第251話 四日目、客寄せ◯◯ダ
ウードン王国王都テンカッシの冒険者ギルド。
言わずと知れた冒険者ギルドの総本部である。その規模、日に訪れる冒険者の数は名実ともにウードン王国一だ。
近年、自由国家ハーメルンの首都ピルドント、さらにデリム帝国の帝都ランドの冒険者ギルドに規模でこそ抜かれたものの、それでもレーム大陸堂々の第三位で、数千以上ある冒険者ギルドのなかで知名度は断トツである。
テンカッシ冒険者ギルドはその規模もさることながら、独特な形をしている。上空から見下ろせば、ひし形の巨大な建物が見えるだろう。
中央にギルド機能を集約させ、北館はAランク以上の冒険者、東館はB、Cランクの冒険者、南館はD、Eランクの冒険者、西館はF、Gランクの冒険者を対象としたクエストが募集されている。明確にクエストを受けられる場所をわけることによって、冒険者の無謀なクエスト受注をある程度だが防いでいるのである。
「なんだあのガキ? 見ねえ
東館――B、Cランクの冒険者を対象としたクエストボードの前に、それもど真ん中に陣取る少年――ユウへ、王都テンカッシ所属の冒険者たちが怪訝そうにじろじろと視線を送る。
「よお。お前どこのクランの奴だ?」
一人の冒険者がユウに声をかける。
度が過ぎるユウの態度に耐えかねたのだ。
「人に尋ねる際は、自分から名乗るものだろ」
自分より明らかに年下のユウに言い返されると、冒険者の男は「ぐっ」と悔しそうに声を漏らす。
「よく聞け! 俺こそは、王都でも十本の指に入ると言われているクラン『猛る獣オルゴロー』に所属の――」
「知らないし、興味ないな。あっちへ行ってくれ」
「なっ!?」
最後まで名乗らせずにユウは会話を打ち切る。途中で名乗りを邪魔された男は、いい笑いものである。事実、周囲で男とユウのやり取りを見ていた冒険者たちが笑っていた。
しかし、ここで年下の冒険者を相手にムキになれば、恥の上塗りである。男は「ぐぬぬっ……」と唸りながら、ユウから離れていく。
「くははっ」
「コニーっ! なにがおかしいんだ!!」
「なにがって、それを俺に聞くか? まあ、でもあそこで切り上げたのは正解だったぜ」
以前、『腐界のエンリオ』の第五十一層でユウと黒竜との戦いを目撃し、どれほど強いのかを知っているコニーは、笑いながら男の肩を叩く。
「ちっ。コニーの知り合いかよ」
「知り合いってほどの仲じゃねえよ。ほら、前に『腐界のエンリオ』で黒竜のアンデッドを、それもたった一人で倒したガキの話をしただろ」
「ま、まさか、それがあのガキか!? 冗談だと思ってたぜ」
「なんだよ。信じてなかったのかよ。
それより、見ろよ。これから面白いことが起きるぞ」
「面白いことだぁ?」
いまだ怒り収まらぬ男がユウへ視線を向けると、違う冒険者がすでにユウに絡んでいた。
「てめえ、朝からここにいるらしいな」
『闘技』を纏いながら威嚇する前衛職の男であったが、ユウは目すら合わせない。
「こ、このクソガキがっ。俺が『アイスブレード』のフンバだって知ってるんだろうな!」
「『アイスブレード』か」
「ははっ。今さら謝っても遅いぞ」
「どうりで馬鹿みたいな
「はっ!? い、今なんてっ」
「なんだ。顔だけじゃなく耳まで悪いのか? 馬鹿みたいな顔をしてるなって言ったんだよ」
自分の所属するクランを聞いて、ユウが無様に頭を下げると思っていたのだが、予想外の言葉にフンバの顔が怒りで見る見る真っ赤に染まっていく。
「な? 財務大臣子飼いのクラン相手だと、ボロカスに言い負かすんだぜ。あれを朝からずっとやってんだよ。くははっ、笑うだろ?」
コニーは、ユウに罵倒されるフンバの姿を見ながら、隣の男に楽しそうに話しかける。
「はあ? じゃあなにか。あのユウってガキは財務大臣に喧嘩を売ってるとでもいうのか?」
「それ以外に理由は思い浮かばないだろ?」
「いや、そうだけどな。
おい、コニー。それどころじゃねえぞ。見ろっ。フンバの周りに集まってる奴らをっ。『アイスブレード』に『黒き牙』、それに『権能のリーフ』の連中までいるぞ。全部、財務大臣子飼いのクランじゃねえか」
気づけば、ユウは数十人の冒険者に囲まれていた。どの者も財務大臣の息がかかっているクランに所属している者たちである。
「おら、さっきまでの威勢はどうした! 今さら謝っても遅えぞ」
「僕ちゃんよ。ここがギルド内だからって安心してたのか? お前は終わりだよ」
「黙ってねえで、なんとか言ったらどうだ!」
「どこの田舎から出てきたかは知らねえがっ。王都でイキればどうなるか、身をもって教えてやるよ」
その辺のゴロツキどもではない。最低でもCランク以上の冒険者であり、また腕に覚えありの者たちばかりである。
そんな者たちに囲まれながら、ユウは一瞥すると。
「もっといるだろ。全員連れてこいよ塵どもが」
事情を知らぬ冒険者たちは、ユウが殺されると思った。運が良くて半殺しで済めばいいほうだと。
「これはいったい、なんの騒ぎですか」
人集りに気づいた受付嬢の一人が、冒険者たちの間を縫って姿を現す。
「あら、これはこれは。カマー冒険者ギルド所属のBランク冒険者、サトウさまではないですか。
ようこそ、テンカッシ冒険者ギルドへ」
通常、冒険者ギルドに勤務する受付嬢や職員が、冒険者の個人情報を第三者へ明かすことはない。
バリュー財務大臣はあらゆる組織へ、自分の手駒を送り込んでいる。この受付嬢もその一人であった。
だが、テンカッシ冒険者ギルド長であるカールハインツには諜報員の存在は把握されており、逆に情報操作で利用されていることをバリュー財務大臣ですら知る由もなかった。
「このガキがカマーの冒険者? しかも、Bランクだと」
「冗談だろ。なんならCランクの俺でも簡単に倒せるぞ」
「おいおい、勘弁してやれよ」
「なんだよ。それじゃまるで俺が虐めてるみたいじゃねえか」
「ハハハッ。この程度のガキが、カマーだとBランクになれるのか」
「嘘ではありませんよ。
信じられないかもしれませんが、カマーではサトウさま
フンバたちと一緒になって、受付嬢は嘲笑しながら蔑む目でユウを見る。
「あ~、あれだ! お前はカマーのヴルダなんだろ?」
ヴルダとは白と黒の毛皮を生やした獣で、その愛らしさと人懐っこさから人気があるのだが、その人気を利用して『客寄せヴルダ』という言葉があるほどであった。
「プッ、ププ。カマーも大変だな。お前みたいなヴルダを用意しないと冒険者も集まらないんだろうな」
「そらそうだ。カマーの冒険者なんて、王都で通用しないようなカスみたいな奴らしかいねえからな」
「僕ちゃん、カマーでおだてられて勘違いしちゃったのかな? ここじゃーな。お前程度の冒険者は掃いて捨てるほどいるんだよ」
フンバが所属するバリュー財務大臣の後ろ盾があるクランは、他の冒険者からは嫌われており、今もこの騒ぎを遠巻きに見ている中堅クランに所属する冒険者たちの視線には、侮蔑が込められていた。
「ちょっと、とおしてくれよ」
「とおしてくだしゃい」
場にそぐわない可愛らしい声がホールに響いた。
「くっさ」
「なんだこのガキどもは」
ユウの前に現れたのは、三日前にスラム街で助けた獣人の兄妹であった。二人とも相変わらず汚れた衣服で、風呂に入ったことのない身体から漂う悪臭が鼻についた。
「や、やった。やっと見つけた。
お願いします! 俺を、俺をやとってください!」
獣人の少年が、ユウに向かって跪いて頭を下げた。
「臭えと思ったら、お前らスラムのガキだろ。ここは、ゴミが来ていい場所じゃねえんだ。さっさと消えな」
「嫌だっ!」
「こ、このクソガキがっ」
「おねがいします! 俺をやとってください!!」
「お、おねがいしましゅ」
獣人の少年に続いて、幼い妹も頭を下げる。だが、自分たちを無視したとも取れる獣人の少年のその態度に、フンバたちは苛立つ。
「出ていけって言ってんだよ。聞こえねえのか?」
フンバが獣人の少年の頭を踏みつける。
「い、いや……だっ」
「やめてぇ。にいちゃにひどいことしないでぇ。
こ、これあげるから。あだちのたからものあげるから、にいちゃにひどいことしないでっ」
「あん? ちっ、なにかと思えば、泥だんごじゃねえか!」
獣人の幼女が差し出した泥だんごをフンバが叩き落とすと、床にぶつかり砕け散って粉々になる。
「ああっ! あだちの~、あだぢの……う、う゛えぇぇぇっ」
「妹になにしやがる!」
「うるせえよ」
獣人の少年が吠えるが、フンバに頭を踏み押さえられており動くことができない。
周りで見ていたコニーや他の冒険者たちが、見るに見かねて動こうとしたそのとき――
「ヴルダがなんか文句でもあるのかよ?」
「俺が渡した金はどうした?」
ユウは悪態をつくフンダを無視して、獣人の少年に問いかけた。三日前にユウが渡した金額は、スラム街で生きていくだけなら優に半年は持つほどの金額であった。
「う、奪われた……」
見れば獣人の少年の顔はところどころ腫れ上がっていた。むしろスラム街で金銭を狙われてこの程度で済んだのは運が良いといっていいだろう。そして、獣人の少年の妹には傷一つなかった。おそらく獣人の少年が身を挺して、幼い妹を守ったのだろう。
次にユウは幼女の前に行くと。
「それ」
「う゛えええ~ん。あだちの……たか、たから……ひっく、ものなのに……うっ?」
砕けた泥を指差すユウの問いかけに、獣人の幼女が見上げる。
「それ、同じ物を作れるか?」
「う……うん。つくれ……るよ。おなじのつくれるよ!!」
獣人の幼女が花が咲いたかのような笑顔で答える。
「契約成立だな」
「なにをゴチャゴチャ言ってやがる! さっきまでビビって黙りこくってた奴が出しゃ――ぶべっ」
突如、フンバが大きくのけ反った。
宙に血と歯を撒き散らしながら、獣人の少年の頭からフンバの足が退かされる。
近くにいた仲間たちですら、フンバになにが起こったのかがわからなかった。傍目には、フンバがパントマイムでもしているかのように映った。
「ギ、ギルド内での暴力行為は禁止されています! 場合によっては冒険者の資格を剥奪になりますよ!!」
なにが起こったのかはわからないが、ユウがなにかしたのだと判断した受付嬢が強い口調で注意する。
「暴力行為? 俺がいつギルドで暴れた」
「げ……現に、フ……フンバさんが、今も……」
得体の知れないモノでも見るかのように、受付嬢がユウの背後を指差す。そこでは、フンバが一人で奇妙な踊りをするかのように何度ものけ反り、その度に顔や腕や脚、鎧のどこかがひしゃげていく。
「もう一回だけ聞くぞ。俺がいつ暴力行為をした?」
「ひっ……」
ユウの殺気をまともに受けた受付嬢は、その場に座り込み失禁してしまう。受付嬢を中心に床へ染みが拡がっていく。
「いい加減なこと言うなよな。お前らもそう思うだろ?」
見るも無残な姿となったフンバを囲む仲間たちへ向かってユウが話しかけるが、答える者は誰もいなかった。
「この程度でよくカマーの冒険者を馬鹿にできるもんだな。
カマーの冒険者は王都で通用しなかった奴ら? 冗談だろ」
「なんの騒ぎですか!」
異様な雰囲気に、他の受付嬢や職員がやっと駆けつけるのだが。
「さあ、俺もわからないな。そこで座り込んでる女にでも聞いてみればいい」
泣きじゃくる受付嬢と、全身の骨と歯を砕かれたフンバ、それを黙って見ることしかできなかった者たち。職員たちにはなにが起きたのか見当もつかなかった。
「行くぞ」
「ど、どこに?」
「決まってるだろ。奪われた金を取り返しにだよ」
騒然とする冒険者ギルドを、ユウは獣人の兄妹を連れてあとにする。この日、スラム街で数人の者が亡くなるのだが、気にする者は誰もいなかった。
このユウが起こした騒動には後日談がある。
大勢の冒険者たちが見ている前でメンツを潰された『アイスブレード』『黒き牙』『権能のリーフ』の三つのクランが、あることないことを吹聴し、カマーの冒険者がテンカッシの冒険者ギルドで暴れたと煽動したのだ。
以前から王都の冒険者たちのなかには、カマーを見下している者たちが多くいた。
「このままカマーの冒険者に舐められたままでいいのか?」「仕返しするべきだ」「これはもうテンカッシ対カマーの抗争だ!」などと、煽るのだ。
さらに、この煽動に協力した者たちがいる。『龍の牙』所属の者たち、それも主にライナルトの決定に不服だった者たちである。この騒動を利用して『ネームレス』を潰そうと画策したのだ。
これを機にカマーに拠点を増やそうとするクランや、事の真相を知っていながら勢力拡大のために乗っかるクラン、面白半分に参加を希望する冒険者たちや、様子見をする大手クランに財務大臣子飼いのクランを嫌って静観を決めるクランなどにわかれた。
一週間後に数百にも及ぶ冒険者たちが、意気揚々とカマーの冒険者ギルドへ押し寄せたのだが――
結果から言うと、テンカッシから押し寄せた冒険者たちは、その日の内に王都へ逃げ帰ることとなった。
なぜならカマー冒険者ギルドには、ムッスに置いてかれて虫の居所が悪い男が待ち構えていたのだ。
「面白そうな話をしてるじゃねえか。
ユウに用があるんだって? 俺が聞いてやるよ」
「ジョ、ジョゼフ・ヨルムっ!」
修練場に移動するジョゼフを始めとするカマーの冒険者たちと、王都から来た冒険者たち。
最初はいい気味だと、黙って見ていたカマーのギルド職員たちであったが、ジョゼフの暴れっぷりに最後は王都の冒険者たちに同情するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます