第216話 最弱の種族
「わー。あれ全部が魔物なの?」
「いくらなんでも数が多すぎる」
地平の彼方に見える魔物の群れが起こす土煙に、魔落族のモニクは驚きを隠せず。堕苦族のヤームはその数にとてもではないが、自分たちだけで対処できるとは思えなかった。
「オドノ様がお与えくださった試練だ。簡単な試練では意味がないだろう」
「ぼ、僕、不安になってきたよ」
「ベイブは心配性にゃ。もっと気楽に考えればいいにゃ」
「そ、そんなの無理だよ~」
フラビアよりも大きく立派な体格にもかかわらず、情けない声をだすベイブの姿に苛立ったフラビアは、ベイブの尻を叩く。
「わっ!? フ、フラビア、なにするんだよ」
「でっかい図体して情けないにゃ!」
「わ、わかったよぅ……。で、でも女の子が男のお尻を叩くなんてよくないよ」
「うるさいにゃ!」
「わっわっ。け、蹴らないでよ~」
フラビアがアガフォン以外にこのような態度を取るのは珍しいのだが、後衛職として確かな実力を持っているのに、意気地のないベイブの姿が腹立たしいのである。
「フラビアの言うとおりだぞ。ベイブはもっと自信を持てよな。うちのパーティーの生命線はお前なんだぞ」
ぺしぺし。
「ベイブは――」
ぺしぺし。
「この前『ゴルゴの迷宮』に行ったときも――」
ぺしぺし。
「アガフォン、なぜ無視をするんだ」
奴隷メイド見習いの一人である狼人のグラフィーラが、もう黙ってはいられないとばかりにアガフォンへ詰め寄る。
「あん? なにがだよ」
「なにがではない。私のエカチェリーナが、先ほどから構ってほしくてじゃれついているではないか」
グラフィーラは普段口数の少ない女性なのだが、自分の従魔であるエカチェリーナのことになると、途端にやかましくなるのだ。
その従魔――シャドーウルフのエカチェリーナは、今も構ってほしそうに激しく尻尾を振って、クリクリした目でアガフォンを見上げていた。
「俺らはここに遊びに来てるわけじゃねえんだよ。エカなんたらに構ってられるか。そもそもメイドのくせに犬なんて連れてきていいのかよ」
「メイドではない。奴隷メイド見習いだ。それにエカチェリーナは犬ではなく狼、シャドーウルフだ。
あとジョブにビーストテイマーを持つ私が従魔を連れてなにが悪い。ご主人様やお姉さまに許可だっていただいている」
「普段は全然喋らねえくせに、犬が関わると途端にうるさくなるよな」
「犬ではないと言っているだろうが。
私がエカチェリーナを無理言ってまで連れてきたのには理由がある。エカチェリーナはお姉さまの従魔であるコロと番になりたいのだ。それなのに島に残していくのは可哀想だと思わないか?」
「うっせ。なにが思わないか? だ。俺らは今から大事な試験なんだよ」
アガフォンは険のある物言いであったが、エカチェリーナの首もとをわしゃわしゃと撫でていた。
この男、ぶっきらぼうなのだが面倒見はいいのだ。
「大体、お前
アガフォンに構ってもらってご満悦のエカチェリーナに「良かったな」と頭を撫でていたグラフィーラが、アガフォンの視線を追うように後ろを振り返る。
そこにはティンやヴァナモを始めとする奴隷メイド見習いが勢揃いであった。その奴隷メイド見習いに混じって、頬を風船のように膨らませて拗ねているナマリの姿まであった。
「俺だってオドノ様のところがよかったのにな」
「まあ、そのように拗ねていてはダメですよ」
「そうよ。ご主人様はナマリに期待しているからこそ、この大役を任せたのよ」
つり目の狐人とタレ目の狸人の女性がナマリをあやしつつ、ナマリのはねていた髪の毛を櫛で梳かして整えていく。
「……ほんとに?」
「ええ」
「本当よ」
「わかった! 俺、がんばるぞ!!」
グズっていたナマリはやる気がでてきたのか、笑顔でガッツポーズをとる。
「よく言いました」
「さすがはご主人様から寵愛を受けるだけはありますね」
二人から褒められると、ナマリはさらに調子に乗ってやる気を漲らせる。
「私たちがなぜここにいるかですって? そんなこともわからないのですか」
ヴァナモがアガフォンを小馬鹿にするように見下ろ――しているつもりなのだが、堕苦族のヴァナモでは羆族のアガフォンを見下ろすことなど到底無理であった。現に今もつま先立ちでプルプルしている。
「おい。チビ助どういう意味だ!」
「だ、誰がチビ助ですか!
あなた達が魔物の群れ討伐に失敗したときに備えて、私たちはこの場にいるのです。
無様な姿を晒してご主人様やお姉さまを失望させないよう、頑張っていただきたいものです」
ヴァナモは魔物の群れ討伐と言ったが、ユウがアガフォンたちに伝えたのは魔物の群れに対処しろである。ヴァナモたちの役目もアガフォンたちが失敗したときの尻拭いなどではなく、アガフォンたちが魔物の群れに対してどのように動き、考え、対応したかを観察し、報告するよう命じられていた。そもそも尻拭いする役目はナマリに与えられている。
「言われなくても頑張るに決まっているだろうが。これで結果を出せば、Cランク『妖樹園の迷宮』を探索していいって盟主が言ってくれたんだからな」
「言うだけなら誰でもできますからね。
あなたたちが任されたのは複数ある魔物の群れの中でも一番小さく、魔物のランクも3から4と言ったところですが、近隣の名のある主などを巻き込んでいるのですよ。本当に結果が出せるのかどうか見ものです。
ちなみにお姉さまたちはこことは比べ物にならない大きな魔物の群れを、ニーナさんたちと対処するそうです。ご主人様に至っては木龍に追い立てられている魔物の群れ、恐らく万を超える数になるでしょう」
「ぎゃあぎゃあうるさいチビ助だな。俺たちが失敗したとして、お前がどうかできるとは思えないけどな」
アガフォンの挑発とも取れる言葉に、ヴァナモは不敵な笑みを浮かべスカートを持ち上げる。するとすぐさまヴァナモの動きに呼応するかのように、数百匹の蜘蛛が糸を垂らし姿を現す。それだけではない。スカートの中からは不安を煽るかのような羽音が、周囲に鳴り響いていた。
「私たちはお姉さまから主に対人戦を鍛えられていますが、魔物が相手でもあなたたちより上手に戦えますよ。
アリアネは『幻術士』、ポコリは『変幻士』のジョブに就いています。一人でも強力な幻惑魔法の使い手ですが、二人揃えば広範囲にまでその効果を拡げることができます」
狐人のアリアネと狸人のポコリは、ヴァナモの口から自分たちの名がでても、ナマリを甘やかすのに夢中で振り向きもしないでいた。
「ティンとメラニーは近距離戦、グラフィーラは従魔との連携により近、中距離戦をこなします。私は虫を使って――きゃっ!? ティン、なにをするのですか!!」
ヴァナモは飛び跳ねると、ティンにパンチされたお尻を手で押さえた。
「ヴァナモのお喋り。相手がアガフォンだからって、私たちの能力をペラペラ喋るのはよくないよ。
こんなことがお姉さまに知られたら、私たちまで叱られちゃうでしょ。もう、やんなっちゃう」
「あっ……。すみません」
全く迫力のない目つきで睨むティンに、ヴァナモは素直に謝る。ティンは下からヴァナモの顔を覗き込むと、いきなりヴァナモの胸を鷲掴みする。
「きゃあっ! な、なな、なにをするんですか!!」
「これで許してあげる。まだ私のほうが大きくて安心した」
きゃーきゃー騒ぐヴァナモとティンをよそに、アガフォンはフラビアたちのもとへと向かう。
「フラビア、罠の設置は?」
「通りそうなところは全部仕掛けたにゃ。でもあれだけ拡がって来られると、せっかくの罠も効果半減にゃ」
「ちっ、そらまずいな。アカネ、お前って結構なレベルの『妖精魔法』が使えたよな? いっちょ広範囲の幻惑魔法で魔物の群れを誘導してくれよ」
モニクの頭の上に寝そべっていたアカネはおもむろに立ち上がると。
「嫌よ」
「そっか。じゃあ、たの――はあ? なんでだよ」
「嫌なものは嫌なの」
アカネは仁王立ちのまま顔を上に向けて、アガフォンと目を合わせようとしない。アガフォンがモニクに視線を向け、なにか知っているかと目で問いかけると。
「アカネはね。『妖精魔法』を使っているところを見られたくないんだよ」
「ちょっと! モニク、余計なこと言わないでよ!」
「私は可愛いと思うんだけどね。えっと、腰に手をあててお尻をこうフリフリさせて、詠唱はプリプリプラーン、うん? プリリンプリリンプラポラモだったかな? そんな感じでとっても可愛いらし――痛たたた」
「モヒクでもそれひじょうはゆるひゃないわよ!」
「ごめん、ごめんって」
アカネに思いっきり頭を噛みつかれたモニクは、降参とばかりに両手を上げる。
アカネとモニクが漫才のようなやり取りをしている横では、魔人族のオトペが同じく魔人族のネポラと真剣な顔で話し合っていた。
「あなた、オドノ様がお与えくださった試練を見事乗り越えるのですよ」
「言われなくてもわかっている。
この試練を乗り越えたとき、俺はまた一歩オドノ様からの信用を得ることができるだろう。その積み重ねがやがて俺から魔人族への信用へと繋がっていく」
「そのとおりです。
魔人族がオドノ様と共に戦場を駆ける日がくるかどうかは、あなたの両肩にかかっていると言っても過言ではありません。そのためにはわずかな失態も許されないと肝に銘じてください」
厳しい言葉を夫のオトペに投げかけるネポラであったが、オトペの衣服が乱れているのに気づくと整えていく。それを羨ましそうに見ていたのは虎人のメラニーだ。
「ネポラはいいよなー。番がいてさ」
「メラニーも番を見つければいいではないか」
「グラちゃん、簡単に言ってくれるけどさ」
「その呼び方は止めろと前にも言ったではないか」
「ここにはお姉さまもいないんだし。そう堅苦しくしなさんなって」
「逆だ。お姉様がいないからこそ、いつも以上の振る舞いを私たちには求められるのだ。私たちの恥はお姉さまの、ひいてはご主人様の恥になるのだぞ」
「そりゃわかってるさ。でもさ、いつもそんな肩肘張ってばかりだと、肝心なときにへますることになるよ」
「そういうものなのか」
「そういうものなんだよ」
グラフィーラはメラニーに言い負かされたような、言いくるめられたかのような気持ちになるが、従魔であるシャドーウルフの頭を撫でることによって気持ちを落ち着かせた。
「ア、アガフォン。そろそろ移動しないと」
「わかった。おい、お前ら行くぞ!」
アガフォンの号令がかかると、それまでの和やかな雰囲気が嘘のように、皆の顔が戦場に向かう戦士の顔へと変貌した。
一方アガフォンやニーナたちとは別行動をしているユウは村をあとにし、そのまま開けた平原まで足を進めていた。
魔物の群れはあと五分もすれば、ユウどころか畑や村までも飲み込むであろう。しかしユウは慌てることもなく『時空魔法』で門を創り、屋敷と繋げる。門を潜って姿を現したのは、屋敷で予め待機させていたクロであった。そのあとに続いたのは、呼んでもいないのについてきたお邪魔虫が二人。
「マスター。この羽虫が木龍に勝つなど天地がひっくり返ってもあり得ません。私にお任せいただければ、確実な勝利をマスターへもたらすでしょう。どうか今一度、再考を」
「おー、これが
ユウはラスとジョゼフを無視することにした。木龍と魔物の群れが迫っているこの状況で、二人を相手するほどユウも暇ではないのだ。
「お前がどれほど強くなったか、木龍で試させてもらう」
クロの手に自然と力が入る。それもそのはず、ユウは魔物の中でも最弱の種族と言われているゴブリンに、龍を相手取れと言っているのだ。
「ああ、そうだ。村に逃げ遅れたばあさんとガキが残っていたから、魔物は一匹も通すんじゃないぞ。それとも周りの雑魚は俺が片づけるか?」
「いえ、某が……」
「そうか」
「主は某が龍に勝てるとお思いなのでしょうか?」
聞いてはいけないと理解していながらも、クロは聞かずにはいられなかった。都市カマーの住人にゴブリンが龍に勝てるかと問いかければ、百人中百人が無理だと言うだろう。百が万になっても答えは一緒である。それほど種としてゴブリンと龍との間には隔絶した力の差があった。それどころかゴブリンをオーガに置き換えようが、結果は同じと言われるだろう。
「勘違いするなよ。
俺はどれほど強くなったか見せろと言ったんだ。お前が木龍に勝つのなんてわかりきったことなんだ。どう勝つかを見せろと俺は言ってるんだ」
雷が駆け巡ったかのようにクロは全身を震わせた。
自分の主であるユウは、ゴブリンの自分が龍に勝つと信じて微塵も疑ってなどいないのだ。
最初に相手が竜ではなく龍と聞いたときは、アンデッドであるクロですら動揺を隠せずにいた。
それなのに――
クロの全身に力が漲る。錯覚ではない。必ず木龍を相手に勝利を――否。ただ勝つだけではダメだ。ユウに胸を張って報告できるような。一の下僕を名乗るのに相応しい。恥ずかしくないだけの勝利をユウに捧げてみせると。
「成り立てとはいえ、龍は龍だ。舐めてかかると怪我するぞ」
「なぜ成り立てと?」
「龍関連のスキルが全部レベル1だ。それに――」
ユウは最後まで言葉を続けなかった。それは今から戦いに赴くクロに言う必要はないだろうと判断してのことであった。
「どうする? 『付与魔法』かけとくか」
「いえ。某の力のみで木龍を見事屠ってご覧にいれましょう」
クロは両手の武器を握り締めると、地を蹴り駆けていく。魔物の群れへと向かっていくその姿は、さながら一筋の黒き矢であった。
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