第346話 古参組

「おっ……良い女だな」


 ルヴトーは余裕すら感じさせる身のこなしで、男たちを薙ぎ倒していく自分と同じ狼人のグラフィーラを見て呟く。


「なにを呑気なことを仰っているのかしら」

「別にいいだろ? 良い女なのは事実だろうがっ」


 ルヴトーとヴィントが話していると、背後より地響きが伝わってくる。


「ま、待っでほしいんだどぉ~」


 ドシンッ、ドシンッ、走る度に振動がルヴトーたちの身体を揺らす。


「チッ、遅えぞ! このウスノロっ!」


 遅れて現れたのは十番隊隊長ヴァーランドである。

 ルヴトーに怒鳴られて、ヴァーランドは申し訳なさそうに笑みを浮かべて頭を下げる。


「あなたって本当にのろまなのね」


 蔑んだ目でヴィントが小言を言う。

 ヴァーランドにも言い分はあるのだ。ヴィントが開けた結界の隙間が狭くて、巨人族の大きな身体では通り抜けるのに時間がかかったこと。しかし、ヴァーランドはなにも言わず、いつもの愛想笑いで誤魔化す。


「なんでもそうやって受け入れるのは、どうかと思いますわよ。言い分があるのなら、ハッキリと仰りなさいな」


 ここまで言われても、ヴァーランドは愛想笑いを止めない。そのあまりにも情けない姿に、ヴィントはため息をつく。


「おいっ」

「姐さん、どうしました?」


 揉め事の臭いを嗅ぎ取って中央広場に乗り込み、ご機嫌だったはずのメリットが苛立っていた。


「あそこで転がってる連中は、まさか『不死の傭兵団うち』の者じゃないだろうな?」

「へ? ちょっと待ってくださいね。あ~、どれどれ……」


 団員の一人が目を凝らして見ると。


(げっ!? あいつらっ)


 ぶちのめされている中に昨日、説教した連中が混じっていることに気づくと、隊長のルヴトーへ小声で伝える。


「隊長、拙いっすよ。あそこで転がってるの、うちに入隊希望の、ほら、あいつらっすよ」

「あ? あんの野郎っ……」


 思わず大声を出しそうになったところを、ルヴトーは慌てて声量を落とす。なぜならメリットがこちらを見ていたからだ。


「姐さんが出るまでもないですよ。俺のところで対応しときます」


 訝しむメリットの視線を受けながら、ルヴトーは急いで指示を出していく。


「お前ら、さっさとあの女共をぶちのめしてこい!」

「隊長、全員で?」

「バカ野郎っ! 女相手にそんな恥ずかしい真似できるかよ。同数で行けっ! ほら、早くしろ!」


 「余裕っすよ」とメリットに向かってルヴトーは言うのだが。


「そう簡単にはいかねえよ」


 誰に言うでもなく、メリットはマリファを見つめながら呟く。


「お、おい。なんかゾロゾロ現れたぞっ」

「うへっ。マジだ」


 野次馬がメリットたちを見て、騒ぎ始める。見るからに荒事に長けた集団が乱入してきたのだ、無理はないだろう。


「大丈夫だろ。あの嬢ちゃんたちの強さ見ただろ? なーに数は多いが、さっきみたいに――――」

「い、いや。無理だっ」

「――――なんで?」

「あいつら……古参組・・・だ」

「なんだそりゃ?」

「『不死の傭兵団』の古参組だって言ってんだよ!」


 野次馬たちの顔が一斉に青くなっていく。

 一般市民にまでその名が知れ渡っている。それほど『不死の傭兵団』は有名で危険な存在なのだ。


「前の戦で千いた団員も、その数を二百~三百まで減ったらしい。その生き残った奴のほとんどが古参組って話だ。いくら、あの嬢ちゃんたちが強いたって、その辺にいる街のゴロツキを相手するのとはわけが違う。そ、それに……あそこにいるでけえ竜人族の女、団長のメリットだろっ」

「ど、どうすんだよ?」

「どうもこうも、俺らにできることなんてねえよ。だから衛兵を早く……いや、衛兵だって見て見ぬ振りするさ」


 ティンたちのもとへ向かっていく『不死の傭兵団』の団員たちを見て、野次馬の一人は「どうしようもない」と諦めの言葉を口にする。


「ティン」


 男たちを殴り倒していたティンに、ポコリが声をかける。


「ん? もうちょっとで終わるから待って」

「新手です」

「えー、面倒でやんなっちゃう」


 とても戦闘中とは思えない受け答えであるが、向かってくる男たちを見るなりティンの顔が険しいモノへと変わる。


「お姉さまより、相手は格上、油断せず、よく学びなさいとのことです」


 離れて戦っていたヴァナモたちがティンのもとへ集まると、アリアネがマリファからの伝言を伝える。


「へ~、おもしれえじゃん!」

「メラニーはすぐ調子に乗るから、やんなっちゃう」

「なぜ、あの者たちは全員でかかってこないのでしょう?」

「私たちを舐めているのでは?」

「魔人族の私からすれば、信じられない愚か者たちですね」


 相手との距離は100メートルほど、ティンたちとの間にはぶちのめされて地面に横たわる者や膝をついて息をする者など、その数は数十人に及ぶ。


「あ゛んの女共っ!! お、俺の身体が、許さねえぞ!! 生きたまま臓物を引き千切ってやるっ!!」


 全身にヴァナモの操る腐食馬蠅の卵を植えつけられ、悍ましい姿になった獣人の男が憎悪に顔を歪める。


「おいっ」

「あ゛? 誰に向か――――あ、ああ……ちがっ、待ってく――――ぶふぉっ!?」


 男の顔に蹴りが叩き込まれる。


「あんだけ言ったのに、また負けやがって!」

「ぎゃっ!? か、勘弁してく、だ――――ぎゃあ゛あ゛あぁっ!!」


 至るところで説教という名の制裁が始まる。一方的に振るわれる理不尽な暴力に野次馬たちは目を背ける。


「いや~待たしちまったな」


 笑顔を浮かべた豹人の男が顔に返り血をつけたまま、ティンたちへ話しかける。


「女性を待たせるなんて、礼儀知らずでやんなっちゃう」

「まあそう言うなよ。こっちにも面子ってもんがあるからよ、嬢ちゃんたちに恨みがあるってわけじゃねえが、大人しく死んでくれや」

「お前が死ねよっ!」


 先手を打ったのはメラニーである。自慢の速度で翻弄し、隙を見て殴り殺してやると、最初からトップスピードで動いた――――のだが。


「なんだなんだ? 俺とかけっこでもしてえのか?」

(こいつ、私の速度にっ)


 メラニーの速度に、豹人の男は苦もなくついていく。


「こっちも始めようぜ」

「もう始まってますよ」


 熊人の男の言葉に、ヴァナモは先ほどと同じようにカーテシーで挨拶した。無数のイエローホーネット、さらに腐食馬蠅を交えた油断のない攻撃を仕掛ける。


「蜂の巣は好きなんだけどなっ」


 鈍重に見えた熊人の男が背の鞘から大剣を抜き放ち振るう――――いや、ヴァナモの目では、その刃を視界に捉えることすらできなかった。

 大剣が振るわれる度にヴァナモの操る虫たちが、真っ二つとなって地面に転がっていく。バラバラになっても絶命はしていないのは凄まじい生命力だが、地面で蠢くのみで虫たちが再び羽ばたくことはなかった。


「あちょーっ!」


 なんとも気の抜ける掛け声に反して、その拳打は唸りを上げながら迫る。


「並の相手なら通用するん――――チッ」


 ティンの拳打を盾で受けようとした犬人の男が、慌てて後ろへ飛び退く。


「どうした?」

「あのグローブを嵌めた女の攻撃は受けるな」

「そんな警戒するような攻撃には見え――――おっ!? お前、血がっ」


 犬人の男の鼻から血が流れ落ちる。


「たぶん振動だ。距離を取ればそれほど怖くねえが、油断するなよ」

「言われてもするかよっ。そっちこそ、負けて恥さらすんじゃねえぞ!」


 敵が目の前で会話をしているにかかわらず、ティンは攻め込めずにいた。


(この男、強い。ご主人様直伝の『拳振けんしん』を初見で躱すなんて)

「わざわざ待っててくれたのか?」


 距離を保ちたいティンの考えを見透かしたかのように、犬人の男は盾を構え一気に距離を詰める。

 一方のティンは離れて距離を取ろうとするも。


「遅えっ!!」

「てあっ!」


 男の気迫に飲み込まれたのか、ティンは思わず右手で武技LV1『拳振けんしん』を放つ――――いや、放とうとしたのだ――――だが、その右手首を掴まれていた。全身で起こした振動を練り上げ、拳打として放つのが『拳振けんしん』である。その振動が、握られた手首で堰き止められていたのだ。


「喰らえっ!!」


 巨大な岩が衝突したかのような異音とともに、ティンの身体が宙を舞う。ただの盾を構えてのぶちかましではない。盾技LV4『シールドバースト』をもろに受けたのだ。空高く舞っていたティンの身体は、小石を蹴飛ばしたかのように、石畳の上を跳ねて転がっていく。


「よっしゃ! さすがだな。お前がちょっと本気だせば」

「…………っ」

「どうした?」

「おえ゛え゛ええええええっ」


 犬人の男が腹を押さえながら膝をつき、嘔吐する。


「あ、あの女っ!」

「お前、その腹」

「クソッタレがっ」


 男の鳩尾みぞおちが陥没していた。

 攻撃を躱せないと判断したティンは、躱すのを諦め相打ちへと持ち込んだのだ。

 武技LV2『爪先・振そうせん・しん』――――爪先つまさき蹴りと同時に振動を叩き込む技である。強靭な身体能力を誇る獣人の腹筋を貫き、そのダメージは臓腑にまで達している。

 だが、ティンの受けたダメージはより深刻であった。


「うっ……ぅ」


 無防備な状態で『シールドバースト』を受けた結果、ティンの左上半身は無惨な姿となっていた。

 顔の半分が潰れ、左腕はぐしゃぐしゃに折れ曲がっている。今も辛うじて立ち上がったものの、ふらついている。


「しつけえんだよっ!」

「なら、もっと速度を上げな!」

「死ねっ!!」


 一向に引き剥がせない豹人の男に、苛立ったメラニーが貫手を放つ。


「ごべぇっ……」


 豹人の男は貫手を躱しながら、メラニーの鳩尾に拳を叩き込む。


「ちーとはできるみたいだが、相手が悪かったな」

「な、なに勝った気になってんだ!」


 凄まじい速度で拳や蹴りを放つメラニーであったが、豹人の男は軽く捌いていく。


「俺と同じ獣人拳の使い手みてえだが」

「ぐ、ぐおおぉぉ……っ」


 メラニーの左脇腹に拳が突き刺さる。


「俺の相手するのは十年早えわ」

「はああっ!」

「うおっ」


 苦し紛れの肘打ちを放つも、それすらかすりもせず躱されてしまう。


「根性があるのは認めてやる。でも、あっち見てみろよ」

「グラフィーラっ」


 猫人の男を相手しているグラフィーラが為す術もなく、攻撃を受け続けていた。頼りになる相棒、シャドーウルフのエカチェリーナはすでに倒されており、ピクリとも動かない。


「お前らの負けだ」


 ルヴトー率いる一番隊は獣人を主体としている。普段から訓練では無手での手合わせを組み込んでおり。さらに隊長のルヴトー自身が獣人拳の達人であるために、徒手空拳を相手するのは慣れたものである。

 つまり、獣人拳の使い手であるメラニーやグラフィーラにとって、相性の悪い相手といえよう。


「勝手に決めるなっ……」

「いいや、遅かれ早かれ俺たちの勝ちだ。

 あっちの狸人の女と狐人の女は、どうやら魔法で時間を稼いでいるようだが、肝心のお前らがこのザマなんだぞ? まともな戦いになってるのは魔人族の女だけだ。それだって勝負がついた奴から、どんどん加勢するんだ、そうなりゃあっという間だぞ?」

「黙れっ!」

「ほらよ」

「ぐがっ」


 右拳にカウンターを合わされ、顔に拳を受けたメラニーがのけぞる。潰れた鼻から吹き出した血が、宙に糸を引きながら落ちていく。


「があああああーっ!!」

「しつけえよ」


 すでに豹人の男はトドメを刺す段階に入っていた。油断せず、的確にメラニーの身体へダメージを積み重ねていく。メラニーがまだ勝負を諦めていないので、なにか奥の手があるのかもしれないと、警戒心から深く踏み込まないだけなのだ。


「ハァハァ……私は、まっ、負けてねえっ!」


 半身になったメラニーは右腕を大きく後ろへ伸ばす。


(なんだ、獣人拳の『獣爪』? いや、あんなでけえ構えじゃ避けられるだけだ。そもそも距離を考えろよ、そっからじゃいくらなんでも遠すぎ――――)

「喰らえっ!!」

(――――『獣爪』!? こいつ、死にそうになって、頭がおかしくなっ――――)


 獣人拳『獣爪』はLV1の基本的な技である。爪に『闘技』を纏うことで引き裂く威力を上げるのだ。単純だが強力、しかし範囲は手が届く距離までである。

 用心していた豹人の男はメラニーから優に5メートルは距離を取っていたのだ。

 理解しているのか、していないのか。メラニーがそのまま右腕を振るう。予想通り五本の爪に『闘技』が一際強く纏われている。そのままでは決して届かない攻撃であった。

 だが――――


「なにっ!?」


 五指の爪から巨大な爪が現れる。爪の正体は『闘技』で創られた刃である。

 突如現れた五つの刃が、豹人の男の頭上から襲いかかったのだ。


「ぐおおぉぉぉっ!!」


 咄嗟に『闘技』を全開にし、防御する豹人の男であったが、その防御を斬り裂いて肉体にまで刃が達する。


「へっ……へへっ。ざ、まあみろ……ご主じっ……さ、まの技……」


 メラニーが前のめりに倒れる。すでに限界を迎えていたのだ。


「クソ女がっ!! しゃれになってねえぞ!!」


 全身から血を流しながらも、豹人の男は立っていた。


「『不死の傭兵団』を舐めたらどうなるか、身を以て教えてやらあっ!!」


 うつ伏せに倒れたまま動かないメラニーの首目掛けて、豹人の男は貫手を放つ。

 重厚な殺意を纏った貫手が、空気を斬り裂きながらメラニーへ迫る。だが、その貫手がピタリと止まる。


「今――――」


 右手で放った貫手の手首をマリファが掴んでいた。


「ダークエルフの嬢ちゃん、なんの真似だ? 俺と手を繋いで、デートでもしてえのかよ」

「今なんと言いました?」

「見学してたんじゃねえのか? あ? 放せやっ!!」


 豹人の男が凄んで、どれほど力を込めようとも、右手首から先が動かない。まるで鉄の塊と自分の右手が癒着したかのようである。


(この女っ、何者だ!?

 そもそも獣人の俺が、ダークエルフの、それも女に力比べで負けるだとっ!?)

「私の質問に答えなさい」

「ああっ? なんだっけ? そうだそうだ、確かお前の母親が売女かどう――――」


 その瞬間を豹人の男はおのまなこで見た。

 自分の手首を握り締めるマリファの手の表面――――皮膚の下で無数のなにかが蠢くのを。同時に自身の腕、尺骨が小枝でも折るかのようにへし折られるのを、優れた豹人の動体視力が、スローモーションのようにつぶさに捉えたのだ。


「ぎゃあ゛あ゛ああっ!」

「『不死の傭兵団』と、口にしたのか聞いているのです」

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