第297話 間抜け
魔王、
物見からの第一報に、ブエルコ盆地の外周を担当している三万にもおよぶ聖国ジャーダルクの騎士たちに緊張が走った。この者たちはユウを逃がさないための最終防衛ラインと同時に、外部からの敵を排除する最前線の役目も担っている。
「魔王は何人で来た?」
「一人だっ」
問いかける仲間へ答える物見の男の顔には、喜色が浮かんでいた。軍に所属する者が作戦中に感情を、それも笑みを浮かべるなど、本来であれば叱責ものである。それは物見の男も十二分に理解している。それでも堪えきれず口元がほころぶのだ。なにしろ、待ちに待って現れたユウはたった一人で、しかも――
「魔王は
離れた場所に仲間を伏せている可能性もある。懐にアイテムポーチを忍ばせていて、その中に武具を仕舞っている可能性もある。だが、一度戦闘が始まれば武器や装飾はともかく、鎧を身に着けることは困難である。いや、そんな時間を与えるつもりなどないと誰もが思っていた。気づけば物見の男のみならず、周囲の騎士たちの顔に笑みが浮かんでいた。
「よし、バラッシュ様へ知らせを走らせろ」
「俺が行こう」
戦闘が始まるまでは、通信系の魔導具の使用はバラッシュよりきつく禁止されていた。それゆえに、バラッシュへの報告は直接向かわねばならなかった。またブエルコ盆地から氏神を祀った小さな祠までの複数のルートは、バラッシュからの合図があるまでは封鎖せずに開放されていた。
「凄まじい闘気だ。とても話し合いに来たとは思えないな」
冗談ではなく、真剣な表情でロイはユウに話しかける。
日が沈み、祠の周囲に自生する光苔が発する柔らかい光が、ロイを照らす。暗闇の中では、あまりにも頼りない光源であった。
「ああ、お前の甘っちょろい顔を見てたら自然に出てたようだな」
勇者であるロイは『勇体』と呼ばれる様々な身体能力を上昇させるパッシブスキルを持っている。わずかな光源さえあれば、闇夜の中でも見通すことができる眼もその一つである。だが、ロイはこの闇夜の中で、ユウは自分よりもハッキリと見通しているように感じた。
ロイとユウの間は五メートルほど開いている。話し合うというには距離があり、むしろこれから対決でもすると言われたほうが納得できそうな雰囲気である。
「話し合いに応じて来たと考えていいんだね?」
ユウが頷くと、ロイは小さく息をはきながら肩から力を抜く。ユウの闘気に当てられ、気づかぬうちに全身が強張っていたのだ。
ロイが白魔法第1位階『ライトボール』を発動させようと手に魔力を込めるのだが。
「このままでいい」
明かりをともすことを拒否したユウに「なぜ?」という当然の疑問がロイの頭をよぎるが、ユウの機嫌を損なって、この好機を失うことを恐れたロイが理由を聞くことはなかった。
「お前が言っていた――」
「その前に、先に僕の質問に答えてほしい」
ロイがユウの顔色を窺うと無愛想な表情であるものの、特に感情の揺らぎはなく、ロイの言葉を待っていた。
「ありがとう。
君は冒険者ギルドで僕に向かってこう言った。紛いモノの魔王を倒したくらいで調子に乗るなよ、と」
「本当のことだろうが」
「そう、君の言うとおりだ」
ロイが右手の甲をユウに向かって突き出す。その中指にはミラージュの指輪が嵌められている。ミラージュの指輪は装着者のステータスを隠蔽し、高レベルの『解析』に対しても有効である。また3級の装飾でありながら、迷宮で比較的に入手しやすい品でもある。特に宝箱から装飾系しか出ないデコールの迷宮では、下層まで潜れば入手する確率はさらに上がる。
「僕はミラージュの指輪を装備している。つまり、君がミラージュの指輪の隠蔽能力を超える『解析』、またはそれに類するスキルを持っていないのなら、僕の固有スキルにある『魔王殺し』に――
ロイの推測は間違っていた。ユウは『異界の魔眼』でロイの装備するミラージュの指輪の隠蔽を看破し、ロイのステータスを見ることができる。またこれまでに集めてきた情報から、第三次聖魔大戦に関することはおおよそ把握していた。
「答えてほしい。僕は真実が知りたいだけなんだ」
ユウは黙したまま語らない。
「今から十年以上も前の話だ。僕の故郷パンドラで魔王が顕現したのは。大きな町じゃない、娯楽もなにもない小さな農村だ。僕には魔王の顕現が偶発的に起こったモノとは思えない」
ロイは無意識のうちに、右手で鋼鉄のガントレットに触れる。
「その際に幼馴染を失っている」
「幼馴染だけじゃないだろ。お前以外の村人が――いや、死ななかったのはお前を含めて
はやる鼓動に比例するように、ロイは鋼鉄のガントレットを強く握り締める。静寂な森に、鋼鉄のガントレットがあげる苦鳴のような鈍い音と、ロイが腰から下げる雷鳴剣ルオ・ゴレニカから漏れ出る咆哮が響き渡る。
余裕の欠片もない必死な形相で、ロイはユウを凝視していた。
「そもそもお前はなにが知りたいんだよ。魔王を造った連中のことか? パンドラ村が選ばれた理由か?」
「そうか……やはり、そうだったのか…………っ」
今にも膝から崩れ落ちそうなロイは、独り呟く。
「お前だって薄々は気づいていたはずだ。それを誤魔化して――」
「違う」
「なにが違うんだよ。知ってたんだろ? そんなに勇者として、周りにおだてられるのは気持ちが良かったのか?」
「違うっ」
「今のお前を、死んだパンドラの連中が見たらどう思うだろうな? 真実から目を逸らして、仇も討たずに――」
「違うっ!!」
森が身震いするかのように、ざわついた。
「声を荒らげてすまない。一つ…………一つだけ教えてくれないか。魔王の顕現に関与している国は……っ。僕の推測では複数あるはずだ」
祈るかのように、ロイは目を瞑る。自分の考えが間違いであってほしいとでもいうように。
「今さらそんなことを知ってどうするんだよ。十年も
「このとおりだ、頼むっ」
自分に向かって深く頭を下げるロイを、ユウはしばし見つめる。そして、ユウが口を開こうとしたそのとき――
「そこまでにしていただきたい」
その声に、ロイは驚いて振り返る。そこにはバラッシュを筆頭に、無数の騎士たちが――いや、ロイの後ろ側だけではない。ロイとユウがいる祠は完全に包囲されていた。
「あなたたちは……っ」
「勇者殿。それ以上、魔王の言葉に耳を貸してはいきませぬ。いかに勇者といえども、惑わされますぞ」
あれはジャーダルクの聖騎士団副団長っ。いつから隠れていたのか。これだけの人数が伏せているのに、自分が気づけなかった!? 様々な思考がロイの頭の中を駆け巡る。
しかし、なによりも心に湧き起こる感情は怒りであった。あと少しで、長年にわたって追い求めていた真実に辿り着くことができるところを邪魔されたのだ。さらにこの状況は、ロイにとって非常に拙いものであった。なにしろ、これではまるでロイがユウを――
「信じてほしい。この状況で無理を言っているのはわかる。だけど、僕は一切関与していないっ」
ロイはユウに向かって叫ぶように言葉を口にするのだが、ユウはロイと目も合わせずに周囲の聖騎士団を確認するように見渡していく。
「お前を信じた結果が、このザマなんだけどな」
ロイだけでなく、ユウ自身もバラッシュたちの存在を今まで気づけなかったことに少し驚いていた。ロイを信じると決めたユウは、すべての索敵に関する魔法、スキルを己に禁じていた。とはいえ、常時発動するパッシブスキルまではどうしようもない。このことから、敵は最低でもユウの『索敵』スキルから身を隠せるほどの実力を有していることがわかる。それもユウがざっと見渡しただけでも、数千の軍勢がである。森の奥に潜む気配も含めれば優に万を超えるだろう。
「僕は神に誓って、君を欺いてなどいない」
「クソ以下の価値しかない神に誓って、なんの意味があるんだよ。じゃあなにか? お前に呼び出された日に、偶然にも俺に敵意を剥き出しにしているこの連中が居合わせていたのか? こんな辺鄙な場所に万を超える兵が、武装をしてな。それはどれだけの不運が重なれば起きる確率なのか、俺に教えてくれよ」
ロイはなにも言葉にすることができなかった。そんな天文学的確率などあり得るはずがないのだ。ロイ自身、ユウに言われるまでもなく理解していた。これは偶然などではなく、周到に準備されたものであると。
「勇者殿、お見事です」
「なにを……言っているんですかっ」
「此度の魔王を
「僕がそんな真似を許すとでもっ」
ロイが鞘から雷鳴剣ルオ・ゴレニカを引き抜くと、美と暴が入り混じった刀身に、何人かの騎士が「ほうっ」と感嘆の声を上げた。
「どうあっても立ち去らないと?」
「くどい。勇者である僕が、こんな卑怯な真似を許すわけにはいかないっ!」
「やれやれ。困った御仁じゃ」
バラッシュが手を挙げると、剣を構えるロイに向かって騎士たちがなにかを放り投げた。油断なく構えを崩さないロイは、その投げられたモノを見ると、目を見開いた。
「き、君たちは……っ!?」
騎士たちが放り投げたのは二人の獣人の少年であった。聖国ジャーダルクと自由国家ハーメルンが設けた緩衝地帯に隠れ住む獣人族の村で出会った、勇者であるロイに憧れていた少年たちである。
「しっかりするんだっ!」
「あっ……ぁぁ……。ゆ、勇者……さ、ぁ?」
「どう…………して、なの。お……俺らなにも……ここは……どこ?」
意識が混濁しており、ロイの呼びかけにも微かな反応しか示さない。ロイが少年たちの額に手を当てると、体温が異様に高い。にもかかわらず汗はかいておらず、呼吸は荒いわけでもなく落ち着いている。一目で尋常でないのがわかる。
「このような非道な真似をして! あなたたちは恥ずかしくないのですかっ!!」
ロイはバラッシュたちを睨みつけながら、獣人の少年たちへ回復魔法や解毒魔法をかけ続けるのだが、一向に改善する兆しが見えない。
「大義を果たすために犠牲はつきもの。じゃが犠牲は小さいほど良い。それが亜人であれば、誰の心も痛まないというものよ」
悪びれもせずに、バラッシュはロイに向かって堂々と言い放つ。その姿にロイは唖然とする。
「サトウ、僕はそれほど白魔法が得意なわけじゃない。こんなことを言える立場じゃないのも、図々しいのもわかっている。だが、今はこの子たちを助けるために協力してくれないか」
「無理だ」
「頼む!! 君が僕のことを嫌っているのはわかっている。それでも――」
「見たことのない毒だ。いや、毒というよりも獣人にだけ反応するアレルギーか」
ユウは『異界の魔眼』で獣人の少年たちを見る。様々な状態異常が表示され、投与された成分などが羅列されていくが、どれも初見のものばかりであった。
「そもそも俺が治せる毒を使うと思うか? 仮に治せるとしても――」
「さよう。魔王のほうがよくわかっておるわ。
勇者殿、ここより北東へ進んだ先にフォーヘリーという町がある。その町のマンソンジュという宿へ向かわれるがいい。その宿に泊まっておるリューゲという者に解毒剤を持たせておる」
ロイは二つの選択肢からどちらかを選ぶことを迫られていた。一つはユウと共に聖国ジャーダルク聖騎士団と戦う。しかし、戦えば獣人の少年たちは確実に死ぬ。
もう一つは獣人の少年たちを連れてこの場を去ることだ。その際はユウをたった一人で、大軍の中に置き去りにすることになる。聖国ジャーダルクがどのような国かは、ロイは嫌というほど知っている。だが、獣人の少年たちに残された時間は少ない。ロイはすがるような、悲痛な面持ちでユウを見る。
「早く行けよ」
その言葉に、ロイは驚いた顔でユウを見つめる。
「だけど、それだと君はっ」
「お前の顔を見ているとイライラするんだよ。さっさと、そのガキ共を連れて消えろ」
ロイは意を決したのか。両脇に獣人の少年たちを抱えて走り出す。そして、ユウの横を通り過ぎる際に――
「すまない」
そう呟いた。
ロイが森の中へ消えていくと、すぐさま騎士たちが隙間を埋める。
「さて、魔王
重騎士に周囲を護られたバラッシュが、呑気に自己紹介をし始める。
「この場には『三剣』『聖拳』をはじめとして、他も名立たる猛者ばかり。魔王殿に勝ち目はないのは明白ゆえに、ここは神妙に捕獲されたし」
(捕獲? どういうことだ)
殺すのではなく捕獲という言葉に、ユウは疑問を抱く。
「返答やいかに?」
「お前、『鉄壁』とか言ったな」
「いかにも」
「たしか盾の一番は『金剛石のルーディー』。剣は忘れたが、素手なら『赤手空拳のメリット』だったはずだ。なんだ、お前らは一番になれなかった敗北者たちか。どいつもこいつも間抜け面を下げて、ご苦労なことだ。もっとも、一番の間抜けは俺か」
「うむ。そのとおりじゃ」
バラッシュからの問いかけをはぐらかして、様子を窺うユウであったが、いまだ自分を包囲する軍の全容を把握することができずにいた。誰かはわからないが、自分のスキルや魔法による探知を妨害している者がいるのだ。
「ああ、ジャーダルクで思い出した。便所蠅みたいな神を崇拝している国だったな」
無感情なゴーレムのように一糸乱れぬ隊列を組んでいた騎士団から、濃密な殺気がユウに叩きつけられる。
「どうした? 本当のことだろ? なにか拙いことでも言ったか」
「魔王殿、その手には乗らぬよ。じゃが、儂らの神を侮辱したことは許せぬな。返答を待つまでもない、皆の者――」
バラッシュが振り上げた腕を下ろすよりも早く、ユウの黒魔法第4位階『スチールブレット』が発動する。その数、約十万発。全方位へ死を運ぶ鋼の弾丸が、一斉に放たれたのだ。
「ふむ。
水の壁に護られたバラッシュが、予想どおりの攻撃に独り呟く。ユウが放った十万発の鋼の弾丸は、信じられないことにただ一人の命を奪うこともなく防がれていた。バラッシュたちを鋼の弾丸から護ったのは、黒魔法第2位階『ウォーターウォール』である。ユウの周囲をぐるりと囲むように巨大な水の壁が形成されている。
ユウは心の中で「なにかおかしい」と思う。『スチールブレット』を防がれたことにではない。違和感を覚えたのは、その防ぎ方であった。遠距離の攻撃に対して、前衛の騎士であれば盾や武器で、後衛ならば結界で防ぐのが常道である。
だが、バラッシュたちはまるでユウが初手に『スチールブレット』を使うのを知っていたかのように、最適な方法で防いでみせたのである。
ユウは固有スキル『並列思考』で、状況の把握と同時に複数の次の手を考えるのだが――
「おっ……」
思わずユウから驚きの声が漏れ出た。結界に――ユウの展開する結界に穴が空いていたのだ。信じられないことに、ユウの結界は
次の瞬間、ユウの足元の大地が陥没した――かのように錯覚する。事実は違う。ユウが大地へ膝をついたのだ。付与魔法第6位階『
真正面から自分の結界、耐性スキルをぶち抜く相手など、ユウの記憶の中でも数えるほどしかいない。何者であろうと、最優先で処理しなければいけない相手である。すぐさま負の付与魔法の解除へ取りかかると同時に、穴の空いた結界を再構築しようとするユウであったが、その前に数百にもおよぶ負の付与魔法が叩き込まれた。
数百の魔法には最初の一撃ほどではないにしろ、高位天魔に匹敵するほどの魔力が込められていた。毒、猛毒、麻痺、老化、発熱、炎症、悪寒、身体能力低下、魔法抵抗低下、状態異常耐性低下、出血、凍傷、腐敗などの状態異常がユウを襲う。
「ぐ……っ」
皮膚がところどころ腐り、赤黒く、また紫色に変色していく。さらに全身の毛穴から血が噴き出す。ユウは新たに付与魔法で上書きし、あるいはレジストして状態異常を解除していく。この状態異常だけでも常人であれば、すでに何十回と死んでいることか。
しかし、息つく暇もなく次の攻撃がユウを襲う。矢である。無数の矢がユウ目掛けて放たれたのだ。矢の一本一本が、並みの飛矢ではない。空気を抉るように唸りをあげながら、ユウに迫ってくるのだ。いまだ数十を超える状態異常でありながら、ユウは矢を躱し、あるいは手で弾くのだが――
数本の矢がユウの身体を射抜く。無数の矢の中に、明らかにレベルが違う使い手が混ざっているのだ。それをきっかけに、一瞬動きの止まったユウの身体に矢が剣山のように突き刺さっていく。おまけに鏃には毒が塗られているようで、その毒の解除にもユウはMPを持っていかれることになる。ユウは刺さった矢を引き抜こうとするのだが、矢は根元で折れて鏃が体内に残る。
「『漆黒の第七天魔王』っ! 聖国ジャーダルク弓兵隊『抜けずの鏃』の味はいかがかなっ!!」
弓兵隊から一人の男が、矢を構えたままユウを挑発するように話しかけてくる。
(レベル52、こいつか。やたら威力のある矢を射ってきたのは)
聖国ジャーダルク弓兵隊では、矢を構成する
「気に入ったのなら、遠慮せずにもっと味わうがいいっ!!」
先ほどをはるかに上回る矢が放たれる。今のユウは再生、状態異常の解除に莫大なMPを回しているために、新たな魔法や結界、『闘技』にまで魔力を回せない。受けきれないと判断したユウは、大きく横へ飛び退く。だが、矢の弾幕から逃れた先には
「お前たちは、俺の指示があるまで待っておれ」
槍騎兵の中から、一人の男がユウの前に立ちはだかる。男の全身は鈍い銀色の甲冑で覆われており、手には白銀に輝く槍が握られている。
「いざ、尋常に勝負っ!!」
(こいつはレベル54か)
飛矢よりも速い刺突が連続でユウを襲う。いつもなら余裕をもって躱せる突きも、今の状態では辛うじて躱すのがやっとであった。躱すユウの背後に、次々と無数の穴が大地へ穿たれていく。
「さすがは魔王よ!」
目にも止まらぬ刺突を放ちながら、男はさらに速度を上げていく。槍が掠っただけで、ユウの皮膚を巻き込み肉ごと持っていかれる。
「ハッ!!」
裂帛の気合とともに、男は槍技を発動する。槍技『竜殺』、竜の鱗をも貫く刺突である。音を置き去りにした突きが、ユウの左肩を貫いた。
「がかふっ……」
槍騎兵隊の誰もが勝ったと思ったそのとき、ユウの武技『纏絲勁』が男の下顎を吹き飛ばしていた。
驚愕の表情を浮かべる槍騎兵隊であったが、それはユウも同じであった。円運動で練り上げた気を相手に叩き込む必殺の一撃は、間違いなく男の首から上を吹き飛ばしているはずであった。だが、それを男は寸前で躱したのだ。とはいえ、次の一撃で男は間違いなく死ぬ。ユウは止めの一撃を放とうとするのだが、下顎を吹き飛ばされながらも男は反撃してきたのだ。それも半死の状態とは思えないほどの一撃であった。
「まっ……ま、ふぁ……ま゛ふぁっ!!」
「しつけえよ」
重傷を負いながらも反撃に打って出る男を罵倒しつつも、内心では感心していたユウは拳を放つ。
巨大な鐘を突いたかのような音が周囲へ響くと同時に、ユウの右拳が砕ける。ユウと男の間に大きな壁が聳え立っていた。
「ほう……。拳打で我が大楯を歪曲させるか」
壁と見間違うほど、巨大な大楯を構えた男がユウの拳を受け止めたのだ。男はそのまま大楯を振り回して、ユウを弾き飛ばす。
「シュテファン殿、もうよろしいであろう」
大楯を持つ男が、半死半生の男へ呼びかける。
「ふぁーひ。ふぁひゅふぉし、しょう負になると思ったのだがな。やはり相手は魔王。そう簡単にはいかぬか」
時を巻き戻すかのように、下顎を紛失していた男の顎が再生されていく。あっという間に男の顎は元通りになる。
ユウはシュテファンと呼ばれた男の身体に糸が――魔力の糸が繋がっているのを確認する。そこから大量の回復魔法が注がれて、半死半生の男を瞬く間に回復させたのだ。
「では、参るか」
「うむ」
戦闘を繰り広げる場所から少し離れて、バラッシュは戦況を見守っていた。
「あの状態で『穿孔』シュテファンの猛攻を
バラッシュの言葉に、傍に控える従騎士の青年だけでなく、周囲の将官たちまで背筋が凍る思いであった。はたして聖国ジャーダルク聖騎士団で、シュテファンと一対一の勝負をして勝てる者が何人いるだろうか。しかも、あれだけの負の付与魔法を受けた状態で。
「ふむ。どうやら『漆黒の第七天魔王』は物足りぬようじゃ」
「はっ!」
その言葉に従騎士の青年が素早く号令を出す。
「第二十三重騎士隊、第十七槍騎兵隊を投入っ! 弓兵隊は引き続き援護射撃をっ! 魔王への負の付与魔法を途切れさせるなっ!!」
「お任せをっ!!」
夜はまだ始まったばかりである。
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