第308話 教王

「これは驚くべきことだぞ。『三聖女』様が自ら審議会を取り仕切るとはっ……」

「この目で見てもまだ信じられん。大きな式典でもお姿を現すことは稀だというのに」

「相も変わらずお美しい」


 ドロワットにリンクス――双子の『三聖女』を前に、聖国ジャーダルクの重鎮たちは驚きを隠せず、静謐であるべき聖光破毀法院はきほういんの大法廷がざわついていた。


(さて、あの若造がこの苦境をどう乗り切るつもりなのか、見物みものだな)


 バタイユは少し離れた席に座るオリヴィエを、気づかれぬようさり気なく様子を窺う。五万もの兵を失うという大失態を犯しておきながら、動じた様子が欠片も見受けられないオリヴィエのふてぶてしい態度に、顔にこそ出さぬものの、バタイユは内心で忌々しい奴めと毒づく。


「静粛に」


 自分たちよりはるかに年下の少女にしか見えないリンクスの言葉に、普段は主要な都市で聖務と政務を取り仕切っている者たちが「ははっ」と慌てて頭を下げる。


「では審議に――」


 静まり返ったのを確認したドロワットが本題へ入ろうとするが、何人かの者が挙手していた。そのうちの一人へ発言の許可を出す。


「発言の許可を与えていただきありがとうございます。またこのような場ではありますが、『三聖女』ドロワット・フォッド様、リンクス・フォッド様とお会いできた類稀たぐいまれなる幸運を光の女神イリガミットに――」

「前置きは必要ありません。必要なことだけを話しなさい」

「はっ。それでは早速、私を含めこの場にいる半数近くの者たちは『魔王、捕獲計画』についての詳細を知らされてはおりません。把握していることと言えば、『災厄の種』ユウ・サトウが魔王認定されたことくらいのものです。高位の聖職位に就く私たちにすら徹底した情報封鎖を敷いていたことから、大規模な軍事作戦であることは推測できますが、逆に言えば――それだけしか知らない者たちもいるなかで審問会を進めるのは、いかがなものでしょうか?」


 誰かがゴクリッ、と唾を飲み込む音が聞こえた。ただでさえ重苦しい空気のなか、聖職位の最高峰の一つ、『三聖女』に対して意見を述べたからである。


「あなたの言い分はもっともです」

「私たちに気を遣って、魔王認定と『魔王、捕獲計画』の失敗からおおよそのことを連想できるにもかかわらず、言葉を選んでいることも」

「心配せずとも、今からそのことについて説明します」

「安心しなさい。光の女神イリガミットの子たちよ」


 ドロワットとリンクスが交互に話す。その言葉に発言した男だけでなく、周囲の者たちも安堵の表情を浮かべる。


「発端は最重要監視対象であった『災厄の種』ユウ・サトウが、その危険度から滅ぼすべき存在――魔王に認定されたことから始まります」

「ですがユウ・サトウはあまりにも危険な力を保有していたため、滅ぼすのではなく封印するのが最良と判断されました」

「『魔王、捕獲計画』の実行に五万の兵を、情報封鎖、操作や周辺諸国への働きかけなど、費やした時間、金銭、物資、人材は莫大な量になります」

「五万の兵を率いる将は聖騎士団副団長バラッシュを始め『三剣』ガラハット、パーシヴァル、ラモラック、『聖拳』ドロス――」


 次々に聖国ジャーダルク内でも屈指の猛者の名が挙げられていく。


「最後に『三聖女』テオドーラです」

「さ、『三聖女』様までもが参戦していたのかっ」

「最強の布陣ではないか。あのテオドーラ様……待て、ドロワット様は確か『魔王、捕獲計画』は失敗に終わったと申していたぞ。なぜバラッシュ副団長はこの場にいないのだ? それにテオドーラ様はご無事なのかっ!?」


 再度、大法廷内がざわつく。


「静粛に」

「話はまだ終わっていません」


 リンクスとドロワットの両名から淡い光が放たれる。神聖魔法第1位階『緊心緩和リー・ラクス』である。席を立って騒ぐ者たちが落ち着きを取り戻し着席していく。


「現時点で五万の兵の生存は、ただの一人も確認できていません」

「その中には『三聖女』テオドーラも含まれています」


 先ほどを越える騒ぎになるかと思えば、皆が声を失っていた。現実逃避するように頭を抱える者、椅子から崩れ落ちるように膝をつく者、とめどもなく涙を流し続ける者など様々であった。


「バタイユ枢機卿、ここまででなにか言うことは?」

「私からはなにもございません」


 リンクスとバタイユは、互いに不思議そうな表情を浮かべる。

 大法廷内が落ち着きを取り戻すまでに、しばしの時間を要した。それほど『三聖女』の一人を失ったということは衝撃的なことであり。また『三聖女』がイリガミット教の象徴の一つでもあるということの証明であった。


「オリヴィエ教国大司教、なにか申すことがあるのでは?」


 静まり返った大法廷にバタイユの声が響く。


「私がですか?」

「他に誰がいる」


 苛立つようにバタイユが答える。


「『三聖女』殿が取り仕切っているこの場で、指名されたわけでもないのに私が勝手に発言するわけにはいきません」

「いつ謝罪の言葉を述べるのかと待っておれば、知らぬ顔をし続けおって。よくも抜け抜けとそのようなことを言えるものだ。貴様・・は『魔王、捕獲計画』の立案者であり、総責任者でもあろう。これだけの大失態を犯しておいて、責任がないとは言わさんぞ」


 バタイユの言葉に大法廷内が騒然となる。皆が神敵でも見るかのような殺気の篭った眼で、オリヴィエを睨みつけた。


「先ほどからバタイユ枢機卿はなにを仰るのですか。どうやら日頃の聖務や此度の件で心を乱されているご様子。ここは一度、退席して休まれてはいかがでしょう?」

「私の気が触れたとでも?」

「ええ、私にはそう見えます。なにしろ仰ることは支離滅裂で、ご自身・・・のしでかした失態を私に押しつけるのですから」

「なにをっ。貴様は――」

「オリヴィエ教国大司教の仰るとおりです」

「――リンクス様? あなたまでなにを仰るのですか」


 オリヴィエとバタイユの会話に割って入ったリンクスの手には、紙の束が見えた。その紙の束を大法廷にいる者たちに向かって掲げる。


「バタイユ枢機卿、これはあなたが立案し、提出した『魔王、捕獲計画』の関連書類です」

「そんな馬鹿なっ……」


 書類には確かにバタイユの筆跡で書かれたサインや印が押されていた。


「『魔王、捕獲計画』とは、バタイユ枢機卿が進めていた計画だったのかっ!?」

「その失態の責をオリヴィエ教国大司教へ擦りつけようと?」

「しかし、あまりにも無理があるのではないだろうか。あのバタイユ枢機卿がこのような稚拙な真似をするとは、とてもではないが思えん。それにあの書類には『魔王降臨計画』と書かれているではないか」

「だが、『三聖女』様がお持ちの書類には、バタイユ枢機卿のサインと印が押されているではないか」

「う、うむ」


 先ほどまでオリヴィエへ憎悪を向けていた者たちが、困惑するように静観する。


「言い逃れはできませんよ」

「こちらの書類は教王よりお預かりしたモノです」


(確かに私が作成し、教王へ提出したモノだが――それは他ならぬ教王自身が否決したではないかっ)


「それだけではありません。こちらの書類に押されている聖印と教王のサインは偽造されたモノです」

「あなたには書類偽造、枢機卿の立場を利用した越権行為を始めとする三十四もの罪が問われています」

「今回の審問会は、あなたを糾弾するために開いたと言っても過言ではありません」

「私的な思惑で聖騎士団を動かし、五万にもおよぶ兵を失い。そのうえ『三聖女』テオドーラ・サンチェスまで――バタイユ枢機卿、あなたが聖国ジャーダルクへ与えた損失は計り知れません」


 バタイユが抗議する隙を与えずに、リンクスとドロワットは矢継ぎ早に責め立てる。


「ですが今のあなたを見ていると、まともに受け答えできるとは思えません」

「よって処罰が決定するまで、謹慎を申しつけます」

「くれぐれも浅慮な行動に出ないように」

「これにて審問会を閉廷といたします」


 バタイユは様々な感情の篭った眼を自分に向けながら退出していく者たちではなく。自分に見向きもせず、大法廷を退出するオリヴィエの後ろ姿を目で追った。


(オリヴィエめ、このままでは終わらさんぞ)




 審問会から三日後、謹慎しているはずのバタイユの姿は聖都ファルティマの屋敷ではなく、数十はある隠れ家の一つにあった。


「お主、このような場所にいてよいのか?」


 老人とは思えないほどの偉丈夫な男が、バタイユへ話しかける。その傍には顔まで黒装束で身を固めた者たちが二十ほど、その中でただ一人、顔を黒い布で覆われていない男の顔は傷だらけであった。


「屋敷には替え玉を置いておる」

「バレればお主といえど、タダではすまんぞ」


 いくらバタイユが枢機卿とはいえ、三十四もの罪に問われている最中に謹慎を破って外出すればどうなるかなど明白である。


「どちらにせよ。このままではひと月もせぬうちに、枢機卿の聖職位を含むすべての権限を剥ぎ取られる。そうなれば、もはやオリヴィエの野望を止めることなどできん」


 精神的な疲労のためか、バタイユの顔はこの三日で驚くほど老け込んでいた。


「オリヴィエ・ドゥラランドか。俺やタモスがいくら調べても、わずかな手掛かりすら得ることができない恐ろしい相手だ」

「そもそも先代の教国大司教が急死したときブロソムが動いていれば、このようなことにはなっていなかったのだ」

「そう言われてもな。オリヴィエが殺った証拠がない」

「なにを甘いことを申しておる。証拠など、あとでいかようにでもなったであろう」


 バタイユの派閥であった先代教国大司教が急死した際に、後任を自分の派閥から送り込もうとしたバタイユであったが、教王は話すら聞こうともせずにオリヴィエを教国大司教に任命したのだ。どこの誰ともわからぬ若造を、教国大司教に大抜擢したことに誰もが驚いた。

 バタイユもただ黙って指をくわえていたわけではない。オリヴィエの懐柔や正体を探ろうと幾度となく仕掛けたのだが、そのすべては空振りに終わる。


「フハハッ。仮にも枢機卿が、証拠などいかようにでもなるとは拙いだろう」

「くだらん。今は言い争っている場合ではない。そんなことくらい、お主とてわかっているであろう。

 ベシエール、教王はまず間違いなくオリヴィエめに操られておる」

「ほほう……。あの教王を操るなど、並大抵の相手ではないな」

「私のほうで『魅了』『誘惑』を解除できる固有スキルを有する者を七名用意した。いずれも一流の使い手ばかりだ」

「俺のほうはブロソムから二十だ。タモスを含め、全員が花びらペタルの手練ればかりだぞ」

「よもやベシエール、お主と手を組むことになろうとはな」

「言うな言うな。俺だって長年に亘って政敵だった相手と共闘するなど思ってもみなかった」

「今の私でもジャーダルク宮殿までなら、戦わずともたどり着くことは可能だ。だが、その先は――」

「ならばその先は俺の出番だな。俺やタモス、一部のブロソムだけが知る抜け道がある。まあ、それでも戦闘は避けれんだろうがな」

「私がジャーダルク宮殿に放っている密偵の一人から、教王はここ数日は神託の間に篭っていることがわかっている」

「よりにもよって、ジャーダルク宮殿の最深部か……」

「だが、この機会を逃せば――」

「次の機会はない……か」

「そのとおりだ。『魔王、捕獲計画』の失敗による聖騎士団の再編成や、『三聖女』テオドーラの安否確認で聖女派がごたついている今が、唯一にして最後の好機だろう」

「わかった。では実行は――」

「――今夜だ」




「なにも――かはっ」


 ジャーダルク宮殿を護る精鋭の兵が、言葉を言い切ることもできずにベシエールの当て身によって無力化される。


「ハアハアッ。この聖浄の間を抜けた先の、ハアハアッ……聖光回廊を進めば……神託の間だ」

「息を切らしておるが大丈夫か?」


 ベシエールがバタイユへ声をかける。小柄な老人は皺だらけの全身から汗を吹き出していた。

 この聖浄の間にたどり着くまでに、バタイユが用意した私兵が六名、ベシエールが連れてきた二十の手練れのうち、すでに四名が命を落としていた。


「し、心配無用。今は聖国ジャーダルクの存亡がかかっておる!」

「政争にばかり情熱を注ぐいけ好かない爺と思っておったが、なかなかどうして気骨があるではないか」

「ぬ、抜かせっ。ぜえぜえ……」

「ワハハッ。タモス、バタイユが用意した者たちを一人たりとも失うでないぞ!」

「ベシエール様、お任せを」


 顔中が傷だらけの男が無表情で応える。


「バタイユ枢機卿っ!? いったいこれはなんの――ごふっ……」

「すまんがこれも聖国ジャーダルクのため、黙って死んでくれ」


 ベシエールの右拳が鎧ごと兵士の胸部を貫く。貫いた右手には心の臓が握られていた。


「あれだ! あれが神託の間に通じる扉だ」


 細かな装飾が施された巨大な扉は、千年以上の歴史を感じさせるに十分な存在感を示していた。このようなときでなければ、バタイユですら感じ入ったであろう。


「この先に入れるのは教王のみ」

「それはいい。邪魔者はいないと、ふん!!」


 ベシエールたちが巨大な扉を開いていく。その先には一人の女性が佇んでおり、ゆったりとした動作でバタイユたちのほうへ振り返る。

 そこには――ステラが立っていた。いや、ステラに似てはいるが、年齢は二回りほど若く見える。だが、そのステラに似た女性を見るなりバタイユは目に涙を浮かべる。


「なんの騒ぎですか」

「教王。このバタイユ、微力ながら救いに参りました」


 バタイユは教王に向かって深々と頭を下げると、後ろに控える者たちへ合図を出す。その合図に併せて、七名の術者が一斉に『誘惑』『魅了』を解除する固有スキルを発動させる。黄、赤、青、緑、様々な色の光が、強力な解除の力を伴って教王の身体を通り抜けていく。


「こ、これは……っ!?」

「いったい……どういうことだ?」


 術者たちが戸惑いの表情を浮かべ、バタイユへ説明を求めるように振り返る。


「どうした? 教王の洗脳は解けたのか?」

「――せん」

「なに?」

「この御方は…………教王様は――」


 術者が言葉を言い切るよりも先に、教王が魔力を解放する。


「いかん! 皆の者、私の後ろへ」


 尋常ではない魔力の奔流であった。魔力を解放しただけにもかかわらず、バタイユよりも前にいた七名の術者の身体は、この世から欠片も残らず消し飛んでしまう。


「ぜぇぜぇ…………」


 教王の魔力から、ベシエールたちを護るために結界を張り巡らせたバタイユは一気にMPを消費し、今にもその場で眠りたくなるほどの疲労感に襲われていた。


「私は操られてなどいません」

「ぜぇっ……ぜぇぜぇ…………そ、それではオリヴィエの企みを――」

「バタイユ、今はのんきに話している場合か。洗脳されていないのであれば、連れていくしかあるまい。タモス、手を貸せ」

「ハッ」


 ベシエールは連れていくと言うものの、もとは『三聖女』の一人であった教王だ。そう簡単にはいくまいと、わかっていた。

 ベシエールたちが音もなく素早い動きで教王を取り囲んでいく。だが、タモスはベシエールの背後に立っていた。


「タモス、なにを――ちっ」


 ベシエールの背後から、タモスがダガーで刺突を放つ。間一髪で躱したベシエールは油断なく構えを取る。


「躱されたっす」


 タモスの顔をした者から、少女の声が飛び出す。


「てめえ……タモスはどうした?」

「もちろん殺したっすよ」


 悪気が一切ない声色で、フフ・・は答える。


「俺が気づけないほどの幻影魔法か。いつからタモスとすり替わっていた?」

「そんな前のこと覚えてないっすよ」


 ベシエールは内心で「最悪だ」と呟いた。いつからタモスと入れ替わっていたのかはわからないが、ベシエールたちの動きが筒抜けだったことは間違いないのだ。


「神託の間を血で穢すことをお許しください」


 教王の前に跪く一人の騎士がいた。間違いなくベシエールの手の者が包囲していたはずなのに、誰一人としてその騎士の存在に気づけなかったのだ。


「『聖槍』ドグランっ」


 バタイユがそう呟いた瞬間――黄金の武具を纏う騎士の上半身が消えた。同時に教王を取り囲んでいた者たちが、胸から血を噴き出し倒れていく。


「こりゃどういうこった?」


 ドグランの攻撃を躱しきれなかったのだろう。ベシエールの左腕が、肩の付け根から吹き飛んでいた。他の者たちは胸に穿たれた一撃で絶命していた。戦技『心頭滅却』や薬などで痛覚を遮断し、少々の傷であれば再生するはずの自分の部下たちが、胸を一突きされただけで身動きもせずに絶命しているのは、ベシエールには不可解であった。


「あ~。なんでドグランさんの攻撃は当たって、フフの攻撃は当たらなかったっすか?」


 フフがドグランの周りをスキップするが、ドグランはベシエールから視線を外さない。


「罪を償うがいい」

「ヘッ。なんの罪だ?」

「ジャーダルク宮殿へ許可なく立ち入るだけでも大罪である。そのうえ神託の間へ入り、教王様の――教王様の御身体に触れようなどと…………許せんっ」

「ドグランさん、意地悪せずフフに教えてほしいっす」

「フフ、こうするんですよ」


 その声にベシエールが気づいたときには、巨大な尾が自分の背中から胸にかけて貫いていた。


「な……ぐぷっ…………なんだ、そりゃ?」


 ベシエールが神託の間の扉へ顔だけを無理やり向けると、そこにはオリヴィエとチンツィアが立っていた。

 チンツィアの九つある尾の一つが、ベシエールが反応することもできないほどの速度で放たれたのだ。


「チンツィアさん、そんなのぜ~んぜん参考に――あいだっ!?」


 ぶーぶー文句を垂れるフフの頭に、チンツィアが拳骨を落とす。


「ば、馬鹿なっ。し…………神聖なる、ごふっ……ジャーダルク宮殿に魔物が……入り、込む……など」


 バタイユがチンツィアの正体に唖然とする。その胸には他の者たちと同様に穴が穿たれていた。バタイユは全力の神聖魔法で傷を癒そうとしているのだが、効果が驚くほどないのだ。その場での絶命こそ免れてるものの、そう長くは持たないだろうことはバタイユが一番わかっていた。


「きょ、教王…………なぜっ…………? なぜ、ですか?」


 死ぬ前に教王の真意を聞かねば死んでも死にきれないと、バタイユは残るわずかな力を振り絞って問い質す。


「歪められた歴史を正すためです」

「ゆ……ゆがっ、た…………だす?」

「枢機卿であったあなたなら知っているでしょう。人族のために尽力し、身を捧げたにもかかわらず不当に貶められた少女がいたことを――私はサクラ・シノミヤの名誉を回復したいのです」


 胸の痛みを忘れたかのように、バタイユの顔が苦痛から恐ろしいモノでも見るかのように教王へ釘付けになる。


「そ……そんな、ごとをっ…………すれ…………がふっ……せい、国ジャー、ダ……ルが、い……や、ひ、ひと、族が…………ほろ……び」

「それならそれで構いません。人族は代償を支払うべきです」


 教王の言葉に対してバタイユはなにも言わない。ドグランは教王の前に跪くと。


「教王様、すでに死んでいます」

「そうですか」


 目を見開いたまま息絶えたバタイユを、教王は手のひらでそっと瞼を閉じさせる。


「ご報告が一点、エヴァリーナ・フォッドがヒルフェ収容所について探っている模様です。いかがいたしましょう」

「放っておきなさい。あの子もそろそろ聖国ジャーダルクが抱える問題を知るべきでしょう」


 教王が左腕を横に振るうと、バタイユたちの遺体が塵となって消えていく。


「協力に感謝するよ」

「始まりの勇者、あなたのためではありません」

「わかっている」

「すべては――」

「「――サクラ・シノミヤのために」」


 オリヴィエと教王は光り輝く天井を見つめながら、そう呟くのであった。

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