「お前も加われよ!!」


 浮遊するテオドーラへ、メリットは先ほどより力を込めて拳打を放つ。光り輝く結界にヒビが入り、メリットの左拳が貫通――――しなかった。


「私のような最強は、結界を複数展開するものなの。良かったわね、私から学べて」

「ほざけ!!」


 信じられないことにクラウディアとララという二人の剣の達人が放つ剣撃を捌きながら、メリットは渾身の蹴りをテオドーラへ放つ。


「うおおっ!?」

「ぶへ」

「ひええええ!!」


 蹴りと結界との衝突によって発生した衝撃波が、周囲の野次馬を吹き飛ばす。


 テオドーラの展開する数十もの結界が、破壊と再生を繰り返す。ベール越しにテオドーラの口を結ぶのが見えた。メリットを油断ならぬ相手だと判断したのだろう。


「はっは~! 良い顔するじゃないか」

「どうやら、お仕置きが必要なようね」


 以前のメリットなら、これほどの使い手を殺そうなどとは思わなかっただろう。殺せばそれまで、もう二度と戦うことはできないからだ。


 だが、今は違う。

 なぜならユウとナマリという、全力を出しても倒しきれない相手がいるからである。


「本気を出さないと死ぬぞ!」


 武技『縮地』からの龍人拳・初伝『龍拳』をメリットは発動――――対するクラウディアたちも、それぞれが剣技や魔法を発動させる。


 このクラスの強者がぶつかり合えば、冒険者ギルドなど――――いや、周辺一帯が塵と化すだろう。


(なんだ? おかしいぞっ)


 自身の攻撃だけでも周辺が瓦礫の山になっていてもおかしくないはずなのに、メリットが周囲を見渡しても転がっている冒険者や職員はいれど、建物自体に損傷がない。


「ちょっ、これ……」

「む……困った」

「私に対して大それた真似をっ」


 クラウディアたちが技や魔法を放ったポーズのまま固まっていた。


「お前ら、なんの――――なにっ!?」


 クラウディアたちを攻撃しようとしたメリットは、自身の身体が動かないことに気づく。


「あなたたち、ここがどこかわかっていて暴れているのでしょうね」


 昇降機――――冒険者ギルド増改築を機に、新設した設備である。その昇降機の扉が開き姿を現したのは、一人のエルフの女性――――エッダであった。


「エッダ! あんたの仕業ね! ちょっと、解きなさいよ! 私は味方でしょうがっ!!」


 喧しく抗議するクラウディアに、エッダは額に手を当てて首を横に振る。


「一緒になって暴れておいて、味方はないでしょう」

「ち、ちがっ! ララからも言ってやってよ!」

「私は止めようとしたから許してほしい」

「裏切り者っ!? あんた、抜け抜けと命乞いして恥ずかしくないの!」

「私は助かりたい」


 口喧嘩する二人の後ろでは、テオドーラが自身を拘束する結界の分析をしていた。


(この私を拘束するなんて何者かしら?)


 もう少し時間をかければ拘束を解除できると、テオドーラは静かに動向を見守る。


「おいっ! これはてめえの仕業か!」


 複数の結界によって身体を絡め取られているメリットが、エッダに向かって吼える。


「暴れたいならよそでしなさい。ここは新しく――――」


 壁に埋め込まれた冒険者たちを見て、エッダはよろめく。折角、綺麗にしたばかりの冒険者ギルドが早くも傷物にされたのだ。


「おもしろい! お前も一緒にふっとばしてやるっ!」


 恐るべきことに、ゆっくりとではあるがメリットが動き出したのだ。過去にエッダの結界で封じられて動けた者など、ナマリくらいのものだろう。


「どうした? 私が怖いか!」

「まあ、怖い怖い」


 メリットからの挑発を軽く受け流して、エッダはコレットのもとへ向かう。この騒ぎで休憩していたコレットも様子を見に来ていたのだ。


「コレット」

「は、はいっ」

「あなたが治めなさい」

「わ、私がですかっ!?」

この程度・・・・の騒ぎ、あなたなら対処できるでしょ? そこで腰を抜かしているのはあなたの後輩なんだから、先輩として手本を見せてあげなさい」


 とんでもない無茶振りである。

 だが、エッダはコレットの返事を聞かずに、クラウディアたちを拘束する結界を解くと、昇降機に乗ってさっさと帰ってしまったのだ。


「あ、あの…………」


 殺る気を削がれて棒立ちになっているメリットへ、コレットが話しかける。


「冒険者ギルド内で争いごとは禁止ですよ。どうしても手合わせがしたいのなら、修練場があるの――――」


 突如、コレットが宙に浮く。メリットがコレットの服の襟を掴んで持ち上げたのだ。


「なんだお前? 変な感じがするな」

「ひえっ。な、なにするんですかっ」


 パタパタを手を振り回すコレットを無視して、メリットは観察する。


「名前は?」

「ぼ、暴力は――――へ?」

「だから、名前はなんていうんだよ」

「コ、コレットです」


 その名を――――ユウから迷惑をかけるなと言われていた名前だと、メリットは思い出す。


「ちっ……お前がコレットか」

「あの?」

「暴れなきゃいいんだろ? お前に迷惑かけると面倒なことになるからな」


 先ほどまでの暴れっぷりはどこへやら、メリットはコレットを解放すると、大人しく冒険者ギルドから出ていく。


「す、すげえ!」

「あの化け物を大人しくさせちまった……」

「コレットちゃん、凄すぎだろっ!!」

「あの受付嬢は何者なんだ!?」


 ユウとメリットとの関係を知らない者たちからすれば、コレットがとんでもない圧力をメリットにかけて、言うことを聞かしたかのように見えたのも無理はない。


「これ……どうすんの?」


 争いの中心であったクラウディアは、放置されて混乱していた。ララは服についた埃を払い。テオドーラは昇降機を睨みつけていた。


「エッダを怒らせないほうがいい」

「エルフにもそれなりに強いのがいるのね」

「はあ? どのエルフと比べて言っているのかしら!」

「ぷぷっ、クラウディアに自覚なし」

「憐れなエルフなのね」

「なんですって! 待ちなさい!」


 逃げていく二人を、クラウディアが追いかけていくのであった。



 冒険者ギルドを出たメリットは激怒しているかと思いきや、ニヤニヤと笑みを浮かべながら道を歩いていた。


(くくっ。くひひっ。戦う相手に困ってたっていうのによ。あんな連中がゴロゴロいるなんてな)


 先ほど、自分を拘束していたエッダと相対したとき、メリットの全身の鱗が逆立ったのだ。


 巨人や竜を相手にしても、そのような状態になったことはない。それほどの相手だということである。


「あー、おもしれえわ!」


 気分良く空を見上げていたメリットが、突如――――自分の後ろを歩いていた獣人の男を掴んで路地裏へ姿を消す。


「さっきから人のことを付け回しやがって、なんの用だ?」

「わ、私はっ……イモータリッティー教団の信徒、名を――――」

「てめえの名前なんて興味ねえな。用件だけ言え」


 首を握り潰されるかと思うほどの力で、メリットは男を締め上げ持ち上げる。


「ごっ……ごれをっ……ひっ、ひとざ……がらの…………っ」


 懐から差し出した手紙を受け取ると、メリットは男を解放する。逃げるように去っていく男には目もくれず、メリットは手紙に目を通す。


「なんだ? めんどくせぇなぁ」


 この日、メリットがユウの屋敷に帰ってくることはなかった。

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